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転覆 その四

「ジョウの判断が正しければ、もう不意打ちはないわけね」

 エイラが安堵の入り混じったため息をついた。

「だが解決ではない」

 上の言葉にエイラが俯き、顔に影がかかった。

「そうね。〈ウィズダム〉が受けた打撃は致命的よ。現在、機能しているのは、ラークに詰めているメンバーのイナリ、カナタ、ヒカゲ。〈エデンの外〉のチヨ。巡回班は第二、第三、第六。……大事を取って、明日はジョウに動かないでもらうわ」

「ヒカゲの薬は飲んだ。このまま寝れば、明日には完治していると思うが……」

「完治だと? 切られた腕を忘れてくるとはバカ者め。ないものまでは治せないし、一度傷が塞がったら、もう腕があっても戻せない」

 ヒカゲがもの凄い目つきでセンセイを睨んだ。

「そんな目をするな。覚悟している。だが、わかった。明日は安静にしていよう」

 センセイの言葉にヒカゲは本に目を戻した。だが、ページが全然進んでいないのを僕は知っている。彼女も現状が不安で仕方がないのだろう。

 ハスバの表情は険しい。

「改めて整理するとまずいぜ、これはよ。巡回班の半数以上が一気に欠けちまったのか」

「対して、やることは山積みよ。増加傾向にある野良イマジナル。脱走者の確保。人型のイマジナルと〈獣の男〉」

「厳しいな」

 センセイの言葉が弱々しいのは、受けた傷のためだけではなかった。この流れで発案する者はいなかった。全てに同時に対処するのが難しいだけではなく、絶対的に人数が足りない。日々顕在化するイマジナルを抑えられるかどうかもわからなかった。

「できる範囲のことをするしかないわ。この人数で、できる限りのイマジナルを討伐するのよ」

 じり貧だ。それでは解決しないと誰もが理解している。しかし消極的に賛成せざるを得ない。そういう雰囲気が満ちてきた、そのとき。

「大元を探しましょう」

 僕は思い切って発言した。皆が一斉に僕を見たので、心臓がばくばくと高鳴った。

「想像の力の大元を抑えれば、野良イマジナルの問題は解決する。〈リビジョン〉に集中できます」

 ハスバが口を開く。

「そんな状況があったな。あのときは親玉を叩くことで一気に状況を解決できた。だが今回は状況がまるで違う。あのイマジナルみたいに、はっきりとした根源があるわけじゃねえだろ」

 そのとおりだった。何か根拠があるわけではない。僕は反論できなかった。

 そこにセンセイが助け船を出した。

「いや、待て。そうとも言えない。今日、〈獣の男〉と対峙したときのことだ。やつは想像の力の根源が、何か見える形で存在すると考えているようだ。そして、それを見つける方法を知っているようだった」

「俺たちが知らない情報を持っているのか。それともはったりか?」

「〈リビジョン〉は想像の根源を使って全世界に想像の力を広めるつもりだ。会話した限りでは、やつから強烈な自信を感じた。はったりとは思えない」

「無視できない要素だわ」

「根源を操作して影響を広げることができるのなら、逆の使い方もできるはずだ。想像の力を弱める。そうすれば強力な野良イマジナルは減り、イマガイズは力を失う。全ての人間が想像の力に目覚める心配もない。〈リビジョン〉の目的が消滅する。この一手で俺たちが守る必要のない、普通の町に戻すことができる」

「妙案ね」

「不確実な要素が多すぎる点を除けばな」

 提案した時点で僕には気がかりがあった。クリークだ。全てのイマジンとイマジナルが消えていくのなら、彼もまた消えてしまうのではないか。だが、そうと決まったわけではない。電灯のスイッチのようでなければ、調整して無害な程度に想像の力を残せるかもしれない。あるいは想像の力を弱めず、根源を〈ウィズダム〉が管理する道もあるはずだ。

 僕がやらないといけない。そんな衝動に駆られた。

「僕たちにやらせて下さい」

 しまったと思ったが、僕の口からはすでに言葉が放たれていた。

「いいだろう」

 センセイは即座に言った。

「おい、ジョウ。そんな安易に……」

 ハスバの言葉を遮りながらセンセイは続けた。

「ハスバ。そしてエイラ。おまえたちの班にはイマジナル討伐をしてもらう。動けるようになったら俺も加わる」

「私たちも一緒に、その根源とやらを探すべきよ」

「想像の根源が〈リビジョン〉の最終目的なのは確かだが、それでもあるかどうかわからない。根源の探索だけに人員を割くわけにはいかない。イマジナルが増え続けたら飾有町かざりちょうは終わる。カナタ、計算してくれ。俺たち三班でどれぐらい食い止められる?」

「えっと、少し待ってね」

 カナタはキーボードをいじり、何か数値を出しながらシミュレーションを始めた。

「出た。このままイマジナルを放置すると三日で住人の認識が始まり、被害が出るよ。常態化までは五日」

 一般人はイマジナルを認識しづらい。だが、それはイマジナルがあり得ないことだからだ。もし、イマジナルが増えすぎて、あり得ないことではなく常態となってしまったなら、彼らは容易にイマジナルを認識してしまう。常態化とはそういうことに違いなかった。

「ジョウさん達がイマジナルをいつものペースで倒した場合、一般人の認識を十日後にまで引き伸ばせる。常態化は二十日以降先に遅らせられる。イマジナルの活動がこのままのペースの計算で、他の要因も一切考慮してないから、二週間が現実的なリミットになりそうだよ」

「それだけ猶予が伸びるのなら、巡回に戦力を割いて正解ね」

「俺たちがいつも以上に頑張れば、猶予が増えるってか。やってやろうじゃねえか」

 それまで静かだったオウナが慌てだした。

「セ、センセイ! 無茶はいけませんよ!」

「そうよ。町より先にあんたがぶっ壊れたらどうするのよ」

「そ、そうですよ。安全第一です」

 ハスバはエイラとオウナに責められるが、どこ吹く風だ。

「へっ、いつも力が余っているぐらいだ。問題ねえ」

「お互い、やれることをやろう。道は必ず切り開ける」

 センセイの言葉に、僕たちはお互いを見た。

 センセイは腕が痛むのか、眉を寄せ、顔に脂汗を浮かべている。だが、その瞳は輝きを失っていない。

 ハスバ。彼はオウナの肩に手を乗せた。オウナが意を汲んだようにうなずく。

 エイラは腕を組んだまま、コタツを見つめた。コタツは帽子をかぶり直し、エイラを真っ直ぐ見詰め、にっこりと笑った。

 神妙な面持ちを保っていたイナリは、ようやく元のにこにこ顔に戻った。

 カナタは眉を上にあげ、両拳を胸の前に揃えて自らを鼓舞していた。もしもの過去とは決別できたようだ。

 ヒカゲは、輪に加わっていなかったが、ページをめくり始めた。これだけでいつもの彼女だとわかる。

 チヨは今ごろ〈WIZ〉の新機能作成に四苦八苦の頭脳的奮闘をしていることだろう。

 今後の方向性は決まった。

「そろそろ寝ろ。悪化するぞ、バカ者」

 ヒカゲがいつの間にかセンセイの後ろにいた。

「その様だな。行動は明日からで構わない。学校があるやつは、ちゃんと行って来い。いつも通り、夕方から始めよう」

 センセイがベッドに横になる。イナリがドアを開けて待っている。カナタはパソコンの前に座る。ヒカゲは再び大きな本を広げ読み始めた。僕達はドアを抜け、エレベーターに乗った。最後にイナリが乗りこみ、鉄柵を閉じた。上昇のボタンを押す。ごうんと音が響き、箱は上昇を始めた。

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