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トラップハウス その七

 皆瀬は悔やんだ。気絶していたとはいえ、状況の把握が不十分だった。もっと慎重にイマジナルの性質や周囲の状況に接していれば、ここまでの窮地には陥らなかったかもしれない。もっと早く粘液の性質に気づければ……いや、北城が提案したとき、部屋に入るべきだったのかもしれない。あるいは、床の粘液の状況から、階段に細工があることは見抜けたはずだ。

 皆瀬の頭は先に立たないことでいっぱいになる。次に皆瀬の頭に浮かんだのは、現実にあった選択肢ですらない、あり得ない展開だった。

 もしここが部屋だったら。数メートル先に壁があったら。それはイマジナルとの衝突を防いでくれるだろう。

 ……なんて都合がいい。皆瀬は、自分自身を嘲笑いたい気分だった。だがそんな想像にすら、すがりたくなる。


 イマジナル衝突までのカウントは片手でなお余る。

 岸戸は衝突に備え、盾をぴたりと合わせ、さらに体を縮こまらせる。北城は祈るように岸戸の服の裾を握る。皆瀬は現実を否定するように目を閉じる。

 突然、皆瀬の仮面が光を放つが、本人を含め、それに気づいた者はいない。

 イマジナルのごぽごぽした叫びが皆瀬らの脇をすり抜け、それを追うようにイマジナルが突進する。

 金属のひしゃげる音が響いた。

 ……だが、予想していた衝撃が訪れない。

 皆瀬は目を開く。北城の背中が目に入る。彼女は無事だ。岸戸は? ……彼もその前方で盾を構えたままだ。二人とも無事だった。

 しかし、なぜ衝突を免れた? 岸戸の盾が視界を大きく塞いでいるため、前方の様子が見えない。

 しばらくしても何事も起こらないので、岸戸が姿勢を緩め、盾の隙間から前方を確認する。

「私たち、どうなったの……? あいつは?」

「説明できない。とにかく見てくれ」

 岸戸は盾を解除する。

 数メートル先でイマジナルが停止している。目を引くのは壁だ。

 ドアがついた壁があった。イマジナルはそれに衝突し、止まっていた。いや、はまっていたと言う方が正確だ。スチール製のドアはひん曲がり、壁の構造からほとんど外れかけている。そこを中心に壁が壊れていて、イマジナルが頭と前脚を覗かせている。丁度ひょうたんのような形になって、壁の穴に胴体を締めつけられているのだった。

 おそらく、脆弱なドア部分が壊れ、先に穴ができたのだろう。そして、このイマジナルの体は柔らかい。穴の方へ力が逃げ、無理な隙間を潜り抜けることになった。速度が落ちる。結果として、壁を貫通することはできず、イマジナルは身動きが取れなくなったのだ。

 それは推測できる。だが、最大の不可解はこの壁がどこから来たのか、という点だった。

「どうしてこんなことに?」

「わからねえ。何が起きたんだ?」

 岸戸と北城は混乱した様子だ。だが、皆瀬は疑問よりも驚きで胸がいっぱいだった。心の中で思い描いたことが、実際に起こっていた。

 イマジナルは足に力をこめ、体を持ち上げようとしている。壁は軋み、もう少しで完全に壊れてしまいそうだ。

「現状に説明がつかなくても、ラッキーなのは間違いないわ。今のうちに階段の粘液を取り除くわよ。ユウ、水をちょうだい」

 岸戸は迷いなく、ペットボトルの封を切ると、先ほど床に出した金属板とその周辺に、中身をまんべんなく注いだ。

「何してんのよ! ……もう! 水、なくなっちゃったじゃない」

「いや、これでいい」

 ユウが言う。僕にはユウの考えがわかった。

「ミズハ、このイマジナルは明らかに考え、効果的に罠を張っていた。追い詰め、動きを制限し、最後は体の大きさを活かして一気に仕留める。粘液の性質といい、見た目に反して狡猾なイマジナルなんだ。この様子だと、僕たちが階段の罠を突破することも見越している可能性がある。けれど、壁に嵌るのは完全にやつの想定外だ」

「こいつはここで、今、倒すのがベストだぜ」

「今倒すって言ったって、そこまで時間はなさそうよ。あいつの体はぶよぶよしていて、攻撃が効きづらいじゃない」

「だから、それを変えるのさ。エチゼンさんが言ってたろ。イマジナルに必要ないものはないって」

 岸戸は颯爽と水に濡れた金属板に飛び乗る。足を金属板に固定した。

 ここまでくると、ミズハにもユウのやろうとしていることが伝わった。そして、これには彼女の協力が必要だ。

「まったく、考えることが無茶なんだから」

 ミズハは廊下の反対側に素早く飛び移ると、岸戸の後ろで体を捻り、肘を引く。

 イマジナルが激しく体を揺する。ぶるぶると巨体が震え、周囲の壁が砕け始めた。もう、そう長くは足止めできない。

「準備はいい? いくわよ!」

「思いっきりやってくれ!」

 北城は岸戸の背中を勢いよく押す。そして、その動きを大げさにした。

 先ほどまき散らされた水分によって粘液の性質が戻り、摩擦のない床の上を岸戸が滑走する。金属板の重量で重心は低く、岸戸の足はその金属板に固定されているので転倒する心配もない。先ほどのイマジナルに負けないスピードでイマジナルに肉薄していく。

 イマジナルは壁からの脱出を中断し、ごぽごぽと音を立てながら、口を開く。粘液を吐く予兆だ。

「だよなあ。身動きが取れずに、相手が正面からきたら、そうするしかないよなあ!」

 金属板から足を外すと、岸戸が飛び上がり、体を丸めた。そして勢いよくイマジナルの口の中に飛びこむ。

 口の中は暗く、岸戸の様子は二人からは見えない。泡立つ音は続いている。

 いつでも動けるように、北城は足を肩幅に開き、イマジナルに対して斜に構える。


 岸戸は暗い口の中を這うように進む。口の中のあちこちには鋭い牙が生えており、蠕動している。岸戸の体に切り傷を作る。だが彼はそれに構わず、強引に進んで行く。

「臭せえし、棘もあるしで、我ながらなんて思いつきだ!」

 少し進むと泡立つ音がにわかに大きくなり、やや開けた空間に出る。

「なんとか粘液を吐き出す前に間に合ったな。ここが粘液を作る場所か。鼻が曲がりそうだぜ」

 岸戸は蒸気を吹き出し、一枚の大きな板をその空間の出口に押し嵌めた。


 イマジナルの動きが不意に止まり、不自然にびくびくと震えだす。泡立つ音がこもっている。音は続くが、口から粘液を吐きだす様子がない。

「上手くいったみたいね」

 イマジナルの体が膨張し始める。粘液が行き場を失っている。だがイマジナルはごぽごぽと音をさせ続け、粘液を作りだすのを止められない。岸戸は粘液の栓になっているだけでなく、同時に体内を攻撃し、粘液を強制的に吐き出させているのだ。壁に嵌り、締めつけられているイマジナルの体は、すぐにパンパンになった。

「ユウ、十分よ!」

 北城は叫ぶと、イマジナルまで一足で飛びかかる。そのまま膨れたイマジナルに強烈な飛び蹴りを浴びせる。飛びかかる勢いに加え、変形を大げさにした必殺の一撃だ。

「しなびた風船を割るのは大変だけど、これだけ膨張していれば!」

 膨らみきったイマジナルの体に変形する余地はない。イマジナルの眼球周辺から粘液が噴き出す。次の瞬間、イマジナルが爆発した。大量の粘液が降り注ぐ。

 皆瀬と北城は息を止め、顔を覆う。爆発の勢いで岸戸がイマジナルの体内から放り出され、床に転がる。

 岸戸の体には、あちこち傷があるが、それよりも口の中の粘液が気になるようだ。

「うえー、ぺっぺ! 少し飲んじまった」

「平気か?」

 岸戸は粘液を吐き出しながら親指を立てて見せる。

「十分だって合図したじゃない」

「俺が離れると板が消えちまうんだよ」

「それもそうか。なら、この作戦で行くってなったときに覚悟してたのね?」

 北城が皮肉と冗談交じりに言う。

「なんだよ。澄ましてるところ悪いが、おまえも相当酷いぞ」

 三人は、お互いを見回す。体内にいた岸戸、近くにいた北城は当然として、皆瀬まで全身粘液まみれの酷い有様だった。その姿もおかしかったが、立ちあがろうとした岸戸が粘液で滑って転倒したので、二人は堪え切れずに笑いだす。岸戸も釣られて笑った。

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