反抗の旗は眼前に靡いて その一
ラークには〈ウィズダム〉のメンバーがすでに揃っていた。椅子に座る者、立ったままの者。思い思いの姿勢をとり、班の垣根を越えて話し合っている。そのざわめきが店内に渦巻いているようだ。
店の壁にもたれかかるのは第四巡回班だ。灰色の男は腕を組み、帽子を顔に被せるようにしていた。連れのセイは、ぼんやりと天井を見つめたまま、ゆっくりと体を前後に揺らしている。両者とも形では来たが、いかにも興味がないという風だった。
カナタとヒカゲ、そして第一、第三巡回班の姿もある。カナタはカウンターの傍で落ち着きなさそうに辺りを見回していた。ヒカゲは人混みを避けて、いつも通り分厚いわけのわからない本を読んでいた。その近くに第三巡回班のハスバとオウナ。その隣に第一巡回班のエチゼン、クリン、そしてアケビがいた。
見たことのない人たちもいた。僕たちは第二、第五巡回班とは面識がない。彼らがそうなのだろう。
エチゼンがカナタを呼んだ。カナタが第一巡回班の元へ駆け寄る。
「なんですか?」
「例の、イマジナルの反応が消えた件についてだ」
「何かわかりましたか?」
エチゼンは首を横に振った。
「いや、足跡は追えなかった。確かにイマジナルの反応はあったのだね?」
「もちろん。かなり強い反応があって、これは相当強力な能力を持ってるか、大きなイマジナルだと思って要請したんだけど、その後すぐに反応が消えちゃったんだ」
「指定ポイントには数分で着いたんだがな。イマジナルの姿はなし」
「それどころか、カナタの言うとおり〈WIZ〉上のもやも別段濃いわけじゃあなかったね。ありゃあ、どっからどう見ても異常なしだ」
とクリンとアケビ。
横で聞いていたハスバとオウナが話に割りこんだ。
「なんだおっさん。イマジナルを取り逃がしたのか。らしくないな」
「センセイ! そんな言い方は失礼ですよ」
オウナが小声で窘める。クリンはむっとしたようにハスバを見た。アケビは苦笑いだ。
「とはいえ、こっちでも似たことがあったんだがな」
「そうだね。反応が消えたのは一回じゃないの。第三巡回班からも同様の報告を受け取ってるよ」
カナタが言った。
「我々だけではなかったのだな。ハスバ、君はどう見る?」
「そうだな……イマジナル自体、まだまだ未知の部分が多い。急に消えちまうぐらい、あり得ることなのかもしれねえ。おっさんの意見は?」
「やつらがこちらの探知に引っかからない方法を編み出したのだと考えた。エネルギーを過剰に出さなければ、カナタくんのレーダーには引っかからないからね」
「能力であればね。でも、質量によって発生するエネルギーはごまかせないはずなんだけどなあ」
とカナタが言った。
「それに、あいつらに知恵がついてきてるって? 今まで戦ってきてわかるだろう。あいつらの知識や経験は個体ごとに別々だ。毎回倒されてるんだから、積み重ねなんてものはねえ。こっちに対応できるやつが突然ポコポコ湧いてきたってことになる。そりゃあ、おっさん、冗談が過ぎるぜ」
視点は違えど、ハスバもカナタと同じ意見のようだ。
「そこが不可解なのだ。イマジナル単体では到底できない。憶測に過ぎないが、やつらは協力する術を学んだのかもしれない」
「俺たちが今しているみたいに、イマジナルがお話合いしてるってか。それも勘弁してほしいな」
「イマジナルそのものか、あるいはやつらを取り巻く環境が変化している可能性は高い。それが何なのかまではわからないがな……」
彼らはそんな話をしている。
「妙にきょろきょろしていると思ったら、そうか。まだ面識のない巡回班がいたか。簡単に説明しておこう」
僕の様子を見てセンセイが提案した。
「お願いします。えっと、店の端にいる三人組と、チヨさんと話している二人ですね。彼らも巡回班ですか?」
「そうだ。店の端のテーブルについているのは第五巡回班。彼らを表現するなら軍隊。規律と連携が持ち味だ。キジマ、セイジュ、イセキだ」
屈強な男性三人の班だ。他の班に比べて構成員の年齢幅が狭い。その中でも風格のある、髪を後ろに撫でつけた人物がセンセイだろう。鷲鼻と深く落ちくぼんだ目が印象的だ。他の二人は髪を短く刈りこんでいて、張りつめた空気を纏っていた。センセイが軍隊と評するのもわかる気がした。三人は無駄に話をせず、全体の話し合いが始まるのをじっと待っている。
「なんだか、おっかなそうだな」
「ピリピリしてるわね」
「後は、チヨの近くにいる女性と少年だな。彼女たちが第二巡回班だ。エイラとコタツ」
珍しくチヨさんが〈エデンの外〉に出ていた。それほど重要な事態ということなのだろう。
彼は久しぶりの話し相手にエイラを選んだようだが、あまりいい選択ではなかったらしい。そっけない素振りで全く相手にしてもらえていない。だがチヨさんもさすがで、折れることなくしゃべり続けていた。エイラのうんざりした様子もなんのそのである。そのやり取りを見て、僕たちより年下に見える男の子がころころと笑っていた。彼がコタツだろう。
「女のセンセイもいるんだな」
「それに、あんなに小さい子までメンバーなのね」
「すぐにブリーフィングが始まる。顔まで合わせてやれる時間がなくて、すまないな」
「いえ、ありがとうございます。第五、第二巡回班ですね。覚えておきます」
クリークは僕の肩に乗ったままだ。新しい体に馴染んでいないのか、前の体のダメージが残っているのか、それとも疲れているのか。判断はできないが大人しい。
イナリが僕たちに気づき、近づいてきた。
「座りませんか?」
必要なら椅子を出してくれるという意味だ。この場なら僕も椅子を出せただろうが、クリークの件で疲労していた。何より彼の好意を受けとっておきたかった。
僕たちは椅子を想像した。イナリのイマジンですぐに椅子が現れた。
ユウ、ミズハ、僕が横一列に座り、少し離れたところにハスバさんとオウナが椅子を構えた。だがセンセイの椅子がない。イナリは一礼すると自分の席へと戻っていく。
センセイは各班の間をすり抜け、カウンターの前へと進んだ。踵を返し、店内をぐるりと見る。辺りはしんとなった。
序列というほど明確ではなさそうだが、どうやら僕たちのセンセイは皆のまとめ役らしい。
「集まってもらったのは、〈ウィズダム〉全体が危険に晒されている、その認識を皆で共有してもらうためだ。知っての通り、本日〈エデンの外〉で脱獄が発生した。脱走者は五人。彼らは適応途中で、イマジンも記憶も失っていない。我々に対して敵対心を持っているイマガイズだ。そして、彼らを脱獄させた主謀のイマガイズ〈獣の男〉がいる。加えて、情報が少ないが〈首輪男〉。彼も首謀者の仲間だ。〈獣の男〉は脱獄した者を集め組織を作り、我々に対して攻撃を仕掛けるつもりだ。想像の力を誰もが持つ世界を作るつもりらしい」
その内容に店内が一瞬騒がしくなったが、センセイが次の言葉を発するとすぐに静かになった。
「力の氾濫を防ぐ、我々〈ウィズダム〉が邪魔になるということだろう。今まではイマジナルが町や人々に被害を与えないよう、こちらから仕掛けていく立場だった。しかし、これからは違う。同じ想像の力を持つ者、イマガイズが相手から攻めてくる。これより〈ウィズダム〉は通常の業務に加え、脅威排除のために〈獣の男〉、〈首輪男〉、そして脱獄者五名、以上七人の捜索を行う。〈エデンの外〉のデータベースが破壊されたため、情報はほとんどない。唯一、わかっているのは倉庫を拠点にしていることだけだ。例のないことだが、各班連携し、情報共有して捜索に臨んでほしい。特に巡回班は、いつも以上に気を引き締めて巡回に当たること。話は以上だ」
センセイが話を終えると、堰を切ったように各々の班が話を始めた。センセイの話を聞きながら、それぞれ思うことがあったのだろう。
「なかなか面白い人が出てきましたね、セイ」
セイはぼーっと天井を見つめ、ドグラに応えなかった。
「我々は我々の流儀でやりましょう」
第四巡回班のドグラはにやりと笑うと、用が済んだと言わんばかりにさっさと帰ってしまった。ふらふらとその後ろをセイが追った。




