別視点 その二
「意味がわからねえ。戦ってきた中で、話の通じるイマジナルなんていなかった。ヒロ、もう待てない。俺はこいつをぶん殴る!」
岸戸が盾を振り上げ、一気に叩きつける。ケイジはそれを難なく片手で受け止める。
「くっ、こいつ!」
岸戸はさらに腕に力をこめる。盾の重さもある。だがケイジの腕はびくともしない。それどころか、少し気を抜くと逆に押し戻されそうだった。
「ユウ、そのまま!」
北城が男との距離を一気に詰める。腕を上げて隙だらけの脇腹を狙う。拳を突きだす。
ケイジは、読んでいた単行本を持ちかえるように自然な動作で盾を受ける手を変えると、突きだされた北城の拳を手のひらでがっちりと受け止める。
「えっ」
北城はそれを予測できていなかった。驚きの声を上げる。
「話は途中です」
岸戸の盾がまだ熱い飴のようにぐにゃりとひん曲がる。
皆瀬は見た。ケイジは指を閉じただけ。握力であの金属板を曲げる? そんなバカな。
岸戸は身を引こうとするが、盾を抑えられている。動けない……と思ったがケイジはその拘束をぱっと解いた。突然自由になり、岸戸は尻もちをつく。ぐしゃぐしゃになった盾が蒸気になって解除された。
同時に北城の拳がぐいと押しやられ、男の前方に放り投げられる形になる。北城は空中で体勢を整えると、皆瀬の近くに姿勢を低くしながら着地する。
「何が起きたんだ」
岸戸はさらに一歩離れながら立ち上がる。
「これが〈首輪男〉のイマジン?」
「仮面は出ていない。イマジンらしい予兆さえも。本当にイマガイズなのか?」
ケイジは戦闘態勢を解く。あくまで自分から仕掛ける気はないようだ。
「青いイマジナル。彼が危険だと見なされたのは、皆が想像に対して心を開いていないからです。実際、想像の力を持つあなた達にとっては危険な存在ではなかった」
青いイマジナルはいつの間にか消滅していた。ケイジが言うのは〈獣の男〉が言う、全ての人が想像の力を持つ世界のことだろう。その世界なら、このイマジナルは死ななくて済んだと言いたいのだ。
「イマジナルに言葉は通じます」
「何を言っている?」
突然の話で、しかも根拠が見えない。皆瀬は間抜けに思えるほど素直に疑問を口にした。ケイジが淀みなく答える。
「あなた方は、すでに会話をしています。私がイマジナルだからです」
時間は前後する。
――第一巡回班。守床山を担当していた。クリンがエチゼンとアケビの方へと歩き出す。その背後には地に伏したイマジナルの姿があった。
白面、煌びやかな仮面、木の実を思わせる面。当然、三人ともイマガイズを発現させていた。
「クリン、見事だ」
「今回も上手くいったわね」
〈WIZ〉上でも任務の完了が報告された。
「だが、こいつは反応が消えるイマジナルではなかった。巡回班の混乱を避けるためにも、早めに原因を突き止めたいものだ」
「巡回を続けましょう」
三人はその場を後にしようとする。
「待って」
アケビが何かに気づく。二つの人影がゆっくりと三人の方へ向かってくる。
「なんだ? こんなところに人がいるなんて」
〈WIZ〉を確認しながらクリンが言う。
「もやが消えていない。何かおかしいぞ。注意しろ」
エチゼンは静かに、しかし厳しい調子で言った。
人影の一人は女性。マネキンのような整ったプロポーション。そして陶器のような肌。まるで毛穴がないかのようだ。この肌寒いのにへそが見えるほど短いタンクトップにホットパンツ、長い脚をさらに強調するように高いヒールを履いている。季節、場所、どちらをとっても違和感のある服装だ。極端なショートカット。そして首輪をつけているのが印象的だ。
もう一人は男性で、女性の半歩後ろについてきている。伸びかけたぼさぼさ髪。羽織っているのはコートではなく白衣のように見える。医者というよりは研究職の風貌だ。
「やつらが私を見ている。何かおかしいか?」
女性は男性に尋ねた。
「ええ、ええ。その格好は寒いし、歩きにくいでしょう。かなり目立ちますよ」
「そうか。確かに歩きにくいな。だが、寒いという感覚は知らない」
首輪をつけた女性は無表情で言った。
「〈首輪男〉……男だと聞いていたが、こいつらが関係ないとも思えん。捕らえるぞ」
エチゼンの言葉で第一巡回班はさっと散開し、二人を遠巻きに取り囲んだ。
「ふむふむ。様子を見るだけのつもりでしたが、そうもいかないようですねえ」
男はニヤニヤしている。
「なに、私のせいか? まずいのか?」
「いいえ、大丈夫でしょう」
男の顔にイマガイズが現れる。
六角の棺が首から顔にかけて連なっていく。サイズは首の部分では小さく、顎と頭頂部を結ぶラインで大きくなっており、はまっている部位に合わせてあるようだ。そういった変化はあるが、連続した棺は顎下を支点にして棺が立ちあがるのをストロボ撮影したように見える。顔の目の前に棺の蓋がひっついており、棺との間は少し隙間が空いている。蓋の中央には赤い手形がばんと押してある。
「イマガイズ! 脱走者か!」
第一巡回班の間に緊張が走る。
「主義ではないが、行かせてもらう!」
クリンが駆ける。男の方はイマガイズを出したものの、女の戦闘態勢は整っていないとクリンは判断する。女の方へ飛びかかり、両腕を横に振り抜く。そこには重厚な剣が握られていた。女は何の防御もせず、その剣をもろに胴体で受ける。がちゃん、と妙な音と手応え。女は吹き飛び、近くの木にぶつかって動かなくなった。
「これは、よくないですねえ」
その様子を見て、男は首を振る。手のひらを見せるように両腕を挙げる。
――第五巡回班。飾有アーケードエリア。彼らは班内で別行動をとっていた。
メインから少し外れた狭い路地、甲殻を持った中型のイマジナルとキジマが睨み合う。
キジマは機械仕掛けのゴーグルのような仮面をつけている。鼻の部分は嘴のように突き出し、彼の顔の印象を強めているようにも見える。
相手は、二本のがっしりとした脚に皿のような台がついている、ただそれだけのイマジナルだ。金属質の装甲は見るからに堅そうで、普通の刃物では通りそうにない。
キジマがナイフを構えなおした。それを合図に、左右に飛び跳ねながらイマジナルが接近する。見かけよりも軽快だ。イマジナルは勢いに乗ったまま体を捻り、回し蹴りを繰り出す。太く堅牢な足が上体を狙う。キジマはそれを低い姿勢で避けると、すれ違いざまにナイフを足の関節、装甲の隙間を狙って器用に突き刺し、捻った。
カチャリ。
妙な音が鳴った。ナイフを引き抜くとイマジナルの甲殻がバキンと音を立てて剥げ落ちる。脚の肉がむき出しになる。
イマジナルが着地する。
反転したのはキジマが早かった。一瞬で間合いを詰めると、装甲のなくなった脚をナイフで両断する。姿勢を保てなくなったイマジナルは地面に倒れこむ。
キジマはさらに、脚の生えている皿の部分にナイフを滑りこませる。捻る。カチャリ。装甲が剥がれる。その部分を深くナイフで突く。流れるような動き。
イマジナルが倒れこんでから一秒も経っていない。脚部からは力が抜け、イマジナルは動きを止めた。
キジマは背後から気配を感じ、振り返る。イセキだった。彼は何も言わず、ただうなずく。この班での万事問題ないというサインだった。
イセキの仮面は非常にシンプルで、黒くごつごつした半球が顔を覆っている。口の部分に何本も横にスリットが入っている以外、顔全体が覆われている。右目があると思われる、その上に少し盛り上がった部分があり、台形の金具が留められている。
彼は太く、長い鎖を肩に背負うようにしていた。
第五巡回班がなぜ別行動をとっているのか。それは敵イマジナルの性質によるものだった。
敵イマジナルは一体だったが、戦闘途中で突然三体に分裂した。頭、上半身、下半身に別れ、各個に行動し始めたのである。そして三体はばらばらの方向に逃げ去ろうとした。
一体一体倒すのが安全策ではあったが、〈ウィズダム〉の現状を考えると悠長にしてはいられない。少しでも早く、そして多くの脅威を取り除かなければいけない。キジマは別行動を指示した。
イセキの持つ鎖の先には先には、キジマの足元に転がっているのと同様の質感のイマジナルが繋がっている。形状からいって、頭部のイマジナルだと思われた。鎖は巻きついているのではない。鎖の先端がイマジナルと一体化するようにして、繋がっている。
イマジナルの堅牢な装甲はボコボコに変形していた。イセキのイマジン……おそらく、この太い鎖なのだろうが、それの破壊力を物語っていた。
第五巡回班の売りは軍隊のように統率のとれた連携にある。だが、それだけではなく個人の戦闘力にも自信を持っていた。この程度のイマジナルであれば、セイジュも間もなく戻るだろう。そうキジマは確信している。
すでに、路地の先から足音が聞こえてきた。




