反抗の旗は眼前に靡いて その三
薄暗い倉庫の中、テーブルに特徴のない男が着いている。その背後に、首輪をつけた六人の男女。
光源はテーブルの真上にあり、そこから離れるにつれて徐々に暗くなっている。その暗がりに、また別の五人の男女がいた。
彼らはお互い十分に距離を取っていた。それぞれが自由な姿勢で、倉庫に残されていた木箱に座り、床に膝を立て、あるいは立ちつくしていた。五人の誰の目にも警戒の色があった。
「おめでとう」
特徴のない男は続けた。
「まずは自己紹介しよう。私の名前はコモン。君たちが部屋を出るために、ほんの少しの手助けをした者だ」
部屋の暗がりに座る五人の中で、自己紹介を返す者はいなかった。コモンはそれも当然というように、さほど時間を開けずに話し出した。
「君たちは、あの部屋で想像力を失いつつあった。しかし、その最中であってもあり得ない出来事――今回の場合は空間の歪みだが、それを見逃さなかった。見逃さないだけではなく、君たちはさらに想像し、これに潜れば脱出できると考えたわけだ。素晴らしい。素晴らしい想像の力だ」
脱出した五人は、他も同じ状況だとは思っていなかったようだ。ちらちらと他の四人、そして特徴のない男コモンと、その背後の首輪の六人を見やった。
「その力を私のために役立ててほしい」
突然の申し出に、脱走者達は戸惑った。
しかし、その内の一人が立ち上がり、平凡な男に近づいていく。暗がりから照明のある方へ、徐々に近づく男の様相が明らかになった。熊のような大きな男だ。まだ若い。その男は、オオクマだった。
オオクマはあからさまに不満げな顔を隠そうともせず、コモンを睨みつけ、
「お前、強いのか?」
と言った。コモンは静かに座っている。
「気にいらねえ。力を役立てろだと? この力は俺のもんだ。誰の指図も受けねえ。特に弱いやつのはな!」
オオクマの手の平から、バチバチと音を立てて光が生まれた。それはだんだんと大きさを増し、手の平から離れていく。
「なるほど、超能力を使えるやつらを集めたってところか。おもしれえじゃねえか。この組織は俺がしきらせてもらう」
背後にいた首輪の一人、三つ揃えのスーツの男ケイジが一歩踏み出した。それを手で制すと、落ち着いた様子でコモンは立ち上がった。
顔に獣のようなイマガイズが出現する。その縦長の瞳がぎゅぎゅっと収縮した。
「君は仮面……イマガイズの出し方を知らないのか?」
「はぁ? 何言ってやがる」
「そうか」
「状況がわかってねえみたいだな。あるいは時間稼ぎか。くだらねえ」
オオクマの攻撃な性格、そして自信からして、この光の塊はかなりの殺傷力を持っているに違いなかった。
この光、よく観察すると光が本体ではなかった。一点の空間が空気を侵食している。その際に生じるエネルギーが光となり、またはバチバチと爆ぜる音になっているのだった。
「終わりだ。この距離じゃ、かわせねえ」
これに触れたものがどうなるかは想像に難くない。
コモンのすぐ傍に、さらにいくつもの光が出現した。
だが、青ざめたのはオオクマの方だった。
「は?」
彼ができたのは、ごく短い言葉で疑問を現すことだけ。
次の瞬間、光はコモンにではなく、空気を飲みこむバチバチという音を立てながらオオクマ目がけて飛来した。
バチン! バチバチン!
一際大きな弾ける音ともに、室内がフラッシュを焚いたように二、三度白く塗りつぶされた。
強い光は一瞬のことだった。辺りがはっきりすると、オオクマが棒立ちになっている。彼の右腕から胸にかけては、何かに蝕まれたように綺麗に消滅している。
絶命していた。どうと床に倒れる。
「想像できなかったのか? 私が君より強いということを」
「もう聞こえてはいないでしょう」
ケイジが答えた。
「ふむ。他に質問がある者は?」
目の前で人が殺された。しかも全く理解の及ばない方法で。その沈黙で四人は答えた。
「誤解のないように言っておくが、私は君たちに危害を加えたいわけではない。むしろ協力して欲しいのだよ。君たちは不当にあの施設に入れられ、強引に能力と記憶を奪われようとしていた。考えたはずだ。なぜ自分が、とね。悪いのは君たちなのか?」
コモンはイマガイズを解除し、再びテーブルに着くと背もたれに体を預けた。至極落ち着いた調子で話を続ける。
「いいや、そうじゃない。悪いのは飾有町の仕組みだ。私はそれを変えたい。君たちのような想像力豊かな人材が、過ごしやすい町にね。それを手伝ってもらいたい」
彼はテーブルをコツコツと指で叩いた。
「強制はしない。出て行くのなら、そうしたまえ。止めはしない。しかし、賛同してもらえるなら、このテーブルに着くといい」
椅子は五つ用意してあった。ある者は積極的に、ある者は恐怖によって、全員が椅子に座った。
「椅子が一つ、余ってしまいました」
感情をこめずに三つ揃えの男が言う。
「支障はない。こうして四人の協力者を得られたのだから。君たちなら協力してくれると思っていた」
コモンは床に転がったオオクマの死体をちらと見た。
「話を続けたいが、ここに寝てもらっていては邪魔だな。ケイジ。処理を頼む」
「了解しました」
彼は床の大男へと一歩踏み出した。
「待ってもらえますか?」
脱走した内の一人が遠慮がちに、しかし素早く死体と首輪の男の間に割りこんだ。白衣を着た男だ。ケイジは目で指示を仰いだ。コモンは手を出すなと手振りした。
白衣の男は屈みこむと、夢中で死体を観察し始めた。
「おお! おお! やはり素晴らしい体です。大きくて頑強だ。欠損してしまったのがもったいないですが。この死体、私に頂けませんかな?」
「構わんが、ここで保管はできないぞ。臭っても困る」
「それならば、ぴったりです」
そう言いながら、白衣の男はにやりと笑った。ゆっくりと、しかし力強く拳を握った。
死体の脛を腕が握った。それは誰の腕でもない。突然、床から生えてきたのだ。赤いマニキュアをつけ、薬指には銀色の指輪がはめられている。女性の腕だ。
腕は死体を握ったまま潜り始めた。床はむき出しのコンクリートだ。それなのに、まるで水に潜るように腕は引っこんでいく。それに合わせて、死体も足から床にずぶずぶと沈んでいく。
「面白い」
コモンが呟く。
男が握った拳をぐっと下に引きこむと、腕の潜行が加速した。死体は片腕万歳の状態でがぼんと音を立てて、完全に見えなくなってしまった。床に穴は開いていない。
「確かに、頂きました」
男は満足そうに席に戻った。ケイジも元いた位置へと帰った。コモンが話を戻す。
「まず君たちには知ってもらいたい。飾有町の歪んだ仕組みを。そして、それを誰が作り、維持しているのかを」
コモンは〈ウィズダム〉の話を始めた。




