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空を覆うは葬送の調べ その五

 不思議な感覚だった。風景の歪みは窓のように小さなものだ。だが、そこに足を踏み入れた瞬間、視界にその別の風景がくっきりと一瞬で広がった。

 端は柵で囲まれ、階段に続くと思われる扉がある。空調用の室外機らしい箱が間隔を開けていくつも並んでいる。ビルの屋上らしい景観だ。

 振り返ると、皆瀬たちが元いた場所が風景の窓として残っていた。

 最後に窓をくぐったのはオウナで、その際に彼女以外の偽装は解除される。屋上は白く塗装されている。ここでは意味がないのでオウナも黒い偽装を解く。

 オウナが到着してややすると、風景の窓は歪みを強め、何が映りこんでいるのか判別できないほどになると、しぼむようにして消滅する。

 イマジナルの群れが皆瀬たちに気づく。いや、気づいたのは屋上の端にいる大きなイマジナルか。


 それは飛びまわる無数のイマジナルによく似ていた。異なるのは大きさと、膝を立てて座ったような格好をしていることだ。休んでいるのではない。その体勢しか取れないのだ。腹の部分は大きく膨れ、地面に接している。そこにはいくつもパイプ状の穴が開いていて、それぞれから大砲のように小さなイマジナルを射出している。

 こいつが小型イマジナルの発生源で間違いない。


 親玉イマジナルが前脚で口元を撫で上げ、門のような歯をガチガチと噛み合わせる。

 それに呼応するように、イマジナルの雲が一つの意思を持って伸び、雪崩れるようにメンバーに向かう。

「勢いで来たのはいいけど、この状況……受けに回ったら長くは持たないわね」

「あの大きいのが親玉だ。元を断たなければ確実に負ける。小さいイマジナルは僕とユウ、そしてオウナで引きつける。ミズハは素早いし、決定力もある。大きいのを頼みたい」

 北城の返事を前に、イマジナルの群れを叩き伏せながら岸戸が口を挟む。

「いーや、囮は俺とヒロで十分だ。でかいのが優先だって、俺にもわかる。オウナもミズハと行ってくれ」

「わ、わかりました!」

「任せて。行くわよ、オウナ!」

 北城が駆け出し、その後からハンマーを構えたオウナが追う。


 二人が大型イマジナルに向かっていく。皆瀬は言う。

「よかったのか? 僕だけじゃユウの背中は守りきれないぞ」

「いいじゃねえか。俺の見せ場だぜ。ヒロ、あんまり俺から離れるなよ」

「ああ。クリーク、ユウに協力してやってくれ」

「ふぎゃん!」

「時間いっぱいだ。やるぜ。鬼さん、こちらですよっと!」

 岸戸が両腕の大きな盾を何度か打ち合わせる。超重量同士がぶつかり合うエネルギーが激しい音となって響き渡る。

 ミズハ達に向かっていた群れの一部が、それにつられて進路を岸戸に変えた。

「来るぞ!」

 皆瀬が叫んだ。


 北城とオウナは大型のイマジナルに向かって進んでいく。しかし群れの密度は予想以上で、それを割るように倒し、進んでいく必要がある。どうしても進行が遅くなった。

「ユウたちがかなりの数を引きつけてくれてるみたいだけど、それでも多いわね。このままじゃ行くのも引き返すのも無理になるわよ」

 北城が手刀で目の前を薙ぎ払い、道を切り開く。オウナがそのスペースに滑りこむ。

「岸戸さんたちも頑張っています。彼らの頑張りを無駄にしないためにも、僕たちが進まなくっちゃ!」

 オウナがハンマーを振りまわし、周囲のイマジナルを倒す。ハンマーに布が吸いこまれる。すかさずミズハが前進する。

「なかなか胆が据わってるじゃない。そういうの、嫌いじゃないわ。行ける所まで行ってやりましょ」

 そう言うと北城が先行する。覚悟を決めた鬼が道を切り開く。そのなびく髪と帯を追うように、ハンマーを振るいながらオウナが駆け抜ける。


 皆瀬と岸戸は小型イマジナルへの陽動を続けるが、想定よりも北城たちに向かう群れを引き離せない。

「こっちの意図がばれているのか?」

「わからないな……。少しはミズハたちの負担が減っていると! いいんだが!」

 前衛の岸戸が盾を振りまわし、向かって来る一団を一掃しようとする。落とし逃した敵はクリークが引っ掻き、噛みついて倒す。それでも岸戸にくっついてしまったイマジナルは、皆瀬が素手で引きはがし、地面に叩きつけ、踏みつぶす。

 あまり引き離せていないといっても。イマジナルの大群全体に対する割合だ。皆瀬たちに向かってくる敵の数も尋常ではない。

 だんだんと撃墜する時間よりも、岸戸の攻撃をすり抜け取りついた個体を処理する時間、体勢を立て直す時間が多くなってきている。倒しても倒しても減らない圧倒的物量に加え、二人と一匹の体に疲労がたまりつつあった。もう長くは持ちそうにない。

「まだ! まだだ!」

 自分を、そして皆を鼓舞するように雄たけびを上げる岸戸。盾の一撃が小型イマジナルのグループを薙ぎ払う。皆瀬とクリークは岸戸と自分たちに張りついたイマジナルを引きはがす。優先度なんてものはない。目についたらものから引きはがす。それでも、追いつかない。

 岸戸の太ももについた一匹が、大きく口を開ける。それに気づいた者はいなかった。


 背水の構えで勢いを増し、敵陣を割り進む北城たち。しかし大型のイマジナルに近づくほど敵が密集しており、だんだんとペースが落ちてしまう。

「あと、もう少し、だってのに」

 飛び交うイマジナルの向こう側、ぼんやりと大型のイマジナルが目視できる。小型のイマジナルに阻まれなければ、一足飛びに到達できるところまで来ている。

 だが、敵の攻撃の激しさが増していく。もはや北城とオウナは防戦一方で、完全に足が止まってしまう。

 北城は一か八かの賭けに出ようとする。足に力を溜め、そのまま上空に飛び上がるつもりだ。

 寄ってきたイマジナルらを一気に振り払い、そのまま大型イマジナルに飛びかかれる可能性はある。だがそれよりも高い確率で、身動きの取れない空中で敵の的にされてしまうだろう。だが、オウナに向かう敵の数は減らせる。層が薄くなれば、オウナが大型イマジナルへの道を突破する。北城はそう考える。

「やるしかない」

 北城が深呼吸した。


 岸戸ががくりと膝を折る。

 クリークが岸戸の太ももに取りついた小型イマジナルに気づき、ひっかきいて地面に引きずり落とす。遅かった。見る見るうちに血が滲んだ。

 もう彼らは囮ではない。小型イマジナルの標的だった。向かってくるイマジナルを叩き落とすのではなく、取りついたものを引きはがし、その後から取りついたものを引きはがす……その繰り返し。

 岸戸の機動性はもうなく、位置取りもままならない。この物量では、どこにいても一緒なのが悲観的慰めだ。

 やられるのは時間の問題だった。それでも岸戸は皆瀬とクリークを守り続ける。

「ユウ!」

「平気だって。ヒロはなにも心配しなくていい」

 岸戸のイマガイズから大量の蒸気が噴き出す。両腕にそれぞれ固定された巨大な盾。それらで皆瀬とクリークを抱きしめるようにうずくまる。

「おい、よせ! ユウ!」

 無数の小型イマジナルが唸りを上げて飛びかかる。生きた黒い雲に飲みこまれ、二人と一匹の姿が見えなくなる。

「……ミズハ、オウナ……。頼むぜ……」

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