空を覆うは葬送の調べ その六
辺りを羽音が支配していた。これは巡回班を地獄へ送るための葬送曲なのかもしれない。
「待ってください!」
捨て鉢で飛び上がろうとした北城をオウナが呼び止める。ハンマーで軽く北城を叩くと、その体に複雑な模様が現れた。
「やつらからとった模様。北城さんの体にたくさんの小型イマジナルをプリントしました。行くのは北城さん、あなた一人です」
オウナが囮になろうというのだった。北城は胸が熱くなった。
「オウナ、あんた……。いい? 私のことは、ミズハって呼んで」
「うふふ、わかりました。行ってくださいミズハ! さあイマジナル! 僕が相手だ!」
オウナがハンマーを振りまわす。
北城がイマジナルの群れに突っこんでいく。偽装が効いているのか、その動きに小型イマジナルが反応しない。
オウナのハンマーが小型イマジナルを何体か叩き潰す。しかし、次の瞬間、彼女の姿はイマジナルの大群に飲みこまれ、もう見えなくなった。
北城は全力で駆ける。飛び上がる。その動きを大げさに。イマジナルの層を突き抜けた。大型のイマジナルが、いた。
「あんたが出したんだから……。あんなにいっぱいイマジナルを出したもんだから、あんたは私が、見えない!」
大型イマジナルからは、イマジナルの群れより一部が逆走したように見えた。それは北城。彼女は弾丸のように突き進み、大型イマジナルに肉薄する。
大型イマジナルは首を傾げるような動作をした。
「今気づいたって顔ね。もう遅いわ」
北城の偽装が解けた。向かってくるイマジナルの相手で、オウナが手いっぱいになったのだろう。だが、十分だった。
北城は手のひらをイマジナルの顔面に叩きこみ、その揺れを大げさにする。イマジナルは一瞬だが知覚機能を失い、動けなくなる。目にもとまらぬスピードでがら空きの大きな腹部へ回りこむと、柔らかそうなそれに北城は瞬時に二発の拳と蹴りを叩きこむ。変形の強化。
どぱ。
一拍置いて、大型イマジナルは内側からはじけ、まだ蛹の小型イマジナルを飛び散らせる。胴体からはがくりと力が抜け、足の間に顔をはさむようにして動かなくなった。
うつむき加減で倒したイマジナルを見下ろす北城。面の前にだらりと帯が垂れ下がった。
「子分にまかせっきりじゃなく、自分でも戦おうと思ったなら、わからなかったのに」
大型のイマジナルが倒れると、小型イマジナルは、動力を失ったように墜落し始めた。
その落ち行く残骸の向こうにオウナ、そして岸戸、皆瀬とクリークが見える。岸戸とオウナは怪我をしており、特に岸戸は背中に何か所も傷を負っていた。
「おい、ミズハ! やったな!」
岸戸は案外元気そうだ。
「何とか間に合ったわね。みんな無事?」
「終わったんですね。僕は大丈夫。ちょっと噛まれましたけど、これならヒカゲさんがすぐに治してくれますよ」
「ユウ、僕をかばったせいで」
「ヒロ、それは言いっこなしだ。おまえがいたから最後まで気張れたんだ。一人だったら、とっくに気持ちが折れてたよ」
怪我をしているとは思えないほど力強く、皆瀬の肩を岸戸は抱き寄せる。
「相変わらず仲がいいわね」
「茶化すなよ、ミズハ」
気恥ずかしくなったのか、岸戸は皆瀬から離れる。皆瀬が〈WIZ〉で完了を報告した。〈第03班 番条ビルエリア 解決〉、そして〈第06班 番条ビルエリア 解決〉という表示が並んでいた。
「イマジナルの反応は消えた。正式に解決だ」
それぞれが歓声をあげる。皆から、ようやく緊張が解けたようだった。次々に想像の仮面を解除する。
「早めに傷を診てもらった方がいい。戻ろうか」
「ふぎゃー」
皆瀬の意思をくんだように、クリークが新しい風景の窓を開く。番条ビル正面から見た大通りだ。クリークが駆けだす。岸戸は足を負傷していたので、皆瀬が肩を貸す。
一行はクリークを追って風景をくぐった。
風景の先には日常が広がっていた。
何も知らず、気づかずに行きかう人々。西の空がまぶしい。僕たちがこの日常を守ったのだという、確かな実感が湧いてきた。
人々の先から、見慣れた人物がこちらにやってくる。よれたコートに汚れたブーツ。無精ひげの男。
「センセイ!」
僕たちは声を上げる。センセイの後ろには、素顔は初めて見るが、ハスバがいた。
「センセイ!」
今度はオウナが声をあげた。
「おめえら、上手くやったみたいだな」
「カナタから連絡があってな。すぐに向かってきた」
「ジョウはお節介だからな」
ハスバがくくっと笑った。すかさずセンセイが言い返す。
「傷の治療もそこそこに、ここへ向かって行ったのは誰だったかな」
「うるせえな。包帯巻いたら具合がよくなったんで様子を見に来ただけだ。オウナが迷子になっても困るしな」
「そんな、酷いです。僕は迷子になんてなりませんよ!」
ハスバはオウナの傷に気がついたようだ。
「怪我してるじゃねえか」
「へっちゃらです」
「戻るぞ」
ハスバの態度はぶっきらぼうだが、オウナのことが心配でしょうがないらしい。
「岸戸は脚を怪我しているのか。皆瀬は疲れているだろう。肩は俺が貸す」
「すみません。では交代お願いします」
「面目ないっす。やられちまってよ」
「いや、立派だよ」
センセイは頬笑み、岸戸に肩を貸した。僕たちはラークへ向かって歩き出す。
僕はふと視線を感じ、左右を見渡した。すれ違う人の列の先、路地からこちらを見ている男がいる。首輪をつけた男。僕は思わず立ち止まる。クリークは僕の後ろにさっと隠れた。
「皆瀬、どうした」
センセイが僕に声をかけた。
「いえ、見た顔があったので」
男は路地の奥へと消えた。僕は再び歩き出す。
「知り合いか?」
「違います。でも気になって」
「ああ、あの男か。公園であったっていう」
「首輪をつけた変なやつよ。前も見たって言ってたわね」
何の確証も具体性もない、もやもやとした不安。妙な胸騒ぎがした。クリークがか細い声を出した。




