表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/150

欠落

 背の高い草がざわめく。淡い色彩の様々な光が周囲にゆったりと漂っている。

 ああ、これは夢だ。前にも同じ夢を見た気がするが、確証が持てない。

 僕は草をかき分け、前へ前へと進んでいく。やがて、急に視界が開ける。

 そこには一本の樹があった。いや、樹ではないのかもしれない。

 太いつるが何重にも絡まり合い、樹のような形を成していると言った方が正確だ。その蔓の隙間からは薄い青紫色の結晶がいくつも飛び出しており、それらは自ら光を放っていた。蔓は上へ行くに従って広がりを持ち、空を仰ぐと血管のように枝分かれした蔓が、結晶の光を伴いながらきらきらと視界いっぱいに広がっていた。

 これが何なのかという疑問の前に、僕はこの物体を美しいと思った。




 ――目を覚ますと、僕は入院患者が着せられるような淡い色のパジャマを着ていた。ラークの奥の部屋、ベッドの上だと気づく。

 上半身を起こしベッドの上で過ごしていると、軋むような音の後に衝突音が続いた。エレベーターが到着したのだ。

 にわかにその中が騒がしくなった。僕はその声の主たちをよく知っている。

「どうして一人でお見舞いに行こうとしてたのよ!」

「何度目だよ、その話。別に一人で行こうとしてたわけじゃないって。ミズハが行く気だって知ってたなら誘ったよ」

「行くに決まってるじゃない! もう、どうして一言確認できないのかしら」

「おい、ヒロが休んでるんだから、声落とせよ」

 僕はおかしくなって吹き出してしまった。

「おーい、二人とも。聞こえてるぞ」

 二人は赤面しながら部屋に入ってくる。カナタがくすくすと笑った。

 それをごまかすようにユウが話しかけてきた。

「ヒロ、調子はどうだ」

「もう何ともないよ。ヒカゲさんはすごいや」

 ヒカゲは相変わらずよくわからない本を読んでいて、ページから目も離さず、軽く手を挙げて応えた。

 僕の体は完全に治っていた。

 僕は気を失っていたので知らなかったが、内臓に穴が空き、口から血を吐くほどの負傷だったとヒカゲから聞いた。ユウとミズハは、かなり動揺していたらしい。

「よかった。心配したのよ。はい、これお見舞い」

 ミズハの持っている籠には、ブドウとバナナが入っていた。

「ありがとう」

 ブドウは新しそうだが、バナナは黒い斑点が浮かび始めていて、しかも房の切り取った痕がまだ新しい。どうやら家にあったものを、そのまま持って来たらしい。ユウがミズハに言われて慌てて用意した、そんな光景を想像した。だが、そんなことは気にならず、二人の好意が素直に嬉しい。

 丁度、お腹がすいていたので僕はバナナを剥き始めた。

 突然、ユウとミズハは真剣な面持ちになった。二人は顔を見合わせ、ユウがうなずいた。

「実はな、ヒロ。クリークがさらわれた」

 僕は思わず咀嚼そしゃくの速度を緩めた。

「ショックだ」

 僕は食べかけのバナナを籠へ戻した。

「……ショックだけど、それでも二人が無事でよかったよ。攫われたってことは、クリークは無事なのか?」

「気休めを言っても仕方がないから正直に言うけどな、今はわからん」

「そうか……」

「でも、あの男がクリークを殺さず、連れていったのは間違いないんだ」

「連れ去るのが狙いなら、すぐには危険にならないってことか……」

「安心はできないけど、たぶんそうだろうな」

 クリークがまだ生きている。これはいい情報だった。

 目を覚ましたとき、僕はクリークがいないことに気づいた。最後の光景、首輪の男がクリークを締めつけていたのが脳裏に焼きついている。彼がこの場にいないのを知り、当然、死んでしまった可能性も考えたのだ。だから、クリークがどうなったのか、自分から聞けなかった。結末を知るのが怖かったから。

 しかし、クリークはその場では無事で、連れ去られたと言う。ならば、助ける手段もあるはずだ。

 だが、好材料はその一点だけで、助けるには何らかの方法が必要だ。僕はその方法……イマジンを失ってしまった。ようやく二人と対等に協力しあえてきたと思ったのに。

 いや、それよりもクリークと心が通いつつあったのだ。最初は疎ましいやつだと思っていたが、今ではかけがえのない存在だ。その彼を失ってしまったことが、僕の心にぽっかりと穴を開けたようだった。

 僕はほとんど溜息のように、長く息を吐いた。その音は胸の穴を通り抜ける風だった。

「アキヒロ……」

 僕の様子を見て、ミズハが声をかける。

「大丈夫……ではないかな。でも心配はいらない」

 なるべく気丈に答えた。ミズハはかける言葉が見つからないようだ。ユウが会話をつないだ。

「カナタがイマジンでクリークを探してくれてる。きっと見つかるさ」

「うん……」

 しばし会話が途切れた。沈黙。ヒカゲが本のページをめくる音、カナタが打つキーボードの音。それさえも聞こえた。

「もう動けるのか?」

 ユウの問いに、僕はベッドから降り、軽く跳んで見せた。

「この通り。体は何ともない」

「そっか」

 ユウは少し考えるようなそぶりだ。

「なら今日の夕方から、いつも通り巡回に行こうぜ」

「危険じゃない? アキヒロには……」

 ミズハは焦って口を挟んだが、はっとして言い淀んだ。僕にクリークがいない現実を改めて突きつけてしまうと思ったのだろう。

「危険だよな。でも俺が守る。クリークを探そうにも、今は何かできる状態じゃない。だからって、ただ待ってたら腐っちまうぜ」

「何かしていた方がいいのはわかるけども。ねえ、アキヒロはどうしたいの」

 僕は考えた。ユウの言うとおり、何もできずただ待っていたら、おかしくなってしまいそうだった。しかし今の僕が戦闘に参加しても、足手まとい以外になるとは思えない。

「動いていたい気持ちはあるけど……僕が巡回に行っても役に立たないぞ?」

「そんなことないって。ヒロの観察眼がないとさ、俺たち突っこむだけだし」

「ちょっと、私まで一緒にしないでよ。でもアキヒロの推理がないと危なっかしいのは認めるわ」

「それでもいいのなら、行きたいな」

「よし! 時間はどうするかなあ。十六時ぐらいでいいか」

「いいんじゃない。アキヒロは昨日家に帰れてないし、その格好じゃあ、どうもね。一度、部屋に戻ったら?」

 僕は改めて自分の格好を見た。完全に寝間着だ。これでパトロールするのはかなり間抜けだろう。

「そうだね。丁度時間もあるし、一旦戻るよ。十六時に例の十字路で待ち合せよう」

 二人とも了解すると、皆に挨拶をして去って行った。僕は改めてヒカゲにお礼を言い、同じくラークを後にした。


 ユウが巡回を提案してくれたことで、僕は救われたと思った。足を引っ張りそうなのが心苦しいが、体を動かしている分には余計なことを考えずに済む。それに、クリークの情報が入ったとき、三人そろっていた方が動きやすい。町はずれのラークにいるよりも、ポイントに向かう時間が省けるメリットもあった。


 僕は部屋に戻るとシャワーを浴び、着替えた。パジャマは洗ってから返しておこう。

 することもないので時間まではゆっくりと過ごそうとした。

 部屋が妙に広く感じる。クリークがいないからだ。

 ……だめだ。ここにいると、どうしてもクリークのことを考えてしまう。

 気が滅入るので、僕はかなり早めに家を出た。


 十字路に着くと、待ちあわせの三十分ほど前だった。仕方なく、携帯電話をいじって時間を潰すことにした。画面に集中していると、声をかけられる。

「ねえ」

 あまり聞き慣れない、女性の声。声の方へ顔を向けると、なんだ、千輪トウコだった。

「こんなところで何やってるの」

 まともに会話するのはこれが初めてかもしれないと思いながら、今の状況をどう話していいものか考えた。まさかこの町を守るために巡回しているなどとは言えない。

「人を待ってるんだ」

 これは嘘ではない。

「そう」

 会話が終わってしまった。彼女が僕の顔をじっと見つめてくるので居心地が悪い。顔をそらすと、道の向こうからユウたちが歩いてくるのが見えた。

「ねえ」

 僕は顔をトウコの方へ戻した。

「不思議な力って、あなたは信じる?」

 どきり。

 イマガイズ、イマジン、イマジナル。いくつか思い当たる節があるが、どう答えていいのか、とっさに判断できない。彼女は何か知っているのか?

「おーい、ヒロ。待ったかー」

 やや遠くからユウが声をかけてきた。するとトウコは踵をかえして駆けだす。あっという間に路地を曲がって見えなくなった。

 僕はユウたちに手を挙げて合図する。

「結構早めに来たつもりだったけど、もう待ってるなんてね」

「誰かと話してなかったか? もう見当たらないけども」

 ユウは辺りを見回した。

「千輪さんだよ」

「え、なに話してたの」

「何か用事があったのか?」

 二人の目が好奇心できらきらした。

「うーん、そういう感じでもなかったんだけど」

 僕は口を濁した。

「話の邪魔したんなら悪かったなあ」

「うん、明日にでも聞いてみるよ」

 ユウたちはまだ興味があるようではあったが、それよりも今日の巡回をどうするかが僕たちには重要だったので、話は自然とそちらに移っていった。

 とは言っても巡回は巡回班全ての共同作業である。手薄なところの巡回に着くしかないのだった。仮に自由に選択できたとしても、クリークの手がかりがない今、どこが最適か選ぶことは難しい。それでも町をパトロールすることで何かが得られるかもしれない。僕たちはそんな淡い希望を持って巡回に臨んだのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ