別視点 その三
〈首輪男〉ケイジの発言に僕たちは戸惑った。
「イマジナルって……おまえ、どう見ても人間じゃないか」
彼はどう見ても人間だ。服も着て、メガネや時計までつけている。人型のイマジナルがいるとは聞いたことがない。人間が想像して人間を作りだす。そんなことがあってもいいのだろうか?
だが、あの腕力を説明づけられるのは、イマガイズかイマジナルのどちらかだ。イマガイズが出現しないのならイマジナルだ。理屈ではそうなのだが、にわかには受け入れ難い。
「あなた達は私の質問に答えてくれました。私も教えましょう。等価交換というやつです」
僕たちは、まだ状況の整理ができないでいた。そこに不利とは思えない申し出が重なる。とにかく、この男の話を聞くしかなさそうだった。
「私が言葉を理解し、人間の姿をしているのは能力のためです」
ケイジは首輪を撫でた。
「その首輪が?」
「人間になるのが能力なのか?」
「簡単に言うとそうです。語弊を招かないように言うならば、この首輪は野性や本能といったものを檻に封じこめる。それが能力。その解釈が、私の場合人間になることでした」
ユウが慌てたように尋ねる。
「待て待て、それはわかった。というか本当は混乱してるんだが、そういうもんだと思うしかないんだろ。でもな、それって能力のおかげで話せてるんじゃないか。イマジナルが話せてるのとは別物だ」
「首輪をつけても必ず人間になるわけではありません。適性と言ってもいいかも知れません。クリーク……彼は首輪をつけても言葉を理解するに留まりました。自ら話したり、人間の形にはならなかったでしょう?」
「んん? それが何か関係が?」
「答えになっていないわ」
「能力の適性と人間への親和性は別だと言いたいのかもしれない。クリークは言葉こそ話さないが、僕たちの行動には理解を示していた。他にも言葉を理解する、もしくは話せるイマジナルがいるのでは?」
クリークは傍らで僕を見上げた。ケイジがうなずきで僕の言葉を肯定した。
「一つ訂正するなら、一部ではなく、全てのイマジナルが人間と共に歩める可能性を持っています。私の能力は、ほんの些細なものです。きっかけでしかありません。イマジナルには元々人間と共存できる素質が備わっているのです」
「じゃあなんで襲ってくるのよ!」
「放っておくと被害が出るもんな。そんなんで共存と言われても困るぜ」
「それは、怖いからです」
「怖い?」
「怖いって私たちが?」
「イマガイズだけではありません。イマジナルは人間すべてを恐れています。人間は想像の力に心を開かないと私たちが見えないそうですね」
「それが防衛手段だ。認識しなければ、基本的にイマジナルは害を及ぼせない」
「その認識が問題なのです。人間側の視点は理解できました。では、イマジナルからはどう見えていると思いますか?」
考えたこともなかった。
「イマジナルは人間を認識できているのです。見えているのに干渉できない存在。それがどんなに恐ろしいか、あなた達に想像できるでしょうか。その上、イマジナルには睡眠、食事、生殖などの欲求がない。生きがいや捌け口などなく、そこにただ恐怖だけがあるのです。何とかして自分たちを認識させたい、気づかせたい。そして恐怖を打ち払いたい。これがイマジナルの行動原理です」
新しい視点だった。僕たちが考えもしなかった内容が男の口から溢れだしてくる。
「その結果、イマジナルが人間に害を及ぼしているのは事実です。しかし、原因の一端は人間がイマジナルを認識しないことにあります。認識しない、気づかないという人間が築いた壁のために、イマジナルもより強硬な手段を取らざるを得なくなっているのです。それが被害の拡大に繋がっている」
クリークが僕の部屋に現れたときの態度。ふぎゃふぎゃ騒いだり、構ってやるとにやにや嬉しそうにしたり……思い返せば、あれら全ては僕に気づいてもらいたいがためだったのだ。僕の体験がケイジの言葉の裏付けだった。
「想像の力に心を開いてください。そうすれば、我々と人間は真に平等な立場になれます」
「平等な立場か。そこだけ聞いたら悪くないかもね」
「でも、それで町が守れるのか?」
全ての人間が、僕らとクリークのような関係になれるのだろうか。〈獣の男〉――〈首輪男〉ケイジはコモンと呼んでいるようだが――彼の話を聞いた限りでは、ただの過激思想としか思えなかった。しかし、ケイジの話を聞いてしまうと、彼らの言い分にも一理あると思える。何が正しいのか迷いが生じてしまう。ユウとミズハも似たような心情に違いなかった。
ケイジは踵を返し、歩み去ろうとする。
「どこへ行く?」
「私は十分だと判断します。あなた達も判断してください」
ケイジは振り返り、そう言った。ユウとミズハが追って駆けだす。彼は再び歩を進めながら、背後へ向けて言い放つ。
「我々は、戦うようには指示されていません。それでも、やりますか?」
僕ははっとした。
「ユウ、ミズハ! 待つんだ!」
「ヒロ! 逃がしちまうぞ!」
「あいつに言いくるめられちゃったの?」
「そうじゃない。とにかく、今はだめだ」
二人はしぶしぶ追跡を中断する。〈首輪男〉は地面を蹴り、住宅街に消えていった。辺りの建物は、ほの暗い青に染まり始めていた。
不満そうにユウとミズハが戻って来た。
「俺たちを心配してか?」
「あいつは強い。けど、三人とクリークで力を合わせれば、きっと勝てたわよ」
僕は首を振る。
「違うんだ。あの男……ケイジと言ったか、彼は重要なことを言った」
「やっぱり。あいつの言うことを真に受けたらだめよ! 私もちょっと魅力的だとはおもったけどさ」
「ミズハ、そんなこと考えてたのか。俺は反対だぞ。町を守るには誰かが維持しなきゃ」
「そんなんじゃないわ。ちょっとって言ったじゃない。ほんのちょっとよ」
「そこじゃない。もっと細かいところだ。ケイジは戦うようには指示されてないって言ったよね。そのとき、我々って言ったんだ」
「脱走者のことだろ?」
「私もそうだと思っていたけれど」
数瞬してミズハは気づく。
「いえ、違うわ! あの首輪よ。クリークに首輪をつけたときも、あの男の首輪はそのままだった。きっと複数出せるんだわ!」
「あの首輪をつければ人間の言葉が通じる。説得してイマジナルの仲間を増やせるってことか?」
「可能性は高い。〈ウィズダム〉のメンバーが油断しているとは思えないけれど、敵は脱走した五人と〈首輪男〉、そして〈獣の男〉だけじゃないんだ。他のイマジナルがやつらに協力してる。早く皆に知らせないといけない。解決しなければいけない疑問もある」
「疑問ってなによ、アキヒロ」
「ケイジが僕たちを見つけられたのはどうしてだろう?」
クリークが新しい体になったのをケイジは初めて知った様子だった。前のように僕たちを尾行し、監視していたわけではない。そして巡回場所を住宅街に決めたのは今日のことだ。事前に誰も知り得るはずがない。それなのに、当然のようにケイジは僕たちの前に姿を現した。
「偶然、ではないよな。考えてみると不思議だ」
「戦ってる場合じゃなかったわね。状況が不穏すぎるわ。アキヒロが止めてくれてよかったのかもしれない」
「何か嫌な予感がする」
「カナタに、人型イマジナルのことだけでも伝えておこうぜ。巡回班が困んないようにさ」
「そうね。私がかけるわ」
ミズハが〈WIZ〉でカナタに連絡を取ろうとする。
「でないわ。通話中みたい」
数十秒後、もう一度かけてみるが繋がらない。
「おかしいわ。ずいぶん長く話してる」
「繋がらないか。直接向かおう」
僕はクリークを抱え上げる。三人でラークへと急いだ。




