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偶発の同刻 その一

 授業に出ていたというより、僕はただそこにいた。

 身近な人が死んだ。

 昨日は呆気に取られ、現実味がなかった。唐突な報告で実感を伴っていなかったのだ。砂ぼこりが風に巻き上げられるように、あまりにもあっけなく奪い去られたから。

 その魔手は、より身近な人へと、さらには自分へと向けられ、すでに暗い影を落としているのではないか。思考と思考の隙間にネガティブな考えが楔となってざくざくと打ちこまれた。心がいびつに変形し、今にも千切れそうな気がした。

 チャイムが終業を告げる。


 鐘の音が響きわたる校外、門からやや離れたところに二人の人物がいた。カザマとリネンだ。両者とも双眼鏡を持ち、植えこみに潜んでいた。カザマは一枚の写真を手に校舎と見比べている。

「間違いない。この写真はこの位置で撮られたものだ」

「学校はここしかありませんから。後は出てくる生徒を見分けられたらいいんですけれど」

 写真の中の少女は学校を出るところだ。しかし同行者はいない。いつも一人で行動しているなら、この集団社会では逆に目立つ。

「それにしても、ペアがカザマさんでよかった。他の人たち……特にイマジナルたちはなんだか怖くて。成り行きでこうなっちゃいましたけど、コモンさんはいきなり人を殺しちゃうし、他の人たちも好戦的でしょう? このまま着いて行っていいのか不安ですよ」

「他の者はともかく、コモンは無駄に殺しているわけではない。〈リビジョン〉の目指す理想には賛同できる。俺たちのイマジンが不当に奪われることがなく、イマジナルと共存できる世界だ。彼は〈ウィズダム〉という最小の犠牲をもって、それを成し遂げようとしている」

「僕もこの力を奪われたくはないですけれどね。イマジンを一部の人が独占するなんて不公平だ」

「今の世界に不満を感じるならば、〈リビジョン〉に協力することだ。イマジナルにはいずれ慣れる。彼らに敵意はないのだから」

「すぐに戦いが終わればいいのですが」

「そのためにも、この任務を成功させよう。……早くも生徒が出てきた。彼女を探すんだ」

 リネンはうなずくと双眼鏡を目にあてた。二人は分担して、校舎からぱらぱらと出てくる生徒らに目を走らせる。


 僕はユウと共にミズハを探す。いた。彼女の表情は何となくだが暗い。出会う前の頃のようだ。しかし、僕たちに気づくと、意図して明るい表情に切り替えた。

「ほら! アキヒロもユウも元気ないわよ! 行くんでしょ、探しに」

 僕だけではなく、彼らにも身近な死が現実感を持ってまとわりついているに違いなかった。ユウがおう、と返事した。

 そんな心理状況でも、僕ら第六巡回班が動かなければいけない。〈ウィズダム〉の他の巡回班はイマジナルを食い止めることに集中してもらっている。時間制限は二週間。この間に想像の根源を見つけるのだ。


 教室の入り口を通り過ぎるとき、一人の人物がちらと皆瀬に目線を送ったが、彼はそれを見落とした。

 彼女は目を伏せる。

「聞きたいことがあるって言ったじゃない。皆瀬くん、忘れちゃったのかな」

 千輪トウコは寂しげに呟いた。




 フラーとエド。彼らは商店街に来ていた。フラーは白衣の男にぴったりとついて回った。

「人が、たくさんいる」

「ええ、ええ。そうですとも。ここにはお店がたくさんありますからね」

 小さなおもちゃやから、親子連れが出てきた。子供は母親の方を向き、きゃっきゃと飛び跳ねていた。その手には紙袋。何か買ってもらったに違いない。

「わたしも買い物というものをしてみたい……」

 フラーがつぶやく。

「それならば」

 エドがポケットをガサガサとまさぐった。しわくちゃの千円紙幣を取り出した。

「これで買い物をしてくるといいでしょう」

「いいのか?」

「ええ、ええ。構いませんよ」

 フラーは紙幣を受け取った。するとエドはそそくさと離れて行く。

「どこへ行く?」

「ちょっと私用でして。なあに、すぐ戻ります。フラーさんはお買い物を楽しんでいてください。あなたは目立ちますからね。こちらから見つけられますよ」

「そうか」

 フラーはじっと紙幣を見つめる。しわを伸ばした。男の顔が印刷されていた。知らない顔だ。

 ふと視線を戻すと、エドの姿は消えていた。

「……フラーさんがいては、何かとまずいですからねえ。さてさて」

 エドは独り言しながら、人気のない路地へと進んだ。




 双眼鏡を覗くリネン。その視界に三人組が映った。ドグラから〈ウィズダム〉の構成メンバーの情報が提供されていた。その中にあった顔だ。

「見つけたか?」

「いえ」

 リネンは、それをカザマに伝えない。

 カザマも少女を見つけることを第一に考えているはずだ。だが目の前に敵がいるとなると、排除を優先しないとも限らない。リネンは戦いを避けたかった。それが解決にならないと知っていても、とりあえずは戦闘行為を遠ざけておきたかったのである。

 三人組は校舎を離れ、消えていった。

 それからしばらく張りこんでいると、カザマが静かに声を上げた。

「いたぞ」

 リネンは左右に双眼鏡を走らせた。いた。丁度、校舎から出てくるところだ。俯き加減だが、写真の少女に間違いない。彼女はゆっくりと校門に向かっている。

 二人は植えこみから出ると、速やかに校門前に移動する。

「カザマさん、どう切り出します?」

 カザマは難しい顔をした。

「いくつか考えたのだが、策を弄すればほころびが生じ、不審に思われる。単刀直入に話す方がいいだろう」

「賛成です。今の世界が間違っているんだ。悪いことをするわけじゃない。誠実に接すればわかってくれますよね」

「楽観はできないがな。コモンさんは失敗したときのフォローができるように、俺たちを組ませたんだろう。逃げたら俺が追う。捕まえるのは……」

「僕の役目、ですか」

 リネンがカザマの言葉を継いだ。カザマは眉を下げ申し訳なさそうな顔をする。

「気が進まないか。だが、傷つけずに連れていくには、お前のイマジンが適任だ」

 リネンは悩ましげな顔をしつつも了解した。

 校門から出ていく生徒の中に目的の少女の後ろ姿があった。

「君」

 カザマが声をかける。少女は気づかないのか、それとも呼ばれたのが自分だとは思わなかったのか、そのまま歩み去ろうとする。カザマは数歩追いかけるようにして、もう一度呼びかける。

「君のことだ」

 少女が振り向き、カザマとリネンを交互に見る。暗い表情に疑念の色が差す。

「君には、何か特殊な力があるのだろう」

 その色が濃くなる前に、カザマはずばりと切りだした。話の内容を少女が予測できるはずもなく、彼女はその場に立ちすくんだ。

 十分な効果を確認し、カザマは言葉を重ねる。

「俺たちも同じ力がある。少し話をしたい。ここなら生徒が頻繁に通るし安心だろう。反対に、君が人目をはばかるなら場所を移してもいい」

 言葉を受けて少女は黙った。しかし、茫然としてはいない。何かを考えている。

 

 千輪トウコは考えた。

 まず私の頭に浮かんだのは、彼らが〈ウィズダム〉の人間ではないかということだった。皆瀬の記憶では、彼は全てのメンバーに会ったわけではないようだった。うねった髪を後ろに流したグリーンコートの男と、犬のようなやわらかい髪形をしたフォーマルな装いの少年。目の前の彼らが、まだ会っていない〈ウィズダム〉である可能性は十分にある。

 だが、違和感。頭の中を整理する。

 数分前、皆瀬たちがここを通った。私を待ち伏せていたのなら彼らを目にしたはずだ。だが、この男は皆瀬の名前を出さなかった。

 皆瀬たちの名前を出さない。ここに強烈な違和感があった。目の前にいる男の言動からは、こちらを警戒させない配慮が窺えた。彼らが〈ウィズダム〉なら、私と同じ学校に通う組織のメンバー、皆瀬たちの名前を出すのが手っ取り早い。もっと突っ込んで言えば、彼らではなく直接皆瀬を通して私に伝えた方が、物事を円滑に進められるはずだ。だが、彼らはそうしなかった。

 しなかったのではなく、できなかった? 彼らは〈ウィズダム〉ではないから。

 しかし、彼らは私と同じ力があると言った。つまり、彼らはイマガイズ。私が皆瀬から得た知識によると〈ウィズダム〉以外でイマジンを持つ者は限られている。

 矛盾する。彼らの正体がますますわからなくなる。

 目の前の二人は一見友好的にみえる。だが、早とちりしては危険だと感じた。皆瀬に相談するべきだ。

 私は皆瀬と番号を交換してはいない。だが皆瀬の記憶を見ている。頭の中にはもう残っていないが、忘れないうちに皆瀬の番号を携帯電話に登録しておいたのだ。

 こんな失礼な使い方をする予定ではなかった。番号交換のときに、交換する前から電話をかけて、少し驚かせてみようと思ったのだ。それが思わぬところで役に立った。


「お母さんに今日はまっすぐ帰るって言ってあるの。心配させるといけないから、連絡するわ」

 私は不安や焦りを外に出さないように、ごく自然に言葉を発するよう努めた。

「構わないが、そこまで時間はかけないつもりだ。すぐに済む」

 疑うことなく、彼は母親への電話だと思いこんだようだ。私は、でも心配するから、と言って、男たちから数歩離れた。彼らは、それを別段咎めようとはしなかった。私の声が十分聞こえる位置だったからだろう。

 私は携帯電話を操作し、皆瀬の番号を呼び出した。耳に当てた端末から、コールが繰り返されている。早く電話に出て。単調に繰り返される音を聞きながら、そう願った。

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