創造力 その一
一日の全ての授業が終わり、僕は帰り支度をしながら、ユウが声をかけてくるのを待っていた。ミズハも誘い、ラークへ行く予定だった。
「ねえ、皆瀬くん。あなた、何をしているの?」
かかったのはユウの声ではなく、予想しなかった声だった。顔を上げると千輪トウコが僕の席の前に立ち、顔を覗きこむようにしていた。
僕の席に向かおうとしていたユウの足が止まったのが見えた。ニヤニヤしながら手頃な机に腰掛け、ちらちらとこちらを見ている。何を考えているんだ、あいつは。
「何って、帰るところだよ」
「そうじゃなくて」
千輪は机の周りを半周した。
「放課後よ。いつも何をしているの?」
「何って、その辺りをぶらぶらしたり。ほら、そこにいるユウと遊んだりさ」
「ふうん。答える気がないのね。それもいいわ」
千輪はこめかみを揉んでいたが、すぐさまその手を僕に差し向けた。指先に白濁した水晶のような質感の輪が連なって見えた。
なんだこれは?
彼女はそのまま、僕の頬を包むように触れた。
これはイマジンか!
突然、細切れのフィルムを張り合わせて流したような、断片的な情報が僕の頭を駆け巡った。これは千輪トウコの記憶? 同時に、彼女の指先についていたリングのようなものがちらちらと見える。
その中に特徴的な風景が混じった。赤いデジタル表示。簡素な部屋。テーブルに置かれた仮面。〈エデンの外〉の一部屋だ。
「――なに……これ……」
疑問を掘り下げる間もなく、僕は千輪の言葉で我に返った。
ふらふらと足元がおぼつかない様子だったが、突如、眼球がぐるりと回転し、彼女は糸が切れたように倒れた。
ユウが慌てて駆けつける。
「なんだ? 彼女、どうしたんだ?」
「わ、わからない。ともかく保健室へ」
千輪は完全に気を失っていた。ユウが彼女の背中と膝裏を支えて、抱きかかえた。
「役を奪っちまって悪いな」
「何がだよ。早く運ぼう」
廊下に出るとすでにミズハがお待ちかねだった。
「遅いわよ。あんたたち、何やってんのよ」
ユウが千輪を抱えているのを見て、ミズハは複雑な顔をした。
「彼女、どうしたの?」
「突然、気絶したんだ」
「ヒロと話をしてるだけに見えたんだがな」
幸い、保健室には先生がいた。他の生徒がいる様子はない。
「気を失ったみたいで」
先生は様子を診るわね、と言った。ユウは千輪をベッドにそっと寝かせた。先生が彼女の様子を見ている間、僕たちは邪魔をしないように部屋の隅へと移動した。
「なんだったんだろうな。びっくりしたぜ」
「ユウが何かちょっかい出したんじゃないの?」
「俺は離れて見てただけだよ。熱中症かな」
「暑いときは当然気をつけてるけれど、涼しくなってからも油断できないらしいわね」
僕は声を落として話し出した。
「彼女もイマガイズかもしれない」
「ええっ!」
先生が何事かとこちらを見た。僕はなんでもないと手振りした。
「ユウ、声が大きいわよ」
「ほんとかよ。気絶したのと関係はあるのか?」
「それはわからないけれど、手に白っぽいものがあった。今はついていない」
「怪しいな」
「それに彼女に触れられたとき、不連続な映像のようなものが見えた。おそらく彼女の記憶だ」
「以前、ぼーっとしやすかっただろ? あれが再発したんじゃないのか」
「あれとは全く違う。もっと具体的な何かだったよ」
「他人の記憶か。通常じゃあり得ないわね。イマジンかも」
人の記憶について話すのは少し気が引けたが、相手はユウとミズハだ。信用できる。それに、イマガイズについての情報は共有しておかないと、いざというときに連携が取れなくなる懸念があった。
僕は話を続ける。
「これは僕の勘違いかもしれないが、彼女の記憶の中に〈エデンの外〉があった。しかも、部屋の中だ」
「千輪さんが〈エデンの外〉に入ってたってことか? 仮面を外す無茶をするようには見えないがなあ」
「でも、それならイマジンを使えるのは変だわ」
「それもはっきりとは言えない。何せ一瞬だったし、僕の認識違いかも」
先生がベッドから離れ、こちらに向かってきた。千輪は単に気を失っているだけで、健康に問題はないとのことだった。僕たちは安心した。後のことは保健室の先生に任せるのがいいだろう。
僕たちは学校を出て、ラークへと向かった。
ラークではイナリさんが出迎えてくれた。センセイの姿はなかった。
「ジョウさんなら、もう外でお待ちですよ」
「待たせてしまったかしら」
「行こうぜ」
「少し待ってくれ。イナリさん、聞きたいことがあるんですが……」
僕は千輪トウコの容姿を伝えた。
「〈ウィズダム〉にそんな人物はいませんか?」
イナリは少しの間をおいて答える。
「ええ、思い当たる人物はいませんね」
「そうですか」
「その女性が何か……?」
「いえ、何でもないんです」
嘘だ。心の中でイナリに謝る。ごめん、イナリさん。
僕たちはラークを出て、裏へと向かった。そこにセンセイがいるはずだ。ミズハが歩みを緩めた。僕たちの足も自然と遅くなった。
「ねえ、千輪さんのことをセンセイに報告するの?」
「決めかねてる。情報が足りない。このままセンセイに報告したら、きっと連れてこいと言うはずだよ」
「何か問題なのか?」
「〈エデンの外〉だよ。彼女はこの町で何が起こっているのか、詳しくは知らないみたいだった。でもイマジンが使えて、しかも〈エデンの外〉にいた記憶がある。これらは両立するはずがない。〈エデンの外〉で何もかも忘れてしまうんだからね」
「千輪トウコには、何かまずい事情がありそうね」
僕はうなずいた。
「千輪さんをここに連れてこようとしても、おそらく抵抗するはずだ。無暗に敵対することになりかねない。もう少し情報を集めてから動きたい」
「とはいっても、彼女はイマガイズなんだろ。危険じゃないのか?」
「僕は彼女の記憶の断片を見た。だからかもしれないが、彼女は敵じゃない……気がする」
「気がする? 珍しく曖昧ね」
「先入観を刷りこまれて、誘導されている可能性もある」
「ややこしいわねえ」
「他人の記憶なんて見たら、案外そんなものかも知れないぞ」
「今のところ、センセイには千輪トウコのことを伏せておくのがよさそうね」
ラークの外壁をぐるりと周っていくと、開けた土地とセンセイの姿が見えてきた。
センセイはすでに拘束具のようなイマガイズを装着していた。
「お待たせしました」
僕はセンセイに声をかけた。
「いや、問題ない。早速、訓練を始めるぞ」
僕は仮面を装着し、意識を高める。ぴしっと微かな音がした。ユウ頭をドクロが覆い、ミズハの顔には鬼が現れた。
「よし、皆瀬もイマガイズを自由に出せるようだな。なあに、訓練といっても畏まる必要はない。皆瀬のイマジンを明らかにしていくだけだ」
「俺たちができることはないかい、センセイ」
「そうね。せっかく来たんだし、協力したいわ」
「まずは見ていてくれ」
「見るだけかあ」
ユウが不満そうだ。
「この訓練では周囲の目が重要だ。皆瀬には起こした現象が自分のイマジンだという自覚がなかった。何が起きてるのか、第三者から見た方が判断しやすいのかもしれない。二人なら二倍、三人なら三倍の視点と思考で観察できる。それに、最初に現象が起きた場所にいたのは君たちだけだ。小さくてもいい。何か前とは違うと思ったら、すぐに報告してくれ」
二人は了解した。
「まずは、そのイマガイズに防御性能があるかを確かめよう」
「どうやって?」
とミズハ。金属の擦れ、ぶつかる音が響く。センセイは棒をその手に出現させていた。
「まさか」
「皆瀬、少々苦しむかもしれんぞ」
「ちょっと待ってください。心の準備――」
言い終わらないうちにセンセイの鋭い突きが繰り出され、僕の腹部に棒がめりこんでいた。僕は崩れ落ち、むせた。
「アキヒロ! 大丈夫?」
「この感触。皆瀬のイマガイズにも、しっかりとした防御機能がある」
「はは、それはよかった」
と言ったが、腹に力が入らず弱々しくなってしまった。
「センセイは実践となると無茶するもんなあ」
「ひやっとしたわよ」
「すまないな。だが、ある程度力を入れないと判断ができんのだ。立てるか?」
センセイは僕に手を差し伸べた。僕はそれをつかんで立ち上がった。




