分かれ道はまだ遠く
イナリがカウンターの中に立っていた。三つの巡回班は何となくカウンターの前に集まっていた。
「なんだ? おめえら、帰らねえのか」
ハスバが言った。
「なんだかすっきりしなくてね。こんな気分は久しぶりよ」
エイラが眉間を揉んだ。
「なら、おまじないでもしておくか。イナリ、頼む」
イナリは手早く人数分のガラスコップを出現させ、カウンターに並べた。透明な液体がたぷんと揺れている。
「何よこれ」
「酒、と言いたいところだが未成年もいるからな。ただの水さ。水は何でも溶かしちまう。きっと、俺たちの願いも溶かしてしまうんだろうぜ」
「あんた、がさつだけどたまに変だわ」
「やらねえのか?」
「そうは言ってない。で、願いは何にするの」
「明日のこの時間、また皆が集まれるってのはどうだ。明後日も、明々後日もだ」
エイラがふっと笑った。ハスバがコップを持つ。それを合図に、それぞれがコップに手を伸ばした。
ハスバはゆっくりと息を吐くと、くっと水を飲み干す。皆、それに倣った。
明日も集まれるように。このおまじないは効きそうな気がした。
ハスバは席を立つと、なにも言わずに店を出る。また話す機会があると確信しているようだった。それをオウナは慌てて追いかけた。思い出したように振り返ると、また明日と言って出ていった。エイラもコタツを連れて立ち上がる。背中を向けたまま片手をすっと上げる。コタツは元気よく手を振った。僕たちも手を振ってそれに応える。
店内はがらんとなった。
「僕たちも帰ろう」
ユウとミズハは静かだ。クリークがとことことついてくるのを確認して、僕は店を出た。
少し重い足取りでユウたちが店から出てくる。
「ヒロよお」
「どうしたユウ」
「自信満々に請け負ったけれど、大丈夫なのかよ」
「私も心配だわ。私たちが成果を上げないと、どうにもならないのよ? 何か当てはあるの」
「リミットは二週間。決して長くはないが試す時間はあるよ」
「ヒロは大抵、確証を持って行動する。でも今回はなんか違うと思ったんだよな。決まったからにはやるぜ? でも飾有町に対する全ての責任となると、こいつは重いぜ」
「それだけじゃないわ。イマジナルをどうするつもりなのよ」
「クリークのことか?」
「彼は当然として、他のイマジナルもよ。人間の都合で勝手に消していいものなのかしら。〈首輪男〉の話だと、イマジナルにも思考や感情があるようだったわ」
「俺は想像の力がない方が、この町は安全になると思うぜ。そりゃクリークとお別れするのは辛いさ。でも一番つらいのはヒロだ」
ユウとミズハにはそれぞれの考えがあるようだった。
「白黒だけじゃなく、中間もあり得るよ。イマジナルの脅威を取り去りながら、完全に消滅させない方法があるかもしれない」
「やっぱり、クリークと別れるつもりではなかったんだな」
「でも、都合がよすぎる感じはするわね。いざというとき、迷わないようにしないとだめよ。想像の根源がどういう形で存在するかわからないんだから。突然選択を迫られるかもしれないわ」
確かにそうだ。悠長にセンセイたちの指示を仰ぐ時間はないかもしれない。
「私はアキヒロが選ぶなら文句ないから」
「この町がどうなるかなんて、俺も考えられないな。ヒロが選ぶんなら、色々含めての結論だろう。おれもそれがいいと思う」
「責任逃れになっちゃうけれど、プレッシャーなのよ。こんな大きな選択、考えたこともなかった」
「だなあ」
思えば、あの場で請け負ったのは少し軽率だったかもしれない。僕一人の行動で決まってしまったのだ。二人が重荷に感じるのも当然だった。
「わかった。僕が考えておくよ」
「緊急の場合はヒロに合わせるからな。頼むぜ」
「背負わせちゃってごめんね、アキヒロ。でも、きっと大丈夫よ。根源を見つけたらすぐにセンセイ達に相談しましょ」
ユウは想像の力のない、普通の世界を望んでいる。ミズハはイマジナルの存在を肯定し始めている。僕は想像の力を弱めつつも、イマジナル、もっと言えばクリークと一緒にいたい。
実行不可能のために、そもそも選択候補から消えてしまうものもあるかもしれない。だが、全てを選べると仮定して、僕はどれを選ぶのがベストなのだろう。さらに選択肢の外では、全ての人が想像の力を持つ世界もある。それを望む集団〈リビジョン〉がいる。
詰まった排水溝のように思考が滞留する。頭がもやもやしてきた。




