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偶発の同刻 その五

 ――校門前。

 千輪のイマガイズは、三つの円盤を組み合わせたデザインだ。石英結晶のような硬質さを感じさせる光沢を持ち、水に牛乳を垂らしたときにできるもやのような、透明感のある乳白色をしている。円盤にはまちまちな隙間があり、円盤と言うよりも平たいリングが同心円に連なっていると言った方がより正確だ。リング同士の隙間は真っ暗で、千輪の顔は見えない。リングの一つは額を中心に、そして左右には耳を中心にして頭部前面を覆う。中央のリングが作る隙間には、丁度目のある辺りを通るものがあり、そこは明るい青緑色に点灯している。左右のリングの中央からは後頭部斜め上方に向けて、アンテナとも耳とも知れない突起が飛び出している。

 それと同質のリングが千輪の指先に出現する。それはカチャカチャと連なるように指を覆い、手を覆い、そして前腕を覆った。

「それが君のイマガイズか」

 カザマの顔にもイマガイズが出現する。

 彼のイマガイズは顔全体を覆う、深緑色ののっぺりした仮面だ。流線形のそれは、新車の塗装のようにぴかぴかしている。顔の中央、そして左右の顎のラインを延長するように、突起が列を成している。突起は上向き、朱色で五センチほどの大きさ。表面に再び接するほどカールしており、その色もあって勾玉を並べたようにも見える。

 イマガイズの後ろからは、彼の黒々とした頭髪が、あたかも仮面の形状の続きかのようにうねっていた。

 今にも戦闘が始まりそうな雰囲気を感じて、リネンが言う。

「カザマさん、戦うのは嫌ですよ。きっと何か誤解があるんだ」

「この女、何か妙だ。俺たちがへまをしたのか、それとも女の勘が働いたのか。どちらにしろ、大人しく着いてきそうにはない」

 カザマはリネンに振り返って答えた。

 隙あり。千輪は指をぴんと伸ばし、カザマ目がけて突きを繰り出す。

「カザマさん!」

 カザマは振り返りもせず、上体をほんの少し逸らしただけで、その攻撃をかわした。

「もう戦闘は始まってるんだ。怪我をさせたくないなら、リネン。お前のイマジンで抑えるしかないぞ」

 その姿勢のままカザマは言った。

「わかりました……」

 まるで相手にされていないことに少し腹を立てながら、千輪は伸ばした腕を水平に振り抜く。

 ブオン!

 またしても手応えがない。カザマは体をくの字にしながら、滑るように半歩分下がっていた。足元に砂埃が舞い、ゆっくりと千輪へと流れ、消えた。

 生徒は何事もないかのようにがやがやと下校していく。気づかない。

 千輪は時間を稼ぐつもりだった。だが、それでももう少し何とかなると思っていた。現実は今の通り。攻撃が全く当たらない。あの近距離から、しかも、ろくに見もしないで立て続けにかわされた。カザマは何かをやっている。

 千輪は、はっとしてリネンを見る。イマガイズが現れていた。

 頭部全体を覆う、鈍い黄金のイマガイズ。絵なのか文字なのかわからない、のたくったような線が正方形に収まるように彫られ、それが顔以外の全ての面にいくつも並んでいる。顔の部分は両開きの扉のようになっており、中心に深い溝がある。立体的な彫りの深い顔立ちだが、目の部分を楕円に、鼻の部分を三角形に、そして口の部分を角の取れた長方形にくり抜かれているため、同時に立体感も削ぎ落されている。それらの穴の奥には確かに何かが見えているのだが、ようとして知れない。リネンの小奇麗な顔ではない。もっと褐色の、少しだけ緑がかった乾いた何かである。

 リネンはそっと手を前に差し出す。ぎゅるぎゅると白い渦が現れる。白い帯だ。帯は身の丈ほどの芯となり、太さを増していく。男性トイレのマークのような形になると、ごろりと横に倒れた。

 これがリネンのイマジンだろうか。ばたりとその場に倒れてしまったし、差し当たり危険はなさそうにみえる。だが、その帯の塊はゆっくりと千輪の方へ転がってきている。なんだか嫌な感じだ。

 カザマのイマジンも不明だ。千輪は一旦距離をとろうと後ろに飛び退る。

 カザマがそれに反応した。くるりと回転しながら音もなく前進する。コートの裾がぶわりと広がる。

 千輪は距離をとるつもりだったが、カザマは貼りついたように近距離を保つ。それを追い払うように手刀を振るった。

 すかっ。

 カザマは伸ばした千輪の腕をまるで棒高跳びのように背面で抜け、空中で倒立したまま一回転する。

「頭を冷やせ」

 その勢いのままに繰り出された蹴りが千輪の頭上に振り下ろされる。

 千輪は両手を組んで掲げ、それを受け止めた。防げたものの、思わずふらつき、二、三歩後ろに下がる。両手が衝撃でしびれている。リングを出していなければ、やられていた。

 カザマは反動で宙返りしながら距離をとる。

 間違いない。これがカザマのイマジンだ。

 皆瀬の記憶によると、イマガイズの中には仮面の効果で身体能力が強化されている者もいるらしい。彼らはサブと呼んでいた。だが、カザマは違う。どんなに力持ちになっても、あんな動きはできない。

 カザマに気をとられているうちに、白い帯の塊が近づいてきていた。相変わらず、ゆっくりと転がっているだけだ。千輪はそれに近づくか、離れるかの選択を迫られる。不気味だ。彼女は離れることにした。

 千輪が一歩引くと、帯の塊は起き上がりこぼしのように立ち上がる。はらりと帯の端がめくれた。かと思うと、その先端から塊はほどけ、四本の帯が意思を持っているように千輪へと伸びる。

 人間が走るのよりは速そうだが、はっきり言って遅い。何の脅威も感じない。

 千輪は器用に四本の帯を空中で束ねると、背負うようにして放り投げる。そのまま帯を引き、地面に叩きつける。

 ふあさっと柔らかい音がし、形が崩れる。帯の塊は帯の山になった。千輪は帯を手放す。

 リネンは平然としている。

 しゅるしゅると帯が集まっていく。白い帯はすぐに人型に戻ると、ゆっくりと傾き、また倒れてしまう。

 なんだこれは。暖簾に腕押しという言葉があるが、それ以下だ。ちょっとした不気味さはあるが、動きは遅く、攻撃性能も持っていないようだ。代わりに、こちらの攻撃もまるで効果がない。相手にするだけ損なのでは、と千輪は考え始めていた。それよりも緑のコートの男が厄介だ。

 カザマが滑るように駆けだした。

 千輪は考える。カザマは、まるでこちらの攻撃を見透かしているようだった。そうでなければ、あれほど的確な回避はできない。攻めるなら、単調さを捨てることだ。意表をつかなければ。

 千輪もカザマに向かって駆けだす。踝から脛にかけてカチャカチャと乳白色のリングが装着されていく。カザマがコートをなびかせ、流れるような動きで接近する。彼女の脚はより一層の力強さで回転し、両者の間合いは一瞬で消費される。

 カザマは腕を刀のように振り抜いた。

 カザマからは千輪の姿が消えたように見えた。千輪は砂煙を後ろに流しながら、低い姿勢でカザマの脇を滑る。反転。獣のように四肢で踏ん張り減速する。背後に抜けると同時に、猛烈に旋回しながらカザマの脚を払う。カザマは振り向き際、足首だけで小さく跳ね、それを飛び越える。千輪はもう一回転した。姿勢を高く。まだ空中にいるカザマに裏拳を見舞う。

 カザマの体がくるりと回転する。拳が当たったからではない。それが通り抜けるのと同じタイミングで、カザマの体が車輪に張りつけられているかのように回ったのだ。カザマを回転ドアだとしたら、千輪の腕はそこを通る人間だ。確かにそこにあるのに、何の障害にもならずに通り抜ける。

 回転を利用するのは、カザマの番だった。側頭部を狙っての回し蹴り。千輪は乳白色のリングがついた腕で防御する。蹴りを受けた腕が顔にぶつかってくる。千輪は歩道脇に吹き飛び、ブロック塀に衝突した。

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