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剣呑な顔合わせ

 ――第七巡回班。皆瀬らのセンセイことジョウは、番条ビルエリアを巡回していた。このエリアですでに二体のイマジナルを倒していた。エリア内の想像の反応が弱まってきている。ジョウは巡回を切りあげる。

 「一度、ラークに顔を出しておくか……」

 誰か立ち寄っているかもしれない。〈エデンの外〉から脱獄があったことを抜きにしても、最近の情勢はめまぐるしい。なるべく最新の情報を把握しておきたかった。

 時間は午後五時を回っている。少し前には『十七歳の花束』が流れていた。仮面をつけた人々の間をジョウは進む。

 ジョウははたと立ち止まった。仮面をつけていない男とすれ違ったからだ。特徴のない男。もう顔は忘れてしまった。

 ジョウが足を止めて振り返る。すれ違った男も立ち止まり、ジョウを見ていた。その顔にはイマガイズが出現していた。獣の仮面だ。猫のような目と耳だが、歯は肉食獣のそれではない。だが犬歯が発達している。草食獣でもない。

 人々は立ち止まった二人を異物のように避け、流れていく。

「お前が首謀者か」

 男は答えない。ジョウも返答を必要としていなかった。


 ジョウは錠前のたくさんついたイマガイズを出現させる。複雑な金属音を響かせ、腰の大量の鍵束を刀に変形させる。

 通行者はそれに気がつかない。あり得ないことはあり得ない。誰もそれを認識しない。何事もないように二人を避け、いつも通りに歩いて行く。

 構えられた刀に対し、意外にも男は何の反応も示さない。仮面の瞳がぎゅっと収縮しただけだ。

 短い掛け声をあげ、ジョウは躊躇ちゅうちょなく男に切りかかる。男は手を差し出す。素手で受けるつもりなのか。

 キンと澄んだ金属音がした。男は平然と立っている。

 振り抜いた刀は根元から折れていた。

 ジョウは落ちた刃に触れながら、素早く一歩間合いを取る。擦れ合うような音ともに折れた刀は回収され、一本の長い棒になる。刀よりも殺傷力は落ちるがリーチと強度は上昇する。

 折れた刀の断面をジョウは拾う前、その一瞬で確認していた。綺麗な平面だった。金属はイマジンで形を固定している。相当な力でなければ破壊できず、できたとしても歪みや捻じれなど破壊による変形が生じるはずだった。それがない。

 男はその場に留まったままだ。余裕を感じる。

 ジョウは素早く踏みこみながら棒を男の胸目がけて鋭く突きだす。男は再び手を差し出す。棒が手に触れる。するとまるで柔らかい針金のように棒はぐにゃりと曲がりながら男から逸れていく。ジョウの腕には何の手ごたえもない。棒だけが変形している。

 ジョウは男を掠めてすれ違うと、その背後の建物に曲がった棒を突き刺して停止する。

 これほどのことが起こっても、周囲の人間はそれを認識しない。

「金属を変形させる。なかなか面白い力だ」

 男がジョウに近づく。

 なぜかわからないがイマジンがばれている。ジョウの攻撃が通用しない。棒はコンクリートの壁にかなり深く突き刺さっている。彼は棒を両手で強く握りしめた。

「〈リビジョン〉の理想に、おまえは必要ない」

「待て」

「命乞いか?」

「違う。疑問がある」

「疑問だと? ここで終わるのなら、もう意味のないことだろう」

 男は足を止める。

「だが、だからこそ聞いてみたくはある。話してみろ」

 ジョウは壁に突き刺さった棒に肩を預けるようにすると、男に問いかける。

「お前の言う理想、全ての人間が想像の力を使える世界。〈リビジョン〉とやらが掲げるそれは実現できない。なぜなら想像の力は飾有町とその周辺にしか存在しないからだ。今は俺たちイマガイズが異質なのかもしれない。だが、お前のやろうとしていることは、その規模を大きくするだけだ。この町が世界から異質と見なされる。平等な世界にはならないぞ」

「〈ウィズダム〉に属しているからと見くびっていたが、まるっきりの無能ではないのだな。物事には理由がある。おまえがイマガイズになったのにも、町を守ろうと決めたのにも理由があるように」

「お前にも理由があると?」

「そうだ。しかし、話の根本はもっと深く、単純だ。飾有町とその周辺にだけ想像の力やイマジナルが存在している、この理由もどこかに存在するということだ」

 その考えにはジョウも到った。この町のどこかに想像の力の根源がある。だからこの地域に限定した現象が起きているのだと。それを見つけ出して掌握すれば、想像の力を全世界に広げることも可能なのかもしれない。

「見つけたのか?」

「残念ながらまだだ。だが〈ウィズダム〉を排除し、賛同者を増やしていけば必ず見つけられる。計り知れない未知のものでも、結局は想像の力だ。想像の力を認識できる者、イマガイズが鍵を握っている」

「だから手始めに〈エデンの外〉を襲ったのか。しかし、その探しているものが物体だとして、さらに首尾よく発見できたとしよう。それを制御できる保証があるのか?」

 イマガイズで覆われて表情がわからないが〈獣の男〉は笑っているようだった。

「できる。私ならね。そして、見つける方法もな」

 言葉には確かな自信が漲っている。

「さて、おしゃべりが過ぎた。終わりにしよう」

「そうだな。時間は十分できた」

「なに?」

 ジョウが壁に刺さった棒を力強く引く。ジャキリジャキリと音がして棒がまっすぐに成形される。みしみしと壁にひびが入る。ジョウは更に力をこめて棒を引く。壁の全面がひび割れ、棒を中心に盛り上がるようにして砕ける。金属の格子が剥き出しになる。その隙間で何かがきらりと反射した。

「鉄筋か」

「音を出さずに操作するのには時間が必要でな。おまえが話し好きで助かった」

 ジョウは壁の金属構造を力任せに引き抜く。その勢いを利用し、ジョウは壁一面分の鉄筋を獣の男目がけて振り下ろす。激しい金属音がして、格子が金属光沢を得る。そこからいくつもの鋭い刃が伸びるように変形する。

 壁の崩壊でようやく通行人は認識した。あちこちから悲鳴が上がる。だがそれをジョウと獣の男に結びつける人はいない。爆発事故、老朽化による崩壊、建築基準を満たさない違法建造物……皆思い思いの納得できる現実を認識する。彼らは家に帰り、このことをニュースで確認するだろう。この出来事を最も認識しやすい現実として。

「素晴らしい一手だ」

 〈獣の男〉は頭の上から迫りくる刃付きの格子を見上げる。

「褒めている場合か? 一手で全方位からの刃を避ける手段は」

 叩きつけられると同時に、格子は刃を内側にして男を包みこむ。奇妙な金属音が二重に響く。格子の両端はぴったりと閉じる。ジョウは棒を持ちあげ、先についた格子を高く掲げる。

「――ない」

 頂点を過ぎると格子は加速する。〈獣の男〉の入った格子は、砕けたコンクリートの上に激しく叩きつけられる。パリンと何かが割れる音がした。

 ジョウは棒から手を離す。〈獣の男〉はどうなったのか。物音一つしないが。彼は一歩踏み出した。

 甲高い金属音。同時に格子が僅かに揺れたように見えた。ジョウはとっさに身を引く。何が起こった、などではない。戦いの経験、勘に基づく行動だった。

 金属棒が角度にして数度、瞬間的に回転していた。先端がびいんとしびれる音を立てながら振動している。振動が緩やかになる。棒の先は鋭利な刃物に変形していた。

 ジョウは右腕が炎になったかと思った。視線を落とす。そこにあるはずの右腕は、円筒になったコートの袖に包まれるようにして地面に転がっていた。理解した。右腕が関節の少し先で切断されていた。身を引いていなければ、胴体ごとやられていただろう。

 ギシギシと音を立て格子の一部がぐにゃりと歪み、人が通れる隙間が開く。刃は全て砕かれていた。無傷の〈獣の男〉が悠然と姿を現す。

「だが、これはチェスではない。クイーンより能力の高い駒。相手が二手、三手同時に動かす。そういうこともある」

 出血が酷い。ジョウは膝をつく。〈獣の男〉がジョウの方へ一歩踏み出す。ジョウは〈獣の男〉を真っ直ぐに見上げた。

「読み通り……ではないな。まさか、あの状況から右腕を持っていかれるとは。だが、わかっていたさ。金属が効かないのは。だから」

 男の背後、格子の隙間には、鋭く視認しにくい何かがいくつも引っかかり、きらきらと光を反射している。ガラスだ。

「引き抜いたのは鉄筋だけじゃない。窓枠も金属だからな」

 しゃがんだ姿勢のまま、ジョウは左腕で金属棒をつかんだ。格子を思い切り引き寄せる。それに絡んだガラス片も一緒に。

 〈獣の男〉は素早く振り返り、両手を格子に向ける。それに触れた格子はギャリギャリと高い金属音を上げながら砕け散り、地面にぱらぱらと落ちる。だが、一度勢いがついたガラス片は止まらない。咄嗟に男は顔の前に腕を交差させる。ガラス片が降りかかる。

 〈獣の男〉がジョウを再び視界に入れようとしたとき、すでに彼はその場にいなかった。男の右手には大きなガラス片が突き刺さっていた。それを引き抜き、投げ捨てる。

「面白いじゃないか」

 崩れたビルの壁を見に野次馬が輪を作り始めていた。〈獣の男〉はその隙間を難なく抜ける。誰一人として男に注目する者はいなかったのだ。

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