キツネ君騒動顛末記
僕は、あせった。ちょっとの付き合いだけど、キツネ君、消えるのは
可哀想すぎと思った。
もしかしたら、小さな神社でもあるかと思って、自転車で回ってみた。
家に戻ったのは暗くなってからだった。
しまった。部活を無断で休んだ・・もう夕食の時間だから、ピアノの
練習時間1時間はさぼった事になる。
キツネ君は、狛犬との不思議な会話からすると、少し力をもらったんだよな
で、ちょっとは元気がよくなった。
消えてしまわないうちに、なんとかしないと。
ばあちゃんに、町内に稲荷神社がないかどうか聞いてみた。
稲荷神社ネットワークのようなものがあれば、いいのにと思って。
「俺の家の傍に、そういえば小さな稲荷神社があったな。
なにせ、商売の神様だから、昔、誰かが建立したらしい。
今は、寂れてるけどな」
山崎の家か、あそこなら、明日、朝早くに行けると、予定をたて、
放課後は、祖父母が教えてくれた稲荷神社に連れていってもらう事にした。
(一つ、一つが、自転車ではいけない距離だったので)
山崎の教えてくれた稲荷神社は、赤い鳥居がなければ、廃墟にみえた。
たまり場になっているのか、ゴミが散乱してる。目を覆う光景だ。
キツネ君には、ポケットにひっこんでてもらった。
開けると、建物全体が壊れそうな所を、無理にあけた。
奥では、ほこりまみれの部屋、布団の中で誰かが寝ていた。誰か、無断で住んでるのかな。
こんな所じゃ、冬は寒くてこせないだろうに。
キツネ君が、飛び出して布団に駆け寄った。
(主様、大丈夫でしょうか?)
(おや、お使いキツネか。不思議な事じゃ)
主様って、祭神様?どうしよう。こんな汚い部屋で寝かせておくなんて・・
僕は、思考がだいぶ混乱した。
(おお、人の子も珍しくおるの。このキツネはの、残念だが 我のものではない。
我の使いをしてくれるキツネは、とうに旅立った。
この小さなキツネは、まだ見習いじゃの。使いの最中に結界からおちたのじゃ。
で、人を頼るということは、迎がこんのじゃな。
これの主も、り~だ~のキツネも、探すほど力の余裕がないのだろ)
僕の聞きたいことを先回りして、教えてくれる。
(この先、このものがもとの主の所に帰る前に、このものは、消えてしまうだろう。
我はもう、消えるのみと思うておったが、お前のような人の子に会えるとは、幸運じゃ
我とこの子キツネを、天に送っておくれ)
送れって・・幽霊を送るように?でも、あれは、僕の力じゃなくて、偶然で。
若菜ちゃんやグレンジャー氏、歩美ちゃん、みんな自分で上がっていった。
(ほほほ、心配ない。ほれ、昨日、このものが聴いたという曲を、思いうかべて
くれるだけでいいんじゃ)
昨日というと、バッハの曲かな?
僕の頭を昨日弾いた曲で、いっぱいにしようと、必死で脳内再生した。
(すまんの~ありがたやありがたや。では さらばじゃ。伴をせい、子キツネ)
さらばじゃって聞こえた。僕は、曲を頭の中でいっぱいにするのに、
下をむいて集中してたんだけど、頭を上げると、そこはだれもいなかった。
あ、キツネ君 と思い、ポケットの中をみたけど、いない。
建物の中を探しまくったけど、いない。一緒に行ったんだ。
一日かそこらの付き合いだった。僕は、あの必死なキツネ君の姿を思い浮かべると
涙が出た。消えなくてよかったのだから、すんでで間に合ったのだから、喜ぶべき。
でも、寂しい気持ちでいっぱいになった。
家に戻り、ばあちゃんに、事の顛末を話した。
「そうかい。それはまた不思議な話だ。そこの神社は、神様のいない建物だけ
って事になるね。まあ、自業自得だわ。
キツネ君は、キツネの形はしてるけど、自然霊の塊がああいう姿になったんだ。
悪いけど、最初に見たときから、この子は自然にもどって消えていくだろう
って、感じたんだけどね。まさに、”拾う神”に出会ったわけだ」
朝食の時、無口な僕を、山崎が心配してくれた。
僕は、あの時の事を言うつもりはもちろんないけど、神社の周りの
環境の悪さと、社屋の様子を話した。
「昔はそれなりに信仰を集めてたらしいけど、こうも景気が悪く
人口も減れば、荒れてしまうのは、しかたないさ」
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夜のピアノの練習は、ショパンのエチュード25-9の譜読み。
別名「蝶々」。ただし、この名前も後世の人がつけた名前だ。
僕の持ってる楽譜には、その名前すら出てきていない。
CDを聞くと、軽々と弾いてるようだけど、実際、譜読みしながら
指を動かすと、聞くほど簡単じゃないってのが、よくわかる。
指のパターンは、何通りかあるんだけど、基本、オクターブの応用編のようだ。
オクターブの練習がかかせないか。
後、左手は跳躍がある和音なので、それも基礎練習してみた。
右手は、とにかくゆっくり、手首に力がはいらないように、
これも、本にのっている、エチュードのための基礎練習パターンで練習。
とにかく、弾くだけで精一杯だった。曲想までは、とても無理無理。
テクニックに1時間(休憩いれて)とって、この曲を1時間。
残りの時間は、ベートーヴェン ソナタ4番の譜読み。
CDがなかったので、ネットで検索。
聴くと、八分の六拍子だけあって、軽快な曲だ。
これって、弾いてるうち、だんだん速くなりそう。
で、自分で自分の首を絞めるパターンだ。
楽譜に指定された音符を弾くだけなら、難しくはないけど、
何か落とし穴がありそうで、譜読みは慎重になる。
2番では、旋律の流れで、だいぶ注意されたから、気を付けよう。
練習が終わって、テーブルを見たけど、ラベンダーの花があるだけだ。
キツネ君は、神様の国 高天原というところにでも、行ったのか。




