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把握可能、理解不能 その一

 ひとしきり笑い合った後、ユウとミズハはイマガイズを解除する。

「あれ? ヒロの仮面、ひびが閉じていくぞ」

「あっ、元通りになったわ」

 僕が粘液に指を滑らせながら外し終わる頃には、仮面は元通りの真っ白い無表情になっていた。

 イマガイズを解除すると、ようやく戦闘が終わったのだと実感できる。

 僕らは現状を再認識した。

「実は笑っていられないんじゃないか? これどうするんだ」

「いくら一般人が気づきにくいとはいえ、この見た目と悪臭までカバーしてくれるのかしら」

「粘液まみれの人間はいるわけがないものとして、普通の人には認知されないと思う。でも、悪臭は日常で起こり得るからね……。発生源が僕らだと特定されないにしても、鼻をつままれそうだ」

「この臭い、俺たちはもう慣れてきたけれど、かなり酷いぞ」

「夕飯時に撒き散らしていい臭いじゃないわね」

「粘性が増して動けなくなるのも時間の問題だ。大量の水があれば洗い流せるけれど」

「温泉ランドとかプールとか?」

「この寂れた区域にそんな施設ないわよ」

 ここ一帯にはまともに機能している商業施設はない。

「それに、あえて人混みに行くのは気が引けるね」

 ユウが思いついたように指を鳴らす動作をした。実際は粘液で指が滑っただけだったので、頭を掻いた。

「チヨさんの所はどうだ?」

 と提案する。

「チヨさんはあそこに住んでるんだろ? シャワーもあるんじゃないか?」

「ありそうね! ここから近いし」

「決まりだね。足の裏がすでに粘ってきたよ。急ごう」

 僕たちは〈エデンの外〉に向かおうとする。

「いや、待て」

 急に先頭を行くユウが立ち止まった。

「どうしたのよ。もたもたしてるんなら、ここにくっついても助けないわよ」

「重要なことなんだよ。廊下を見てみろ」

 僕たちはユウにいわれるまま、視線を床に落とした。

「粘液が……」

「……消えていってるわ」

 薄っぺらな紙を火で炙ったみたいに、廊下のあちこちから粘液が消滅していく。廊下だけではない。僕たちの体についた粘液も徐々に消えていった。

「イマジナルを倒したからかしら」

「そうかもしれない。主従関係……イマジナルを主とすると、粘液はそれから生まれた従だ。主となるものが消滅すれば、従となる方も消えていくのか……」

 全ての粘液が消え去るまで、それほど時間はかからなかった。同時に悪臭も消えていた。


「んー、すっきりした!」

 ミズハが髪に空気を入れるように後頭部からかき上げた。長くつややかな髪が流れるように動いた。

「これで心配はなくなったな」

 ユウは、久しぶりに田舎に来た都会の人のように、胸いっぱいに空気を吸いこんだ。

「このまま帰れるけれども、どうする? ラークに寄って行かないか」

「賛成! イマジンをたくさん使って、お腹が空いたわ」

「イマジンで腹が減るのか? ミズハが食いしん坊なだけだろ」

 そんなユウのお腹がぐうと鳴く。みんなで笑った。

「それよりも、あんた怪我してるわよ。ヒカゲさんに診てもらいなさいよ」

「うお? あちこちから血が出てる!」

「ユウ、気づいてなかったのか」

「夢中だったからなあ。そうと知ったら急に痛みが」

「この様子じゃ大丈夫そうね」

「いやいや、結構な傷だぞ。ほらこことか、かなり深い!」

「やだ、傷なんて見たくないわ! 元気に騒いでないで、さっさと行くわよ」

「ちぇっ。活躍の勲章なのに、もっと心配したり褒めてくれてもいいじゃんかよ」

 ミズハはぷいと歩きだしてしまった。

「ふふふ、ミズハはあれでもユウのことを十分に認めてるよ」

「そうかなあ」

 ミズハを追い、僕たちはビルを出る。

「もう五時か」

 外へ出ると丁度、〈仮面さん〉が流れ始めたところだった。それぞれの仮面を取り出し、装着した。

 歩いていると、ユウがうんうんと唸りだした。

「どうしたんだ? 傷が痛むのか」

「いいや、へっちゃらだぜ。考えてたんだよ」

「なによ?」

「ほら、ペットボトルと壁だよ」

 ミズハはああと言うと、少し黙ってしまった。彼女もそれについて考えているようだった。だが答えは出ない。

「あのときは切羽詰まって深く考える余裕がなかったけれども、思い返してみると不可解ね。想像の力を知ってから不思議なことはたくさんあった。でも、どれもそれなりの理由や理屈があったわ。あれは説明できそうにない」

「気づいたか? ヒロの仮面が光ってたぞ」

「そうなのか?」

「ペットボトルが出る直前、紫と言うかもっと青っぽい感じに光ってたわね。関係あるかも」

「やっぱりヒロもイマガイズになったんだよ。それで、なんて言ったっけな、イマガイズの機能でさ、あっただろ」

「サブのことか」

「そう! サブだよ、サブ。それが覚醒したんじゃないか」

「うーん」

 ミズハは納得がいかない風だった。僕もしっくりきていなかった。

 サブは身体能力の向上やイマジン自体の強化等、あくまでメインをサポートするもののはずだ。あの現象はその範疇はんちゅうを逸脱している。僕にイマジンが二つあることになってしまう。

「町全体で、今日起こったような現象が確認されているかもしれない。あるいは〈ウィズダム〉の誰かがこっそり助けてくれたのかも。とにかく、外部から干渉があったと考える方が自然だ」

「そうかなあ。じゃあ、あの光はなんだったんだ? 丁度のタイミングだったぞ」

「僕にもわからないよ。そもそも、本当にイマガイズになったのかな」

「仮面は元に戻っちゃったわよね」

 僕は被った仮面に手を触れた。いつも通りの仮面だ。

 イマガイズの仮面は、顔に直接出現するものではないのだろうか。ユウやミズハ、それにセンセイを始めとする〈ウィズダム〉のメンバー全員がそうだった。僕のはそうではなく、仮面が変形したと言う。そうなると僕がイマガイズだと断定するのも怪しいところである。

 想像の力は、例外なく一つのルールで成り立っていると、僕はそう思っていた。今日起こった謎の現象、そして仮面のひびや発光に、想像の力が関わっているのは間違いない。それゆえにルールから外れたちぐはぐさを感じ、答えを出せずに行き詰ってしまうのだった。

「だあ! 悩んでもわからねえや。ラークに行こうぜ」

「そうね。着いてからゆっくり考えましょ」

 無意識のうちに歩みが止まっていたらしい。もっと考えなければいけないことが、見落としていることがある気がしていたが、ユウとミズハに促されるようにして僕は歩きだした。

 〈エデンの外〉の前を通ったとき、僕はふと不安な気持ちになった。

 見落としがこの場所に関係しているのだろうか。イメージだが、見落としを〈点〉とすると、〈エデンの外〉に対する不安は、その〈点〉の周りを漂うもやのようなものだと感じた。具体的な何かを僕は見落としている。しかも一つではなく、いくつかの〈点〉があるに違いなかった。そして、この場所も関係しているに違いないのだが……。

 僕はいつの間にか角を曲がっていて、〈エデンの外〉は見えなくなっていた。

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