強引なお別れ その一
狭い路地。まだ日は沈んでいないというのに、うっすらと暗い。狭い間隔の壁に繰り返し反射するように咆哮が響き渡った。
腕の長い、筋骨たくましい二足歩行のイマジナル。体長は二メートルを優に超えている。
イマジナルが長く太い両腕を振り下ろす。それを岸戸が受け止める。ただ受け止めたのではない。盾を加速させ、自ら太い腕に当てに行った。
重量と速度が生み出す予想外の反動にイマジナルの腕は大きく跳ね上がる。
「今だ! ミズハ!」
横道からイマジナルの背後へ北城が飛び出す。背中への強烈な回し蹴り。吹き飛ばしを大げさにする。胴体は弓なりに反り、イマジナルは岸戸へ向かって吹っ飛んだ。それに合わせ、岸戸が盾の重量を拳に乗せ、顔面へ直撃させた。大げさな加速を超重量が無理やり受け止める。
鈍い音がした。
イマジナルはうめき声を上げ、仰向けにひっくり返ると動かなくなった。
僕たちは要請を受け、商店街に来ていた。
報告を済ませる。アプリケーションに〈第六巡回班 飾有アーケード 解決〉の文字が現れ、イマジナルのマークが消えた。もう手慣れたものだった。
「特別、強くはなかったな」
ユウが言った。
「連携が取れていたおかげじゃないかな」
「慢心するわけじゃないけど、私たちが強くなってきてるんじゃない?」
「センセイがイマジンの扱いは経験だって言っていた意味が、体でわかってきてるとこだ」
「無理なく、効率よく使えるようになってきてるわよね」
「クリークがイマジナルをこの路地におびき出したのも正解だったしな」
イマジナルは最初、人通りが多く、開けたアーケードにいたのだ。
「長い腕が危険だと思ったからさ。想像を制限されていても通行人には配慮した方がいい。それに腕の軌道を制限できたら有利だ。狭い路地は両方を満たしていたんだ。クリークに伝わってよかったよ」
「おかげで上手い具合にやつの腕を弾けたぜ。ありがとな、クリーク」
「ふぎゃー」
クリークは前足で顔を撫でる。ユウに感謝され、ご機嫌なようだ。
巡回では近接戦闘能力、特に防御力の高いユウが先頭に立つ。その次に機動力、決定力を備えるミズハが続き、僕は彼らの後ろから周囲に目を配りつつ進む。個人の役割がはっきりしてくるにつれ、自然とこの陣形で巡回をしていた。
クリークはというと、好きにさせておいた方が、僕たちの目の届かないところで何かを発見したり、いい位置取りで景色の窓を開いたりしてくれる。そのため、あまり干渉せずに自由にさせていた。
僕たちはこのまま商店街を巡回する。
〈WIZ〉上の赤いもやがほんのりと表示されているものの、アーケードのある大きな通り、そこからいくつも伸びる路地共に異常らしい異常は発見できない。人通りがあるため見通しはよくないのだが、複雑な地形ではない。
今日の商店街はもう安泰だろうと思われた。
「元気そうだから聞かなかったけど、怪我はいいのか?」
僕はユウに具合を尋ねた。
「ああ。ヒカゲさんの薬はすごいぜ。朝になったら、どこを怪我したのかわからなくなってたよ」
「腕も拾ってくればくっつく、みたいな言い方していたけれど、誇張じゃないみたいね」
「ミズハ、だからって無茶するなよな」
「はいはい。心配なのはユウの方だわ」
最後の路地を確認し、もう巡回を終える雰囲気になっていた。またユウとミズハが楽しそうに言い合っていたので、僕は何となくそっちに気を取られてしまう。
和やかな雰囲気が、突然のクリークの悲鳴によって破られた。
はっと声の方を見ると、クリークが首根っこを掴まれてぶら下げられていた。激しく鳴きながら手足を振りまわしているが、いかんせん短い手足なので効果が出ていない。
クリークを捕まえているのは、あの首輪の男だった。感情を出さずに棒立ちするその姿に、僕の脇を冷たい汗が伝った。
この男は一体何なのだろう。纏っている雰囲気からして、ただ者ではない。
クリークが見えている。となるとイマガイズなのだろうか。巡回班全員と顔を合わせたわけではない。クリークが野良だと間違われ、捉えられた……とか?
男はクリークの首を掴む手に力をこめた。クリークは苦しそうにかすれた声を出し、前足で男の手をかきむしった。男はそれを気に留める様子もない。
首輪の男の正体はわからない。だが、考えるよりも先に、
「よせえ!」
僕は叫び、首輪の男の方へ駆けだしていた。
「ヒロ、待て!」
ユウの声が後ろから追いかけてきた。
次の瞬間、僕の視界はぐるり縦に回転する。帯を見た。真っ直ぐ、縦に伸びる青い帯。それが路地から見上げた風景だと気づくと同時に、背中に堅いアスファルトがぶつかってきた。喉を通って熱い何かが口腔にこみあげる。それは口から溢れ、仮面の下で僕の顔を生温かく伝う。空はもう見えない。




