転覆 その三
「どういうことだ」
ハスバが詰問するような激しい口調で言った。
「私たち、今日〈首輪男〉と会ったのよ。ケイジって名乗っていたけれど」
「あなたたちも襲われていたの?」
エイラは驚きつつも、話を促した。
「んー、襲われたってより、あいつは話に来た感じだった」
「戻ると大変な状況になっていて報告する機会を逃していたんですが、〈首輪男〉ケイジから重要な情報を得ました。あいつはイマジナルなんです」
「待て。俺はそいつと会ったことはないが、人間だと報告を受けてるぞ」
と混乱した様子のハスバが言った。
「それがケイジの首輪の能力です。簡単に言うと、あの首輪はイマジナルを人間に近づける。言葉を理解し、話せるようになり、さらに適性があれば人間とほぼ変わりない容姿になる」
カナタがはっとしたように面を上げた。
「ケイジは首謀者の思想が、イマジナル側からどう捉えられるのかとも話しました。全ての人間が想像の力を使えるようになれば、お互いを平等に認識し干渉できるようになる。イマジナルは暮らしやすくなり、人間と手を取り合うこともできると。イマジナルからするとかなり魅力のある思想のようです。賛同しないわけがない。つまり、ケイジが首輪をつけ説得することで、イマジナルを味方につけることができるんです」
「キジマさんたちは脱走者に襲われたんじゃない。その人型のイマジナルに襲われたんだ……」
「カナタちゃん?」
「大きなイマジナルが突然人間大の大きさになったら、当然質量も軽くなります。発生するエネルギーも減り、それこそ消えたように見える」
「反応が消えたイマジナルはそれか!」
ハスバが苦々しげに言い放った。
「能力や性質なんかじゃなく、人型になり、軽くなったから検知できなくなっていたとはな」
「あの現象に私がもっと気を回していれば、キジマさんたちも無事だったのかな。ふぐう……」
カナタは嗚咽を漏らした。
「カナタさん、その様に考えてはいけません。……そう言っても、あなたは自分を責めてしまうでしょう。今は泣きなさい。思いっきり。それが、もしもの過去への決別になります」
イナリが優しく諭した。カナタは声を抑えずに泣いた。
モニターが切り替わりチヨが映し出された。
「ごほんえほん、話は聞いていたよお。人型イマジナル……厄介そうだね。イマガイズなら想像の力への防御機能やイマジンが、強力なイマジナルなら質量や能力がエネルギーとなってカナタちゃんには見える。これによって事前の察知や追跡を可能にしてたんだよね。けど、人型イマジナルはそうじゃない。異常な動きさえしなければ、完全に人間に溶け込むことが可能だ。カナタちゃんのイマジンで事前に探すのは難しいだろうね」
「そうなりますね。明確に探知できるのは何かが起こってからです。後手に回ってしまいます」
カナタの背中をさすりながらイナリが言った。
「けれど、やつらには共通の目印があるはずさ。首輪だよ」
なるほど、とハスバが言った。
「視覚的特徴があるのなら、俺に任せてくれよ。町中のカメラから特定の画像情報、首輪をつけた人物をピックアップ……それらの時間関係から移動方向と速度を算出、地図の緯度経度にプロットし動線化して……いやいや、首輪の形状が今一つはっきりしない以上、精度を考えると画像認識の前に……」
チヨはイマガイズを出現させ、ぶつぶつ言い始めた。手元には何もないが、彼の脳内ではプログラミングが走っているのだろう。はっとしたようにモニターに顔を向け、
「ああ、とにかく〈WIZ〉に首輪をつけた人物の位置をフィードバックできるようにしておくからさ」
と言った。
「へえ、あんたも頼りになるじゃない」
「そりゃあないよエイラ。〈WIZ〉を作ったのも俺なのにさあ。まあ、これが上手くいったら、今度一緒にディナーでも……」
「お断り」
エイラはにやりとした。チヨは大げさにがっかりすると、
「やっぱだめかあ。……そんじゃあ、さっそく取り掛かりますかねえ。使えるものにするには少し時間がかかりそうだ。アップデートはこっちでやっておくから、ご心配なく」
モニターは町の全景図に戻る。
それを見ながらハスバが、
「カナタ、反応の消えたイマジナルが何体かわかるか?」
と聞いた。仕事を与えた方が彼女のためになると考えてのことだろう。
カナタはハンカチで涙をぬぐうと鼻をすすりながら答えた。
「報告があったのは五回。全てが同じケースなら、五体の人型イマジナルが出現したことになるね」
「皆瀬の報告通り、戦力を見誤っていたことになるな」
イナリが口を開く。
「未知のイマジナルの存在。ベテランの第一巡回班が失踪し、第五巡回班がやられたことへの理由づけにはなりますね。ですが、それでもやはりおかしい」
「おかしい? なにが気になってんだ?」
ハスバが話を促す。
「我々と出会う確率です。我々が飾有町に限定して活動しており、敵が我々に匹敵する人数と、それ以上の戦力を備えている。それらを踏まえても、今日という一日でこれほどの被害が出るものなのでしょうか。まるで――」
衝立がガタリと揺れ、イナリは言葉を切った。その向こうからセンセイが現れる。右腕はぐるぐると包帯が巻かれていた。ハスバと同じテーブルに着くとセンセイは言う。
「まるで〈リビジョン〉は、こちらの位置を知っているかのようだ」
「まだ動くな。止血は済んだが、寝ないと治らない」
ベッドに戻る気配のないセンセイを見て、ヒカゲがため息をついた。
「すぐに安静にするさ。だが、向こうで話を聞いていて、寝ていられなくてな。どうしてもはっきりさせておきたいことがある」
「勝手にしろ」
ヒカゲは一層大きなため息をつくと、自分のデスクに戻って行った。
「〈リビジョン〉?」
ユウが尋ねた。
「ああ〈獣の男〉がそう名乗った」
センセイは話を続ける。
「やつの言葉から推測するに、脱走者、人型イマジナルは全て〈リビジョン〉に組み込まれている。今日、〈リビジョン〉と出会ったと考えられるのは第五、第六巡回班、そして俺もだ。第一、第四巡回班がどうなったかは定かではないが、連絡が取れないことから〈リビジョン〉が絡んでいると見て間違いない。第二、第三を除く全ての班が敵と接触したのだ。これは偶然か?」
僕もそれが気になっていた。
「確かに偶然にしてはできすぎだ。俺たちの位置がわかっていたとしか思えねえ。〈リビジョン〉と言ったか? 相手にもカナタのように探知ができるやつがいるに違いない」
ハスバの言葉に対し、センセイが反論する。
「だが〈ウィズダム〉であることをどう探知する?」
「ううむ、俺たちは目的こそ一緒だが……共通点と言えばそれぐらいのもんだしな。一つのイマジンで区別するのは、言われてみれば難しいな」
「イマガイズを探知するイマジンなら、できるんじゃないか?」
ユウだ。それをミズハが補足する。
「この町のイマガイズってほとんど〈ウィズダム〉でしょ? 後は〈エデンの外〉に収容されている人ぐらいだわ。味方だけ区別をつけておけば、それ以外を敵と判別できるんじゃない?」
エイラが首を振った。
「イマガイズは私たちが新しく作った呼び方よ。同時に、イマガイズに限定して発動するイマジンも存在しない」
ユウとミズハは唸った。
「〈WIZ〉にしても、カナタのイマジンとチヨの機械技術が合わさって初めて機能するものだ。〈リビジョン〉にこれと同等の探知をできる者がいるとするのは、それこそ強引な憶測だ。だから俺はイマジンによる探知ではなく、別の可能性を考えた。できれば考えたくはなかった可能性だ」
皆が視線と疑問をセンセイに向けた。
「第四巡回班だ。彼らが〈リビジョン〉についたんだ」
部屋がしんとなる。ハスバがそれを破った。
「ジョウ、おまえが〈灰色〉を危険視しているのは知っている。俺もそこは否定しない。だが、それにしても、発想が突飛過ぎやしないか」
「過去で判断しているんじゃない。むしろ気になるのは今の行動だ」
カナタが話し出す。一度思い切り泣いたおかげか、少し持ち直したようだった。
「変なんだ。第四巡回班の位置情報が送信されていない。それにチヨさんの話では、どのカメラにも姿が映ってないって。巡回をしているなら、位置情報も自動送信されるはずだし、移動するときにどこかのカメラに映るはずなんだ」
「おそらく、彼らは今日、巡回をしていない。戦闘で消息不明になったのではなく、故意に連絡を断っているんだ。そして敵に〈WIZ〉のデータを渡した」
「確証はあるの?」
エイラが尋ねる。センセイが答える前に、ハスバがそれを遮る形で話し出した。
「辻褄は合うな。俺たちの居場所を正確に知っていたんだ。〈WIZ〉ならそれができる」
「俺の考え過ぎかもしれない。だが、それならそれでいい。あいつらと連絡が取れて、戻って来るならな」
イナリが同調する。
「それまでは第四巡回班の〈WIZ〉の機能を停止するべきでしょう。解除はいつでもできます」
「そうだな。カナタくん」
カナタはうなずき、手早くキーボードを操作した。
「完了だよ。〈WIZ〉の各班の位置情報、それに想像とイマジナルの反応情報を第四巡回班に送信しないよう設定した」




