細い十字線の先
〈エデンの外〉の周辺の巡回が少ないと感じた僕らは、そこへ向かった。
そのエリアの中でも、〈WIZ〉の地図上で特にもやの濃い場所があった。まず向かうべきはそこだろう。
途中、〈エデンの外〉の前を通りかかった。
「そう言えば、チヨさんはクリークがいなくなったことを知っているのかしら」
「どうだろう?」
「彼って暇そうじゃない? それに機械にも詳しいから、カナタさんとは別のアプローチができると思うの。協力してもらったら何かわかるんじゃないかしら?」
「かも知んないな」
携帯電話に着信があった。知らない番号だ。
「もしもし」
僕は警戒したトーンで電話に出た。すると向こうからは至極明るい調子の声が響く。
「やあやあ、僕のことを噂してるね」
「チヨさん」
僕がいじるまでもなく、携帯電話がスピーカーに切り替わった。
「あーあーあー、よさそうだね。クリークの件はもちろん僕の耳にも入ってるよ。何が起こったかも、他の人と同じぐらいは知っているつもりさ。僕にできることはさせてもらってるよ、暇だからね」
さっきの会話も聞こえていたのだろう。ミズハは苦々しい顔をした。
「けどけど、町のどこのカメラにもクリークの姿はない。カナタちゃんのイマジンでも探せていないみたいだし、この町にはいない可能性が高いねえ」
すぐに見つかるとは思っていなかったが、それでも落胆の色は隠せない。
「でも、首輪の男は何度か見かけているよ」
「なんですって?」
やつはクリーク救出の大きな手掛かりになる。
「何か飾有に用事があるみたいだねえ。あちこちのカメラに姿が映っているよ。でも、単にカメラで捉えられただけだ」
「どういうことです? 複数のカメラに写っていれば、行動範囲や移動ルートがわかりそうですけれど」
「余りに神出鬼没なもんで移動ルートが特定できないんだ。少なくとも、道路に沿ってお行儀よく歩いているわけではなさそうだよ」
優良な情報とはなりえなかった。だが、首輪の男が飾有町に来ている以上、再び出会う可能性はある。巡回に出てきて正解だった。
それよりも、とチヨは話を変えた。
「首輪の男はクリークをわざわざ連れ去った。それで何をするつもりなのか、それが今後の焦点だろうねえ。……クリークの能力の詳しいところは不明だけども、聞く限りだと空間転移の一種だろう?」
「だと思います」
「なら銀行強盗とかはできそうだね。この町に銀行はないし、それが目的なら探知にひっかからない理由づけになる」
十分な動機だ。僕は一瞬、納得しそうになった。
しかし、電話の向こうでチヨはこう続ける。
「でもさあ、ちょっと考えてみてよ。他人の能力でそれってできるのかな?」
「どういうことだよ?」
ユウがよくわからないと言った様子で聞き返す。
「例えばさ、クリークの能力で金庫に侵入できたとするだろ。でもクリークのさじ加減一つでそいつを金庫においてけぼりにすることだってできるはずだ」
「相手が複数人だったらどうするの?」
ミズハが尋ねると、それにチヨが答える。
「計画がクリークの能力に依存している時点で、クリークが優位さ。金庫に侵入させた時点でクリークは強烈な手札を引けるわけだ。僕を自由にしなければ、相棒は金庫の中だよってね」
クリークなら、そのぐらいやってのけそうな気はする。
「一見、密室への侵入に使えそうでも、リスキーでとてもやる価値がないわけさ。クリークを意のままに操れるなら別だけどね」
ユウが何か思い出したように話しだした。
「そういえば、あの男、クリークに首輪をつけてたぞ。突然出てきたように見えた」
「私も気になってたわ。あれでコントロールできるってこと?」
「何とも言えないねえ。憶測の域は出ないけれど、それが正しいとするなら、例え話が例えじゃ済まないってことさ。それだけじゃない。あらゆることに目を見張らなければいけなくなるよ」
そのとおりだった。クリークの能力を自由に使えるのなら、あらゆる閉鎖された空間に出入りできる。鍵や隔壁が意味を成さなくなるのだ。
「〈エデンの外〉も危ないのでは?」
僕が懸念を顕わにすると、やや間が空いて携帯電話からは笑い声が聞こえてきた。
「それは心配いらないよお。ここに誰かが収容されてるなんて、僕たち以外は誰も知らないことなんだ。それに、もし〈エデンの外〉を知っている人がいたとしても、そんな大がかりなことをしてまで脱獄させるメリットがないねえ。ほんの二、三日で日常生活に戻れるんだから。まあ、中には長期収容されてる反抗的なイマジン犯罪者もいるんだけれど、その知り合いが〈エデンの外〉を知っているって、どんな確率だい? ここが標的になるのは万が一もないことさ」
〈エデンの外〉から人が逃げ出したら〈ウィズダム〉の皆が困るだろうと僕は考えたが、それで生じる相手側のメリットまでは考えなかった。それを踏まえると〈エデンの外〉を標的にする理由は、確かに薄い。
「それに、クリークの能力をこの町で使ったら、間違いなくカナタちゃんが探知できる。なにより、俺が見張っているしね。巡回班への連絡もすぐにできる。心配ないさ」
「すみません。でしゃばりました」
いや、いいのさとチヨさんは軽く言った。
だが、見落としがある気がする。喉に小骨が引っかかっているみたいにすっきりしない。しかし、僕の思考はユウの言葉で遮られてしまう。
「俺たち、巡回中なんだよ。そろそろ行くわ」
「そうね。チヨさん、またね」
「そりゃ残念。でも、こればっかりは引きとめるわけにもいかないねえ。首輪の男やクリークの居場所がわかったら、すぐに連絡するよ。そんじゃ、いってらっしゃい」
通信が切れる。一度散ってしまった思考をまとめるのは難しかった。
「ヒロどうした。行こうぜ」
「ああ、すまない」
「ねえ、〈WIZ〉を見て。更新があるわよ」
見ると〈没落街 反応増加〉とある。
没落街とは〈エデンの外〉を含む、飾有町の東側一帯、つまり僕たちのいる場所のことだった。これは正式名称ではない。大きな建物が多い割にあまり人の立ちいらない区画で、寂れているためにそう呼ばれていた。実際、テナントの入っている建物はほとんどなかった。
「一番もやが濃いのは、あそこだね」
僕は地図と照らし合わせ、ここから何棟か先のビルを指した。僕たちはそこへ向かった。
ビルに近づくにつれ異様な雰囲気を感じるのは、人の気配がないせいだろうか。
ビル外部に異常は見られなかった。
ビルは三階建てだが、〈WIZ〉では反応の高度まではわからない。ここからは実際に中へ入り、自分たちの目で確認する以外ない。
「鍵は……」
ミズハが入口の汚れたガラス扉を押した。すんなりと開く。
「かかってないみたいね」
「管理はどうなってんだ? まあ都合がいいや」
僕たちはビル内部に入った。




