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創造力 その四

 〈エデンの外〉の入口には、クリークの姿はなかった。

「この辺り、だよな?」

「建物の中ではないだろうね。中ならチヨさんが監視カメラで見つけているはずだ」

「手分けしましょうか?」

「状況がわからない以上、分散しない方がいい。固まって慎重に探そう」

 ユウとミズハはうなずいた。

 僕たちが捜索を開始しようとすると、突然〈エデンの外〉の玄関が歪んだ。

「なんだあ?」

 やがてそれは、はっきりと別の風景になる。薄暗く広い室内。見たことのない場所だが、雑然とした物の配置から倉庫のような印象を受けた。

「これってクリークの能力だわ」

「クリーク! 無事なのか!」

 僕の呼びかけに反応はなかった。

 風景の窓から、ゆっくりと一人の男が現れる。初めて見る男。

 中肉中背、顔は平均値をとったように印象がない。服装はサラリーマンのようなくたびれた背広だ。

 僕は特徴のない男だと思った。

 男は鮮やかな色の何か毛皮のようなものを手に持っていた。微かに震えている何か。それはクリークだった。男は首輪を持ってクリークをぶら下げているのだ。クリークは左右の振り子のような動きに身を任せるままだった。

 頭にかっと血が昇るのを感じたが、首輪の男のこともある。僕は努めて冷静になろうとした。

 男の顔に獣の面が出現する。ごわごわした毛に緑の瞳。剥きだされた歯。犬歯が光る。イマガイズだ。

「君たちが〈ウィズダム〉か?」

 獣の男が尋ねた。

「クリークから手を離せ」

「一度、会って話をしたかった」

 僕の言葉を無視するように男は続けた。

「クリークを離せ!」

 男はゆっくりと、そして優しくクリークを足元に置いた。クリークがぴくぴくとまぶたを震わせた。ここからでも相当な衰弱だとわかる。だが生きている。

「そのまま、クリークから離れろ」

 男は僕の言葉を気にもかけないように、クリークをまたぎ、僕たちに数歩近づいてきた。

「話をしよう」

 男がクリークの前に立ち塞がる位置取りになった。

 男のイマジンがわからない以上、不用意に近づくのは危険だと思えた。それはユウとミズハも感じていたらしく、三人ともじりじりと後ずさった。

「聞こう。君たちは何をしている?」

「何って、町を守ってるんだよ」

「ユウ、答える必要はない」

「そうだ。この町は守られている。現実と想像のせめぎ合い。その危ういバランスを誰かが保たなければいけない。だが、おかしいとは思わないか?」

「おかしい?」

 思わずミズハが反応した。

「一般人は、想像の力に対して無力だ。だから仮面を被ったり、他人に知らず知らずのうちに守られたりしなければいけない。イマジナル……君たちがそう呼んでいる生物に関しても、日常を脅かす敵としか見なせない」

 この男は飾有町のシステムを相当深い部分まで熟知していると、僕にはそう思えた。

「それらは全て、一部の人間が力を独占しているために起こっているのだ。〈ウィズダム〉がな。自分たちが引き金になっているとも知らず、自分たちで解決した気になっている。バカバカしい。マッチポンプもいいところだ。考えてみろ、この町、いや世界が想像の力に満ちるのを。皆が想像の仮面をつけ、君たちの呼ぶところのイマガイズとなる。一人ひとりが想像の防衛力を持つのだ。そしてイマジナルと対等の力を手に入れることで、彼らを恐れる必要がなくなる。友好関係を築くことだってできる。そう、君とこのイマジナルのように」

 男が言うのは僕とクリークのことに違いなかった。

「私が望むのはそういう世界だ。君たちは、現状をおかしいと思わないか?」

「知らない方がいいことも中にはあるだろ。誰かが全部背負うことも必要なんだ」

「イマジナルとの友好関係か。でも凶暴な奴もいるわ。誰もがそれと対峙できるわけじゃない」

「全員がイマガイズの世界なんて、誰が収集つけられるんだ。必ず暴走する」

 男は肩を落とした。

「わかってはくれないか。失望したよ。残念だ。君たちは自分の行為でいい気分になっているだけだ。そして確信した。やはり〈ウィズダム〉は、私の理想の障害になる」

 僕は、最後の見落とした〈点〉を見つけた。〈エデンの外〉を襲うメリットは基本的にはない。だが〈ウィズダム〉と敵対するならば、これ以上ない格好の標的だ。〈ウィズダム〉は飾有町かざりちょうを守るための組織。それを攻撃するなんて、僕は思いつきもしなかったのだ。

「障害は……排除させてもらう」

 男はゆっくりと、無防備にも見えるほど自然に僕たちに向かって足を進めた。


 男の仮面の瞳がぎゅぎゅっと収縮する。何かする気だ。

 先手を取られる前に岸戸が動き出す。蒸気を吐きながら両腕に厚みのある金属板を装着すると男に向かって突進する。

 北城は髪をなびかせ、岸戸の陰から機会を窺う。岸戸の動きに敵は何かしらの対応を迫られる。その隙を狙うつもりなのだ。

 皆瀬は位置を保ったまま、男に異変がないか注目する。同時に仮面がひび割れながら笑顔に変わり、淡い青紫色の光がひびをなぞる。〈エデンの外〉への進入を拒むように、二本のポールに渡された鎖を出現させ、男とクリークを隔てた。クリークの安全を確保しつつ、男の動きを抑制する狙いだ。

 男は接近する岸戸に対して、体を捻って腕を引く。

 攻撃を察知した岸戸は金属板を正面に構えた。

 次の瞬間、金属同士の激しい衝突音とともに岸戸が後ろによろめく。

 誰もが状況を確認できないままに、男の周囲が歪み始める。一瞬、男が現れたときと同じ暗い室内が映し出されたかと思うと、それと共に男の姿は消えていた。

「逃げたのかしら。口ほどにもないわね」

「ミズハ、違う。逃げたんじゃない……」

 岸戸は金属板を二人へ見せる。

「なに、これ……」

 金属板には真っ直ぐな溝が深く刻まれている。決して鋭利ではない何かが強烈にぶつかり、金属板を抉ったのだ。

「どんなイマジンなら、こんなことができるんだ」

「クリークがあいつをどこかに転送してくれた。助けてくれたんだ。あのまま戦っていたら、俺たちは、多分、やられていた……」

 岸戸は金属板に刻まれた傷を見ながら、力なくそう言った。

 地面にクリークが転がっている。震える前足を差し上げていたが、やがてゆっくりとそれを地面に落とす。

「クリーク!」

 皆瀬は出現させた鎖を消すと、クリークに向かって駆けだす。岸戸と北城も走り寄る。

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