灰色
「俺が最初にイマジンを判断できていれば、今回のような混乱はなかった。今までの戦いももっとスムーズだっただろう。すまない」
センセイが軽く頭を下げる。
「いえ、センセイが謝ることではないですよ」
「代わりと言ってはあれだが、そのイマジンを使いこなす訓練をつけよう」
「本当ですか!」
センセイと一緒の行動は久しぶりだった。
「少し遅いが、今日のうちに簡単な能力概要だけでもつかんでおくか」
「おれも一緒にいていいか?」
「じゃあ、私も。アキヒロのイマジンを理解してた方が、チームとして機能しやすいでしょ」
「そうだな。じゃあ、君たちにも――」
カランコロン。ドアのベルが鳴り、センセイの言葉を中断させた。
ぬっと店内に入ってきたのは、極端な猫背の男だ。かなりの身長があるが、その姿勢のせいであまり大きく見えない。灰色のコートに身を包み、同じ色のホンブルグ型の中折れ帽子を目深に被っている。手には鼠色の革手袋。灰色づくめの男だ。
じろりじろりとした男の視線を感じた。
「んっふっふ。皆さん、お揃いですな」
灰色の男は全く表情を変えず、鼻の奥から出したような笑い声は愉快さの欠片もない。
その男の後から、もう一人男が入ってきた。
顔面蒼白、血色の悪い青年だ。パーカーのフードをすっぽりかぶっているので、余計に顔色が悪く見える。眉尻、唇と耳にシルバーのピアスがついており、何となく危険な香りがした。
彼はポケットに手を突っこんだままで一言も発せず、店内のある一点、何もない場所を呆けた顔で見つめている。
〈ウィズダム〉のメンバーだろうか。彼らに直接話しかけるのは躊躇われた。僕はセンセイに確認を取ろうと口を開きかけた。
しかし、それよりも早く、センセイは音を立てて席から立ち上がった。
「おやおや、もっとゆっくりしていっては。私が来たからですかな」
男の言葉にセンセイは答えない。そのまま、店を出ていってしまう。
灰色の男たちは、気にせぬ風でカウンターに座った。
イナリさんを見ると、いつも通りに笑顔ではあるが、どこか歓迎していないような雰囲気を感じた。
センセイが訓練の話を途中で切り上げて出ていってしまったので、僕たちも店内を出た。
僕は立ち上がり際に灰色の男たちに軽く会釈をしたが、彼らからの反応はなかった。
店の壁に寄り掛かるようにして、センセイはいた。珍しく気が立っている様子だった。店から出てきた僕たちに気がつくと、軽く手を上げる。
「なんも言わずに出て言っちゃうんだもんな」
「すまなかったな」
「彼らは誰なんです?」
「年配の方がドグラ。もう一人がセイ。あいつらは第四巡回班だ」
「〈ウィズダム〉のメンバーなのね」
「メンバーとは呼びたくないものだ。前に話した通り、巡回班同士の協力関係は強いものではない。だが、やつらは全く別物だ。第四巡回班には関わるな」
「感じのいい人じゃなかったな。でも露骨に避けるほどかね?」
「〈ウィズダム〉は飾有町を守るために活動している。だが、あいつらは別だ。第四巡回班は、戦うためだけに動く。町を守りたいだとか、人々を救いたいだとか、そういった善意は一切ない。いかに自分たちのイマジンを開放し、カタルシスを得られるか、それがやつらの全てだ」
「無茶苦茶に暴れるってことかしら」
「もっと狡猾だ。事故、あるいは作戦上仕方がないと言われれば、思わず納得してしまうような規模で住民や建物に被害を出す。わざとな。ドグラの風貌とグレーゾーンの行いが目立つことから〈灰色〉などと呼ばれ、どのメンバーからも忌み嫌われている。腹立たしいのは、やつらの腕が確かだということだ。イマジナル討伐に関しては申し分ない。被害も抑えようと思えばいくらでもできるはずなのに、やつらはそうしようとしない」
「酷いやつらだな!」
「話は合わなそうね」
「悪行が明らかなら、除名することはできないんですか?」
「イマジンで直接的な犯罪を起こしたわけではないから〈エデンの外〉には入れられない。つまり除名すれば野放しだ。それに、ドグラは曲がりなりにもセンセイの一人という立場だ。彼自身に他のセンセイと同等の権力がある上、知っての通り〈ウィズダム〉は慢性的な戦力不足でね。そういった利害が絡み合って、組織から外す決定が下せないでいる」
「やり方はともかく、実力はあるという話ですからね」
「今のところイマジナルが矛先になっているが、やつらは戦いが目的の戦闘狂だ。その刃が町や我々に向かない保証はない。関わらないのが賢明だし、もし何かあっても信用するな」
「覚えておきます」
今まで出会った〈ウィズダム〉のメンバーは、癖はあっても皆いい人だった。その中にそんな悪人がいるなんて、ちょっとがっかりしてしまう。
「気が削がれてしまったな。皆瀬の訓練は明日行う」
「了解です」
「学校が終わったら、みんなで来よう」
「それがよさそうね」
センセイとラークの前で別れた。イマガイズを発現させ、センセイも店の前から離れていくのが見えた。第四班と場所を共にする気は一切ないらしい。
クリークは僕のイマジンではなかった。この事実には衝撃を受けた。
しかし、これからを考えるとメリットの方が多い。明日、イマジンの詳細が判明すれば、今までよりも積極的に戦いに参加できるかもしれない。当然、クリーク救出にも役立つはずだ。
薄暗い倉庫の中、一人の男がテーブルに着く。特徴のない男だ。
ケイジが、座った男の傍らに膝を折った。
「こちらの準備は整いました」
ばつんと大きな音がして、ケイジの背後が、天井から吊るされたライトで照らされた。
五人の姿が現れる。
一人、痩せぎすで背の高い男。二人、丸々と太った男。三人、モデルのようにすらりとした単発の女。四人、他と倍近い体躯を持った巨人。五人、白髪髭面で筋肉質の男。
その誰もがケイジと同じ首輪をつけていた。
「話のわかるもののを探すのは、なかなかに骨が折れました。まずは五人です」
「十分だ」
平凡な男はテーブルの上のクリークに視線を注いだ。まだ首輪がついている。彼はぐったりとしていて、呼吸で体を上下させる以外、動こうとしなかった。
「私の方も用意ができた。明日、この町を改変する」
クリークがぴくりと耳を動かし、目を見開く。
「私どもの方で、何かすることはありますか?」
「お前たちは、ここで待機だ」
首輪の男の背後の五人が、不満げにざわついた。首輪の男は、それを制するように鋭い眼光を背後に走らせた。五人はぴたりと静かになった。
「かしこまりました。そのようにします」
平凡な男はテーブルに手を突き、立ちあがった。
「ついに、ついに来たぞ。この町の腐った仕組みを、私が――ぶち壊す」
男は片手を掲げた。そして何かを掴み取るように力強く握った拳を、勢いよくテーブルに振り下ろした。




