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トラップハウス その四

「……何やってるのよ」

 仮面は外れない。

「取れないんだって」

「そんなわけないでしょう。粘液が入りこんでるんじゃないの? 私がやるわ」

 時間が経ち、粘液は再びネズミ捕りの罠のような粘着性を発揮していた。それが仮面と顔の間に入りこんでいるのかも知れなかった。

 北城は岸戸に代わり、皆瀬の横に屈みこむ。仮面の端に手をかけ、引っ張る。取れない。

「おかしいわね。粘液でくっついてるわけでもなさそう。ミリも動かないわ」

 岸戸はドクロの頭部をかりかりと掻いた。

「仮面が取れないのもおかしいし、このひびみたいなのも妙だ」

「考えてないで手伝ってよ」

 北城の呼びかけにも岸戸は動かない。

「イマガイズってさ、取れるようにできてないよな?」

 岸戸のドクロの仮面、北城の鬼の面。いずれもイマガイズだ。

「そうねえ。私のも解除はできても外れないわ。ユウとかハスバさんのなんか、半ば顔と一体化しちゃってるし。……つまり、アキヒロのこれが、イマガイズだって言いたいの?」

 岸戸はうなずく。

「可能性はあるんじゃないか。あんまり見た目は変わっていないけれど。ヒロがイマガイズになったとすれば、イマジナルに吹き飛ばされてあまりダメージがないのも、仮面が外れないのも納得できる」

 岸戸が歩きだす。皆瀬を挟むようにすると、屈んで北城と向かい合う。

「アキヒロがイマガイズに……。本当かしら」

「特殊な仮面じゃないと、見た目じゃ判断できないんだよなあ」

 二人は皆瀬の仮面を間近にしげしげと眺め始める。無表情な仮面の鼻から、黒いひびがあちこちに刻まれている。

 ぴしっと微かな音ともに、皆瀬の仮面全体に更なるひびが走る。岸戸たちは思わず身を反らす。

 しかし、それ以上のことは起きない。

「ミズハ、取ろうとしたときに力入れ過ぎたんじゃないか?」

「バカ! そんなわけないでしょ。見てよ。様子が変よ」

 皆瀬の仮面にさらに黒いひびが入る。表情が変わっていく。

「これは……」

「笑っている……のか?」

 弓なりに細められた目、持ちあがる頬、そしてきゅっと上を向く口角。無表情だった仮面は歪められ、頬笑みというより、余りにもはっきりと笑っていた。しかし仮面には多くの黒いひびが入り、愉快な雰囲気は微塵もない。特に左目の下に大きく縦に入ったひびは、まるで泣いているようにさえ見える。

 仮面の奥のまぶたがぱちりと開く。皆瀬が目を覚ました。

「ヒロ!」

「アキヒロ!」

「僕は……」

 そう言いながら皆瀬は上体を起こそうとするが、頭も背中も固定されていて姿勢を変えることができない。

「僕は……」

 皆瀬は繰り返す。

「イマジナルと衝突して気絶してたのよ。部屋に運んで来たの」

「何分ぐらい? あのイマジナルは?」

 二人は仮面のことを話さなければと思うが、なかなか切り出せない。

「ほんの数分だ。イマジナルはまだ建物の中をうろついてる」

「そうか……。ところで、起き上がれないんだけど」

「もう、大丈夫なのか?」

 岸戸が心配そうに尋ねる。

「ああ、特に異常は感じないよ。気になるのは、背中がべとべとして気持ち悪いぐらいだ」

「私のイマジンで引っぺがすわ。ユウも手伝って」

「おう」

 皆瀬は平坦な板に寝かされていたので、背面全てが粘着液で固定されてしまっていた。

 まずは腕を自由にする。ここまでは簡単で、何の障害もない。しかし残りが問題だった。接着した面積が広いため、一気に引きちぎることは不可能だった。岸戸と北城は粘液を地道に取り除くことにする。

 この時間は皆瀬の仮面について触れておくのに、いい機会だと思われた。

「ヒロ、おまえが気絶していたときの話なんだが」

「なんだい」

「俺らにも何が起こったのかわからない。だから見たままを話すぜ?」

「なんだよ。珍しく、もったいぶるなあ」

「本当に何が起こったのかわからないのよ」

「うん、それで何があったんだ?」

「ヒロの仮面が変形したんだ」

「変形? ぶつかって壊れたのか?」

 皆瀬は触って確かめようと思ったが、手にはまだ粘液が残っている。躊躇ちゅうちょしていると、北城が何かを皆瀬の顔に差し向けてくる。

「自分で見てもらうのが早いわね」

 北城が取り出してきたのは手鏡だ。その中にあったのは、いつもの真っ白で無表情な仮面ではなく、黒いひびがあちこちに入った笑顔の仮面だった。

「これ、僕の仮面か?」

 北城は鏡をしまうと、皆瀬を粘液から解放する作業に戻った。

 まずは右足から。北城がイマジンで粘液の伸びを大げさにしつつ持ち上げる。岸戸が伸びた粘液を横からむしり、取り除いていく。

「だった、って方が俺的にはしっくりくる。何せ、目の前で笑顔に変わっていったんだから」

「もう一つつけ加えるなら、その仮面外れないのよ」

「つまり……?」

 とは言ったものの、状況が断片として散らばっている。皆瀬は後の言葉を続けることができない。

「もしかすると、ヒロもイマガイズになったんじゃないかって、ミズハとはそう話してたんだ」


 しばらくして、右足を粘液からほぼ解放した。

 北城は持ち上げていた皆瀬の右足を下ろし、それにくっついていた自分の手をイマジンで引きはがす。皆瀬が足を曲げて下ろすと、足の裏が金属板に残った粘液に捕らえられてしまう。

 岸戸は粘液をちぎる手を休める。

「ようやく片足ね。足の裏も後で剥がさないと。これは難航しそうね……」

「ちと時間がかかりそうだ。辛抱していてくれよ、ヒロ」

 皆瀬は、ああわかった、とうなずこうとしたが、頭は金属板にくっついていて動かせない。

 それよりも皆瀬は先程の話の整理ができずにいた。

 イマガイズになった? まるで実感がない。実感がないどころか、もやもやとした違和感がある。今まで当然だと思っていたものが、突然そうでない一面を見せた、そんな感覚。

 もやもやした感じの原因は、違和感が一つの〈点〉ではないということかもしれない。だが、それが過去のどの情報に起因するのか。今の皆瀬に判断する方法はなかった。


 作業を再開しようかというとき、北城が思いついたように言う。

「ねえユウ、あんたの板を消したらいいんじゃないの? アキヒロが一瞬宙に浮いてるうちに私が粘液の上から移動させるからさ」

「それができないんだよな。どうも別の強い力で固定されてると消せないらしい」

「そんな制約もあるんだね」

 皆瀬が言う。イマジンの解除にも、ある程度の力が必要ということなのかもしれない。

「厄介な粘液ねえ」

 この粘液を取り除く作業は、じわりじわりと皆瀬たちから体力を奪っていく。このまま続け、十数分もすれば皆瀬は解放されるだろう。しかし、その後イマジナルを討伐できる余力が必要だ。戦力を温存しなければいけない。特に北城はイマジンを連続で使用している。疲労が出てきているはずだ。

 皆瀬は、この作業を続けてもらうべきかどうか思案する。

「……僕の記憶が正しければ、二人はくっついたまま部屋に転げこんだはずだけど、どうやってとったんだ? その方法が使えないかな」

 岸戸と北城は顔を見合わせる。

「ユウの全身、粘液だらけだったものね。確かに私とユウはくっついたまま部屋に入ったわ」

「だけど……あれ? どうやってとったんだっけ」

「アキヒロがイマジナルに吹き飛ばされて、それどころじゃなかったものね」

「でも無我夢中で覚えてないとかじゃなくて、勝手に自由になってたよな?」

「勝手に?」

 皆瀬が聞き返す。

「私も特別何かした記憶が無いわ。そう言えば、あのとき廊下の粘液がまた滑るようになってたわよね?」

「それは間違いない。滑るようになってたから、ヒロをこの部屋までスムーズに運べたんだ」

「粘液の性質がまた戻るのか。何かきっかけがあるはずだ。それがわかれば、もっと簡単に自由になれるかもしれない。他に気づいたことは……」

 ドオン!

 壁が激しく揺れ、皆瀬の言葉を遮る。

「なんだあ?」

 岸戸の言葉と同時に、部屋の入口に横並びの真っ黒な目が現れ、中を覗きこんだ。

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