創造力 その三
「そうか、わかったかもしれない」
「皆瀬、何がだ?」
とセンセイ。
「僕のイマジンです。何でも出せるってのは間違いじゃない」
「でも壁やタンスは残せなかったろ?」
「そう、それが条件だ。消えたものを思い出して欲しい。壁、タンス、ドア……」
「共通点なんてあるか?」
「そうね。おおざっぱでいいのなら、どれも室内にあるものだわ」
「つまり、ここ……屋外ににあったら変なものなんだ。だから消滅した」
「そうか、イマジナルと戦ったときは室内だったもんな! だから出せたのか」
「あれも壁というよりはドアがついた仕切りだったのかもしれない。廊下に突然壁があったら、変だからね」
「テーブルや椅子の詳細が思い通りにできなかったことも、それで説明できるな」
センセイが納得したように何度も小さくうなずいた。
そこにミズハが疑問をぶつけてきた。
「ボトルの本数制限は関係あるの?」
「それも同じ理由で説明できる。熱中症対策の必要な夏でもなく、僕たちは部活動をやってもいなければ、ランニング愛好者でもない。ペットボトルの水を複数持ち歩くのは変なんだ。だから人数分以上は出すことができない。きっと椅子も同じ理由だろうし、バーベキューの材料も丁度四人前ってところだろう」
「的が四つ以上出たのは、たくさんあっても変じゃないからか」
「筋は通るな。何でも出現させられて、その場にふさわしい物なら残せる。それが皆瀬のイマジンか」
「それが正しいかどうかは、これでわかります。……水を出します」
「水はもう出せないんだろ?」
「ペットボトルならね。けれど……」
仮面が輝く。バーベキューセットの隣に光が集まり、箱のような形状を取った。実体化する。
「これって」
ミズハが言う。
「クーラーボックスね。開けてみるわね」
中には氷とペットボトルに入った水があった。
「おお、水だ」
「大量の水は、僕たちが持ち歩くのは変でも、バーベキューのために用意されたとしたら変じゃない。だから残せる」
「すげえな!」
ユウが感嘆の声を上げた。
「やるじゃない、アキヒロ。イマジンの特定もそうだけど、イマジン自体もすごいわ」
「北城の言う通りだ。はっきりとした実体を、あそこまで遠距離に直接出せるイマジンは聞いたことがない。制限はあるにしても、効果に対してかなり緩いものだ。皆瀬の様子を見るに体力の消耗もそれほどではない。これはかなり強いイマジンだ。ちなみに出した物体は消すことができるのか?」
僕はバーベキューセットに意識を向けた。それらは青紫の光と共にすぐに消滅した。
「的は残してくれてもいいぞ。北城が全部だめにしたからな」
「あら、センセイも引きずる人なのね」
センセイは冗談っぽく笑った。
「わかりました。的は残します」
僕はそれ以外の出した物体を消していった。
「ねえねえ、アキヒロ。生き物は出せないの?」
「出せるのか? 俺は虎が見たいぞ!」
僕は唸った。試してできなかったわけではなく、その行為に抵抗があったのだ。
「植物ぐらいならいいけど、動物は遠慮したいな。自分で作りだして、自由に消せるなんて、まるで神様だ。僕は神様じゃないよ」
「ちぇー、残念だなあ」
「でもその考え方、アキヒロらしいわね」
センセイが少し離れ、僕たち三人を視界に入れた。
「イマジンは判明したな。現状では、皆瀬のイマジンは規格外と言わざるを得ない。想像の力の理屈に反した部分もいくつかある。ここでは気づけなかった思わぬ副作用があるかもしれない。本人だけでなく、岸戸と北城も十分に気をつけて欲しい」
センセイの講習だけでなく、実戦からもそれは学んでいた。イマジンにはメリット、デメリットがコインの裏表のように存在している。今回でわかったのは、コインの表側に彫りこまれた模様がいかに素晴らしいかだけだ。その裏側まではわからない。
僕たちはそれぞれの思いをこめて、センセイの言葉に答えた。
「いい返事だ。訓練は終わりだが、まだ時間がある。これから巡回に……」
センセイの言葉が終わらないうちに、僕の携帯電話に着信があった。カナタだ。
「はい、第六巡回班です」
「皆瀬くん! クリークが見つかったよ!」
「本当ですか!」
「さっき突然反応が現れたの。気がかりなのは反応が強い、というか多いんだ。クリークの身に何か起きているのかも」
心配だ。僕の心に若干の焦りが生まれた。
「場所は?」
「没落街、〈エデンの外〉のすぐ近くだよ」
〈エデンの外〉と聞いて、なぜか嫌な予感がした。だが、クリーク救出のチャンスだ。僕は気持ちを切り替えた。
「了解です。ありがとう、カナタさん」
「あれ、チヨさんから連絡だ。こっちは切るね。必ず救出してきて! それじゃあ」
僕は通話を終えた。
「クリークがどうのこうのって、まさか見つかったのか?」
「クリークが〈エデンの外〉にいるらしい」
「ここからなら、そう遠くないわ」
「クリークの反応がおかしいみたいだ。すぐに向かおう」
横で聞いていたセンセイが口を開いた。
「話はわかった。今日の巡回は免除しよう。俺が君たちの分もカバーしておく。単身だとフットワークが軽いんでな。一日なら大した負担ではない」
「ありがとうございます」
「今まで音沙汰がなかったんだ。今、この機会を逃すな。取り返して来い!」
センセイは僕の背中を力強く叩いた。
「はい!」
僕は大きな返事をしながら駆け出した。ユウとミズハも僕に続く。
〈エデンの外〉へと駆ける三人。
再び、僕の携帯電話に着信があった。カナタさんだろうか? 彼女は僕と入れ違いにチヨさんと話していた。クリークについて新しい情報があったのかもしれない。
僕が携帯電話を取り出しているうちに、それは勝手に通話状態になっていた。こんなことができるのはチヨしかいない。
「み、み、皆瀬くん! 大変なんだよ!」
やはりチヨだ。しかし、様子がおかしい。
「どうしたんです?」
「君の心配が当たってしまったんだ」
彼の慌てようが電話越しでもはっきりと伝わってきた。
「僕の心配?」
携帯電話が勝手に広域モードに切り替わった。
「他の二人も聞いてくれよ。皆瀬くん、忘れちゃったのかい。ほら、あれだよ。クリークをなぜ誘拐したか。ここが、〈エデンの外〉が標的かもって、君言ったよね?」
「そういえば、ヒロがそんな話もしてたな」
「でも、チヨさん自身が、それのメリットの薄さと実行の難しさを説明してましたよね?」
「そうそうそう! そのはずだったんだ。ここを狙う価値なんてない。クリークを思い通りにしたって、複数の脱走者が出るはずはないんだよ!」
「ええ? つまり〈エデンの外〉から脱走者が出たんですか?」
「それ、まずいわよね」
「あれ? 最初に言ってなかったっけ? 道理で話が伝わらないと思った。そうだよ、脱走したんだ。一瞬のうちに、五人もいなくなったんだ!」
「五人も!」
僕が驚いたのは人数だけではない。クリークが風景の窓を複数組開いたのは見たことがないからだ。一瞬で五人が脱走したのなら、風景の窓は複数開いていたと考えるのが自然だ。そんなことができるのだろうか。
「でも顔や名前はリストで記録されてるんですよね? 巡回班で手分けすれば、容易く捕まえられますよ」
「そうそう。逃げても、また捕まえりゃいいんだ」
「私たちも協力するわ」
「それがさ……〈エデンの外〉のデータベースが壊されたんだあ。二重にとって、別々に保管してあったバックアップごと、全部ぶっ飛ばされてた。データは何一つ残ってないし、物理的な破損ではないけれど修復は難しい。収容施設自体が無事ってのが唯一の気休めさ。俺以外にこんなことができるやつがいるなんて……」
チヨの機械類に関する知識と自信は、彼のイマジンもあって相当なものだった。それをやすやすと越えられてしまったのだ。彼の精神的なダメージの大きさが窺えた。
「でも、一番まずいのはそこじゃない。一般人じゃないんだ。……ああ、ジョウさんにどやされるよお。イマガイズが五人……脱走したのは全員イマガイズなんだ!」
「イマガイズだって!」
ユウが大きな声を出した。
「〈エデンの外〉に収容されているイマガイズって危険なの?」
「一概に全員がそうだとは言えないよ。実際、故意にイマジンで他人を傷つけた収容者はほとんどいない。ただし、それでも自力でイマガイズになったんだ。想像の力と相性がいいってこと。そして彼らは、君たちみたいに段階を踏んでイマガイズやイマジンを理解したわけじゃない。自分のイマジンに陶酔しやすく、抑えきれなくなる傾向がある。そういう意味じゃ、逃げた全員が危険な要素を持っていると言えるね」
チヨは幾分早口で言い切った。
「そんなのが五人も……」
「とにかく、今、そっちに向かってます」
「そうだ! それで直接連絡したんだった。カナタちゃんに、君たちがこっちに向かってるって聞いたからさ。ストップ! 一旦、ストップして欲しいんだ。〈エデンの外〉周辺には、脱走した五人とそれを実行した犯人、少なくとも六人がいるはずさ。単独班での行動は危険だ。カナタちゃんが全ての巡回班に連絡してくれてる。彼らが揃うまで動かないで欲しいんだよ」
「動くなって……そこにクリークがいるんです。助けないと」
「脱走したのに、その場に留まってる理由もないんじゃない? 周囲にはもういない可能性もあるわ」
「目的はクリークだ。脱走者を見つけても、交戦しなければいいんだろ?」
「うむむむむ……」
チヨさんは困ったように唸った。
「何が何でも行くって気だね。こりゃあ、止められないや。僕に決定権があるわけじゃないが、伝えることは伝えた。危険を感じたり、クリークを救出したら、すぐに撤退してくれよ。約束だ」
「約束します」
通話は相手の方から切れた。〈エデンの外〉が見えてきた。




