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創造力 その五

 クリークは、もはや虫の息だった。自力では動けなくなるように、だがすぐに死にはしないように入念に計算されて痛めつけられていた。

「こんな……酷い」

 ミズハは顔を背けた。ユウは言葉が見つからないようだった。僕はクリークをそっと持ち上げると、肩に頭を乗せるようにして抱いた。

「ふ……ぎゃ……」

 彼は微かに鳴いた。そして、ずるりと僕の肩から、頭が滑り落ちた。もう、動かない。

 僕は屈み、彼を地面に寝かせた。

「ヒカゲさんなら、まだ……」

「あの薬がイマジナルに効くかどうか……。それに、遠すぎる」

「ならどうするんだよ! このまま見てるのか!」

「私だって、どうにかしたいわよ! でも、でも仕方ないじゃない」

「止してくれ!」

 僕は二人のやりとりが見ていられず、つい大きな声を出してしまった。

「止してくれ」

 僕は小声で言いなおした。二人はしゅんとしてしまった。

 クリークの体が消えていく。イマジナルは想像の力をエネルギーにして、この世に存在していられる。クリークのそれが、つまり命が尽きようとしていた。

 命? イマジナルの命とは何だろう。

 僕たちは、体と命が同一だとは考えない。魂が抜けるという表現があるように、体と命は切り離して考えられる。

 しかし、イマジナルは動けなくなると自然と消えて行く。体と命が連動しているのだ。

 クリークの体はもうだめだ。医学の知識がなくても、イマジナルが一般的な生物とは違っても、それぐらいは判断できる。だが命はどうだろう。彼は完全に死んでしまったのか? 現実として、クリークは消えつつある。だが、まだ完全に消滅したわけではない。確実に目の前に存在しているのだ。それは命も、まだここにあるということでは?

 僕からも、はっきりと見えるぐらいに仮面が強く輝き、周囲を照らしだした。手をクリークに向かってかざした。ユウとミズハは目を細め、手で光を遮った。

「今までにない輝きよ!」

「ヒロ! 何をするつもりなんだ?」

「クリークの命は、きっとまだ、ここにある。体の方がもう持たないんだ。なら新しい体を創る!」

 イマジナルの命と体は対だ。命があるのなら体もあるのが相応しい。僕のイマジンの解釈、そして状況判断が正しければ、可能性はゼロではない。

「ええっ」

「だが、ヒロ!」

「わかってる。そんなことができるのか僕自身も確証がない。予想しない何かが起きるかもしれない。そのときは、二人とも頼む」

「それだけじゃない! お前の体は大丈夫なのか?」

「今までにない消耗を感じる。でも、ここで止めたらクリークは確実に消えてしまう!」

「光がさらに!」

 周囲が青紫色に照らされた。

「ヒロの頑固者! やばそうだったら、何が何でも止めるからな!」

 僕は仮面の下で微笑むと、クリークに意識を集中した。想像以上の負荷だった。ふとすると気を失いそうだ。意識を精神力で繋ぎとめる。

 僕がイメージするのは生き物というより、命の入れ物。命という形のない物を扱う時点で相当な負担があるようで、それ以上の複雑なものを扱う余裕はなかった。クリークが消えていく。それと並行するように、新しい存在、新しいクリークの体を僕は創り出した。

 クリークの体はじわじわと消えていたが、だんだんと消滅の速度が上がっているようだった。僕はその勢いに負けないよう、体を作り上げるスピードを速めた。

「前が見えねえ!」

「光がどんどん強くなってるわ!」

 一瞬、閃光弾が炸裂したように、辺りが青紫の光に塗りつぶされた。僕たちはきつく目をつぶった。

 光が弱まり、周囲の様子がわかるようになった。クリークの体は首輪とともに完全に消滅していた。そこに入れ替わるように、五十センチほどの真っ白な人型が横たわっている。

「これがアキヒロの作った新しい体?」

「動かないぞ」

 ユウとミズハが不安げに見守る。失敗だったのだろうか。

「クリーク?」

 僕は人型に呼び掛けてみた。反応がない。やはり無理があったのだ。命という概念を扱うことに。僕は神様ではないのだから。僕の体をどっと疲労感が襲った。

 クリークへの諦めと悲しみが三人に漂い始めたころ、ゆっくりと人型が目を開いた。黄色く、まん丸の目だった。

「おい! おい、ヒロ! 目を開いたぞ!」

 人型はむくりと上体を起こし、周囲を見回した。

「やったわ! 成功だわ!」

「まだわからない。命を繋ぎ止められず、全く別の生き物になってしまった可能性もあるんだ」

 もう一度名前を呼ぶのには勇気が必要だった。

「ヒロ、大丈夫だ。何だかそんな気がする」

「奇遇ね。私も同じことを思っていたのよ」

 僕は軽く息を吸いこむ。そうだ。きっと、大丈夫だ。

「クリーク」

 名前に反応して人型は僕の方を振り向いた。とてとてと走ってくる。その様子に三人は短い歓声を上げた。人型はそのまま、僕の肩に飛び乗った。

「お帰り……お帰り、クリーク」

 彼はもうニタニタ笑わないし、ふぎゃーとは鳴かない。だが、間違いなくクリークだった。


 こっちだ、と言う声が角の先から聞こえた。

 現れたのはセンセイと、そしてハスバ、オウナの第三班コンビだ。全員が遭遇戦に備えてイマガイズを装着していた。

 オウナは僕たちに気づくと、ハスバの後ろで小さく手を上げた。

「おい、おめえら。無事だな。だったら俺からはなんも言わねえ。細かいことはジョウから言ってくれや」

「君たち……」

 センセイがつかつかと歩み寄った。視線が僕、ユウ、そしてミズハへと移動した。怒られる。僕はそう思った。

「よかった。怪我はないな。勝手に向かったと聞いて心配したぞ」

 僕たちは胸を撫で下ろした。

「全く、ジョウは。甘い、甘い」

 ハスバはぼそりと言った。だがどこか嬉しそうで、イマガイズの歯車がきりきりと軋んだ。

「ところで、その白いのは?」

 センセイが見慣れないものを僕の肩に認めた。

「姿は変わってしまったけれど、クリークです。なんとか助けることができました」

「ヒロがやったんだぜ!」

「まさか新しい体を創って助けるなんてね。まさに創造力だわ」

 ユウとミズハが、まくし立てるように状況を説明した。

「皆瀬さん、すごい!」

「さっきの光は、まさかそれか?」

 オウナは素直に感嘆した。ハスバの仮面にある目玉のシャッターが驚いたようにカシャリと大きく開いた。センセイは黙っていたが、堪え切れなくなったように笑いだした。

「くくくっ! 大したやつだ! 見事にクリークを取り返した。命令無視を推薦するわけじゃないが、今回はよくやった」

 僕は照れ臭くて何と答えていいか、わからなかった。

 センセイの携帯電話が鳴りだした。二言三言やり取りをするとセンセイは通話を手早く切った。

「カナタくんからだ。他の巡回班からの報告を総合して、この一帯にはもう脱走者がいないと判断された。おそらく、脱走と同時にどこか隠れられる場所に逃げたのだろう」

「大所帯で駆けまわって、損しちまったな。だが、やつらはどこへ行ったんだ?」

「暗く、広い部屋です。倉庫のような」

 ハスバの疑問に僕が答えた。

「なんだ皆瀬、居所を知っているのか?」

「いえ、見たんです。クリークを助けるために、僕らは脱走の主謀者と思われる男と対峙しました」

「首輪の男か?」

 センセイが確認した。僕は首を振った。

「別の男です。イマガイズでした。何と伝えたらいいのか……特徴のない男でした」

「戦ったのは一瞬だが、あの男、恐ろしく強いぜ」

「ユウの金属板があんなに抉れるなんて、見たことがないわ」

「僕たちの危険を察したクリークが男をどこかに飛ばしました。クリークはもはや瀕死で、転送場所を自由に選ぶ力はなかったんだと思います。なるべく離れた場所、たぶん直前に転送した場所と同じだ。それがちらりと風景の窓になって見えました。暗くてかなりの広さがある場所、物置場のようでした」

「情報としては不十分だな。ここから遠くて、暗くて広い部屋、ね。候補はたくさんある」

 ハスバは腕を広げた。

「だが、ないよりはいい。そうだろう、ハスバ?」

 ハスバは広げた腕を下ろすと、気がなさそうに、違いねえ、と言った。

「情報を整理しよう。脱走者は散り散りになったのではない。巡回班の包囲は迅速だった。誰ともとも会わずにこのエリアを出るのは無理だ。脱走と同じようにクリークの能力を利用して、どこかに……その暗く広い室内に集まっているに違いない。そして主謀者の男と、今回は姿を見せなかったが首輪の男もそこにいる可能性が高い」

「男が言っていました。全ての人が想像の力を使える世界にするのだと。そして、それを実現するために〈ウィズダム〉が邪魔になると」

「ずいぶんと崇高な目的だ」

 ハスバが皮肉をこめて言った。

「対抗組織の設立というわけか。これは〈ウィズダム〉全体の問題だ。一度、全員で集まり、情報を共有した方がいい」

 センセイは携帯電話を取り出す。誰かに言づけたようだ。

「全員をラークに集めるようカナタに伝えた。俺たちもすぐに向かう」

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