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偶発の同刻 その四

「急ごう! クリーク!」

 僕は学校への道のりを疾走した。クリークは僕の呼びかけに応えるように見つめると、懸命に足を動かした。僕は少しだけ、がっかりしてしまった。

 クリークは現状を把握しているはずだ。一刻も早く、千輪トウコの無事を確認しなければいけない。クリークができるベスト、それは風景の窓を開き、学校とこの地点を繋ぐことだ。

 だが、それをしない。短い脚で地を蹴る姿は元気いっぱいだが、それ以上をしようとしない。

 思い返してみると、新しい体になってから風景の窓を開いていない。できなくなったのかもしれない。

 イマジナルには、イマジンのような特殊能力としか説明できないような力を持つ者がいる。ケイジの首輪がそれだ。しかし、そういった一部の例外を除いて、イマジンの能力は体の構造に紐づけられている場合が多い。例えば、火炎袋があるから炎を吐ける、といった具合である。

 クリークのどの部分が能力源になっていたかは定かでないが、僕の創った新しい体はただつるりと白く、当然内部の構造にも手は回っていない。

 新しい体になったのが原因で、風景の窓を開けない。この可能性は十分にあった。

 原因はなんにしろ、クリークが風景の窓を開かない以上、ショートカットは望めないようだった。僕たちはひたすら走る。




 ――岸戸と北城が角を曲がると、路上に太った老人の姿が見えた。彼は首輪をしていて、何かを見上げている。視線の先をみると、エイラとコタツがビルの壁にへばりついている。

「見つけた。苦戦してるみたいだな」

「私があの丸いお爺さんを足止めするわ。ユウは回りこんで第二巡回班をカバーして」

「オッケイ!」

 二人はイマガイズを発現する。鬼の北城が大げさな加速で先行し、後ろからドクロの岸戸が盾を構えて続く。

 アトモスが岸戸たちの接近に気づく。ウズは路地の暗がりから横目でちらりと見ると、さらに奥へと身を潜める。

 エイラとコタツが叫ぶ。

「それ以上、近づかないで!」

「だめだよ! お兄ちゃんたち!」

 岸戸と北城は首を捻る。

「救援を呼んでおいて、それはないぜ」

「きっと、近距離戦が得意なイマジナルなんだわ。危ないと思ったら、すぐに離れるのよ」

 岸戸はうなずく。

「若いのう」

 駆け寄る二人に対し、アトモスはにこにこと笑っているだけで、特に怪しい動きをしていない。

 北城が拳を繰り出す。岸戸がアトモスの横を通り抜けようとする。拳がアトモスの腹部にめりこんだ。

「変形を……大げさに!」

 ぶう。

 辺りにうっすらと青白いガスが漂った。

「ちょっと、いやだ。おなら?」

「ほっほっほっ、失敬。なかなかいい攻撃じゃったのでな、少しばかり漏れてしまったわい」

 その隙に岸戸がアトモスを通り過ぎる。右足で一歩。左足で二歩。右足は三歩目を踏まず、空を掻いた。岸戸の体がふわりと宙に浮かんでいる。

「うわ、なんだこれ?」

 アトモスは北城に向かって手を突き出す。北城はそれをかわそうと後ろに飛び退く。

「手間が省けたわい」

 北城が予想していたよりも大きく体は飛びあがった。いや、上昇が止まらない。体は斜め後ろに真っ直ぐと上がっていく。

「体が軽くなってるんだわ!」

 アトモスはにやりと笑うと、宙に浮いた岸戸の方へ向く。

「この野郎!」

 岸戸は盾を振りまわそうとするが、体の方が回転してしまって上手くいかない。アトモスは岸戸の真下へ、姿勢を低く滑るように潜りこむ。岸戸は盾を構える。

「これは防げぬよ」

 アトモスの両腕が真上に突き上げられる。岸戸の体はぐるぐると回転しながら空に向かって行く。


「私の話を落ち着いて聞こうとする人は、この場にいないのかしら」

 エイラがため息をつく。

「ごめんなさい、センセイ……」

「反省している場合じゃないのよ、コタツ。今度こそ、言う通りにしなさい。あなたのイマジンで盾のお兄さんを助けなさい。重さがないの。今は引っ張れないし、ぶつけたらどこへ飛んでいくかわからない」

「お兄ちゃんにつかませるんだね」

 エイラはうなずくと壁を蹴る。

「センセイ、待ってよ! その後は……」

 全員の携帯電話が震えた。エイラは紙飛行機のように真っ直ぐ進みながら、振り返る。

「待つのよ。ハスバなら、こいつを倒せる」

 コタツは上空を見据える。ビルの高さを越え、回転しながら飛んでいく岸戸が見えた。石球のイマジンを発現させると、猛スピードで上昇させる。

「間に合うのかな……。違う、間に合わせなくちゃ」

 石球と岸戸の距離が縮まっていく。

「お兄ちゃん! その球をつかんで!」

「球……だって?」

 岸戸は手を伸ばすが、体全体がぐるぐると回転しているため、視線も手を伸ばす方向も定まらない。

 コタツもこの状態を体験したため、何かをつかむ難しさは身にみていた。回転を読むのだ。下手に動かすな。球に手の位置を追わせるのではなく、岸戸の手が届く位置、視認できる位置、かつ同じ位置に球があり続けることが重要だ。

 コタツのイマジンは岸戸との相対位置を固定したようにぴたりと追随した。あとは岸戸次第だ。

 石球を飛ばせる範囲には限界がある。そろそろ岸戸はその範囲から抜けてしまう。

「見えたぜ、コタツ!」

 岸戸の両腕が石球をつかんだ。回転が衰え、停止する……かに見えた。

 ずるり。

 つかむ対象が球体だったのが災いした。回転の勢いは落ち着いたものの、岸戸の指は球体を離れる。もう一度つかもうと岸戸は手を伸ばす。突然、球体との距離が開いた。

 球体はぴたりと止まっていた。コタツのイマジンの限界距離だ。

「うそだ、さっきつかんだじゃないか! お兄ちゃん!」

 コタツの見つめる先、岸戸は石球の活動限界を離れ、青い空へと飛ばされて行く。


 北城はぐんぐんと上昇していく。ビルの壁面からは遠く、手足は届きそうにない。もうすぐビル群すら抜け、本当に何もない空中に飛び出してしまう。

 自分の重さがないのだとしたら、何かを投げれば反作用で軌道を変えられるかもしれない。

 北城はくしを取り出すと横に向けて放り投げる。櫛はまっすぐに飛び、ビルの窓に当たるとくるくる回転しながら漂う。

「私の持ち物の重さまでなくなってるんだわ」

 これでは反動もない。

 跳ね返った櫛が目の前に来た。その先、こちらに向かってくる人影がある。

「エイラさん!」

 エイラは北城の方向へと壁を蹴ったが、正確ではない。加えて、北城の上昇ともずれがある。このままではすれ違ってしまう。

 ビルの壁にエイラの影が映っている。表面が波立ったかと思うと、そこから人型が直立し、影の巨大スプーンを構える。影は真っ直ぐ立っているだけだが、滑るようにビルの壁を移動している。エイラの元々の影と連動しているらしい。影はスプーンを差し出す。その先端をつかむと、エイラは軽く自分の体を押し出す。この方向修正でエイラは吸いこまれるように北城へと向かう。影はいつの間にか元通りになっていた。

 抱きかかえるようにしてエイラが北城を捕まえる。ほとんど水平に移動してきたエイラの軌道と合わさり、上昇はかなり緩やかになった。しかし、横向きの移動は増し、没落街から離れていってしまう。

「これでいいわ。まったく、警告はしたのに」

「ごめんなさい。そういう意味だとは思わなくて」

「それじゃあ、二人で空の散歩といきましょうか」

 イマガイズの下でエイラが微笑む。女性でもどきりとするようなその表情に、北城は思わず目を逸らす。

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