把握可能、理解不能 その二
「よーし、着いたぜ」
僕たちはラークの前に到着した。
「センセイはいるかしら」
「最近はちょくちょく顔見るし、今日もいるかもな。さて、何食べるかなあ」
「ユウは治療が先でしょ」
「わかってるって。おいヒロ、妙に口数が少ないな」
ユウが店の扉に手をかけながら言った。
「ごめん、大したことじゃない。入ろうか」
〈エデンの外〉に感じた不安を振りはらうように僕は言った。
カランコロンとドアベルが鳴った。店内にはいつも通りイナリさんがいて、カウンターにはよれたコートを着た人物が背を向けて座っていた。
彼はベルの音でこちらに振り返る。センセイだ。
「お、来たな」
「お疲れ様です、皆さん。早速ですが何か出しましょう」
僕とミズハは席に着いた。
「じゃあ、俺はヒカゲさんのところで薬もらってくるわ」
ユウはカウンターの奥へと消えていく。エレベーターが降りて行く音がした。
「巡回は順調のようだな」
「ええ、苦戦しましたけれど何とか」
「今までで一番大きなイマジナルだったわね」
「ふむ……。イマジナルがより強くなってきているのかもしれない。俺もそれは感じている」
イナリが僕らの前に、さりげなく食べ物と飲み物を置く。話の腰を折らない絶妙のタイミングだ。
「町の状況はさらに悪くなっているんですね。それで聞きたいことがあるんです」
「なんだ、皆瀬」
「今日、とても理解できない事態が起こったんです」
「理解できない? 想像の力は人間の理解できない領域だぞ」
センセイはにやりと笑った。
「説明がつかないといった方がいいかも知れません」
僕が状況を掻い摘んで話すうちに、センセイの笑顔が消えていった。
「――結局は、その現象に僕たちは助けられたんですが、なぜ突然ペットボトルや壁が現れたのかわからなくて。〈ウィズダム〉の誰かが、こっそりと助けてくれたのかと考えたんですが……」
「そんな話は聞いたことがない。イナリはどうだ?」
「ラークには巡回班と共に多くの情報も集まりますが、そういった話はありませんね」
「それに仮面が変形したという話もだ。想像の力なのは間違いなさそうだが、実際目にしてみないと何とも言えんな。再現できるか?」
「やってみます」
僕は仮面をカウンターに置き、イマガイズを出す練習と同じように自分自身を思い描いた。
仮面に変化は起こらなかった。
「そのときは仮面をつけていたのだな? 条件は揃えた方がいい」
僕は仮面を装着し、思考を反復した。
ぴし。
微かな音がした。
「ヒロ! 仮面が変形していくぞ!」
「あの時と同じよ。ひび割れて笑顔になったわ」
ひびをなぞるように微かな光が仮面を走った。
センセイとイナリも目を見開いた。
「あっ、今度は戻っていく……」
僕が再び念じると仮面は元の白い無表情になった。仮面を外した。
「こんな例は初めてだ。だが、これもイマガイズなのだろう」
「イマガイズは顔に直接現れるものなのでは?」
僕はセンセイに尋ねた。
「俺もそうだと思っていた」
イナリが言う。
「皆瀬くん、物事は難しく考える前に、まずは一番単純に考えた方がいいのですよ。最初から複雑だと思ってかかっては、一本の紐であったとしても複雑に絡んでしまいますからね。この場合、イマガイズの発現方法は小さな差異、例外として捉えても問題ないと、私は思います」
「俺も同感だ。何より目の当たりにしては認めざるを得まい。本当に他のイマガイズと同等の機能があるかどうかは、後に確かめる必要がありそうだがな」
僕のひびわれた仮面については、とりあえずイマガイズだと結論づいた。
「もう一つの理解しがたい現象……突如現れたペットボトルと壁だな。まず、はっきりさせておく。これはサブではない。はっきりしとしたメインのイマジンだ」
僕たちはうなずいた。
「そして、外部からの干渉の可能性も低い」
「それはどうして?」
ミズハが聞いた。
「まず〈ウィズダム〉でその様な活動をしているメンバーがいるというのは、聞いたことがない。次に、距離の問題だ」
「距離ですか?」
と僕。
「訓練の際、岸戸が実践してくれただろう。イマジンを遠距離に直接行使しようとすると、とんでもないロスが起きる。壁を隔てたビル内部となるとなおさらだ。微小な効果ですら発揮させるのは難しい」
「でも、ちょっと待ってよ。そうなると、私たちしかいないじゃない」
「距離を考慮すると、そう考えるしかない」
「それはおかしいわ。イマジンは一つだけ。それがルールでしょ? 私たちにはすでにイマジンがあるもの」
「そこと矛盾するから困る。イマジンは一人一つ。これも覆せない」
センセイは目を閉じ、何やら考えている様子だった。
「でも、状況からするとアキヒロが起こした可能性が高いのよね……」
「僕?」
「私たち三人のうち、誰かだとすればよ? だって、仮面が変形して光ったのよ。一人だけペットボトルを持った状態だったのも気になるわ」
「でも、僕にはクリークがいる。クリーク、ペットボトル、壁……これらを一つに繋ぎ合せられないと、僕にイマジンが二つあることになってしまうよ」
「それは私やユウのイマジンでも同じだわ。でも距離を考えると、あの場には私たちしかいなかったし……ああ、もう! わかんないわ!」
ミズハはカウンターに突っ伏した。
センセイはおもむろに目を開くと、鼻の下に手を当て、呟いた。
「まさか、クリークは皆瀬のイマジンではないのか」
一瞬、店内がしんとなった。イナリは、センセイの言葉に同意するようにうなずいた。
静寂を真っ先に破ったのは僕だった。
「クリークは僕のイマジン……です」
しかし、明確な言葉にしても、その内容の曖昧さが際立つだけだった。言い終わらない内に僕はトーンを落としてしまった。
「アキヒロ……」
「皆瀬くん、辻褄の合う話です。まずは検討しましょう」
「受け入れ難いかもしれないが……」
皆の懸念とは裏腹に、僕はそれを事実として受け入れ始めていた。
見落としていた〈点〉。その一つはこれだったのだ。改めて顧みると、クリークが僕のイマジンだという確証はどこにもなかった。以前にセンセイも言っていたではないか。イマジナルを見ても誰のものかはわからないと。僕のイマジンがクリークではなかったとすれば、あらゆる疑問や矛盾が簡単すぎるほどに解決していく。
カウンターの奥からユウが戻ってきた。
「傷は大したことなかったんだが、全身にたくさんあってさ。思った以上に治療に時間がかかっちゃったぜ。薬も貰ったから、もう大丈夫……って、あれ? みんなどうした?」
雰囲気の異常さを感じながらも、ユウは僕とミズハの間に座った。
「あのね、イマジナルと戦ってたときに起きた、不思議な現象について話してたのよ」
「あの水と壁か。何かわかったのか?」
「あれは皆瀬が起こした現象かもしれない」
「へえ、そうなのか? ヒロ、すげえじゃん」
「あんた、全然理解できてないわね。そうなるとクリークはアキヒロのイマジンじゃないってことになるのよ」
「想像の形は一つだもんな」
ユウは内容を理解したらしいが、どこかまだ納得がいかないような表情だった。
僕は一つ確認しておきたいことがあった。これで全てはっきりする。
「ユウとミズハに聞きたい。大きなイマジナルに追い詰められたとき……特に階段が粘液で通れなかったとき、そしてもう衝突が避けられないときに何を考えてた?」
「俺は、そうだな、粘液を取り除く他の方法がないか、ぶつかるときは何とか二人が無事だったら、なんてことを考えてたな」
「私も大体同じね。イマジンでできることを探したけれども、時間がなくて具体的には思いつかなかったと思う」
「……そうか」
僕だけだった。あのとき水を欲したのは。そして、壁があったらなんて、都合のいいことを想像したのは。
「確信した。あの現象は僕が起こしたんだ。クリークは……僕のイマジンじゃない」
その場の誰もが、なんと声をかけていいかわからないようだった。だがユウだけは妙にきょとんとしていた。
「さっきから思っていたんだが、それが何なんだ?」
「ユウ! あんた本当にデリカシーがないわね。アキヒロがクリークを大切にしてたのは知ってるでしょ」
「そう、だからだよ。飼いネコでも野良ネコでも、可愛がってたら違いはないだろ。ヒロとクリークの仲がいいのは変わらないよ」
ラークにいる、ユウ以外の全員がぽかんとした。
一拍置いて、僕は思わず笑い出していた。
「なんだよ、ヒロ。俺、変なこと言ったか?」
「いや、ごめん。ユウの言う通りだと思ってさ。クリークが僕のイマジンかどうかなんて関係ないよな。あいつは俺たちの友達だ」
ミズハが表情を柔らかくした。
「私たち、自分のイマジンかどうかに拘り過ぎていたのかもしれないわね」
空気が和み、いつもの店内になった。




