空を覆うは葬送の調べ その四
番条ビルの上空では、厚い層のようにイマジナルが飛びまわっている。その下で人々が何事もなく生活しているのが不思議なほどだった。
「ここからだと空がほとんど見えないわ」
「町の人は、こんなことになっていても、まるで気づかないんだな。調子狂うぜ」
「気づかないからこそ、彼らがイマジナルに襲われることはないし、僕たちがイマジンを使って怪しまれることもないのだけれどね」
「実際に目の当たりにすると、なんだか落ち着かないわ」
飛び交う無数のイマジナル。その下で営まれる日常。自分たちにとって都合はいいのだが、それでもなお、どこか釈然としないものを皆瀬たちは感じていた。
「暗くなると、町の人の想像力も高まってきます。そうなると、このレベルのイマジナルは簡単に認知されてしまいます。急ぎましょう」
「どうやら、一番群れが濃いのは、このビルの上だ」
皆瀬がビルの屋上を指差す。
「屋上……ですか?」
オウナがなぜか慌てる。
「ビルに入って、屋上を目指そうぜ」
「そうね。行きましょう」
「ちょ、ちょっと待ってください! ビルの前を見て」
ビルの前はアスファルトではなく、白っぽいブロックが組み合わさった歩道になっている。
「あそこに入った時点で、アスファルトを模したテクスチャの意味がなくなります。切り換えるための数秒間、どうしても無防備になってしまいます」
「一部が向かってくるぐらいなら倒しきれるわ」
「間に合わなそうだったら、すぐにビルに入ればいいしな」
オウナは緑っぽい色のイマガイズを大きく横に振った。
「問題はそこなんです。ビルの中ってのがまずい。ビルのオフィスみたいな複雑な景観の場所では、ほとんど偽装の効果がなくなります。僕らに気がついたイマジナルを、僕たち自らがビルの中に引き入れることになってしまいます」
「一般の人は気づかないことで守られてるんだろ?」
「僕たちの超常的なイマジンや身体強化は、あり得ないこととして一般の人には気づかれないでしょうね。でも、僕たち自身が見えないわけじゃない。何人もの見知らぬ子供がオフィスビルに入ってきたらどう思います? 一体誰なんだとみんなが想像してしまう。そこにイマジナルの群れが殺到してきたら……」
「わずかとはいえ想像をかきたて、狭い空間、そして大量のイマジナル。認知には十分ってわけね。でも、隠れたときみたいに入り口を塞いだらいいんじゃないかしら?」
「ビルの中の彼らが認知していないから、人もビルも無事なんです。ほら、僕とセンセイが隠れていた建物の入り口は壊れていたでしょう?」
言われてみると、第三巡回班の潜んでいたビルの扉はボロボロに壊れていた。
「あれはイマジナルが噛みついて破壊したんです。やつらはもろいですが、あの噛みつきは侮れない。僕らが何とか隠れられたのは、必死で視界に入るイマジナルを殲滅し、次の群れが来る前に入口を塞いで、やつらの目を欺けたからなんです。このビルはガラス張りで、外から丸見えですからね。すぐに見つかります。入口を塞いでも、作った壁かガラスが破られてしまうでしょう」
オウナはためらいがちに言葉を紡ぐ。
「最上階まではエレベーターが直通のはずです。後は階段を一階分上るだけ。犠牲を顧みないなら、屋上にたどり着くことはできます。どうしますか?」
「それはだめだ。仮にそれが最善だとしても、僕には選べない」
だとすると困った。皆瀬たちは何か策がないかと考える。ここはビル外で高い建造物が密集しているが、番条ビルは周りの建造物に比べて頭抜けている。北城のイマジンでも飛び移れそうにない。そして壁面は開放的なガラス張りで凹凸がほとんどない。壁を登っていくことも不可能だった。
「参ったな。結局、応援を待つしかないのか」
「町を守るために犠牲を出すんじゃ本末転倒だものね……」
北城は自分に言い聞かせるように言う。
「ここまで来て、何もできないのかよ」
岸戸は見るからに悔しそうである。
「すみません。建物の中を通ることは考えてなかったので」
オウナはしょぼくれてしまう。口々に慰めたが、どうしようもないことは事実だ。
イマジナルの群れがさらに濃さを増す。応援が来たところで、この状況を打開できるのだろうか。周囲を取り巻く羽音が、否応なしに一同の不安を煽った。
一様にビルを見上げていた。どんなに時間をかけてしっかりとビルを観察しても、中に入らなければこのビルの屋上には出られないと再確認するだけだ。もう応援を待つしかなく、待つ間の安全の確保へと皆の思考が移ろうとしていた。
「ふぎゃ、ふぎゃ」
突如クリークが鳴く。ついて来いという様子で、振り返りながら皆瀬たちから離れていく。
「こら、あまり離れると危ないわよ」
「どうしたんだろう?」
クリークの周囲が歪み、カモフラージュが解除される。歪みが形を成し、別の風景が見える。
「なんだあれ。オウナのイマジンか?」
「いえ、僕は何もしてませんよ。なんだろう」
風景には柵が見える。地平に広がる建造物。どこか高いところだ。ちらちらと何かが飛び交っているのが見る。
「これは、まさか、ビルの屋上なのか?」
「イマジナルも見えます。ああっ、偽装が解除されて、襲われていますよ!」
クリークに向かって多数のイマジナルが襲いかかる。クリークはそれを必死に避けたり、叩き落としたりしているが、到底持ちそうにない。
「クリークがまずいぞ! なんだかわからねえけど、行ってみるしかねえな!」
岸戸が蒸気とともに盾を発現させ、そのまま風景に飛びこんだ。同時に全身を包んでいたアスファルトの質感が消える。
距離が離れると偽装が解除されるとオウナは言っていた。風景の先がどこか離れた空間に繋がっているのは間違いない。
岸戸はクリークに向かうイマジナルの群れに盾を叩きこむ。クリークも守られるだけではなく、必死に残りを撃墜している。だが、どう見ても手数が足りていない。
「あの直進バカ! なにも考えなしなんだから!」
悪態をつきながらも、北城は風景の歪みに飛びこんでいく。
「僕らも続こう!」
「いつでも行けます!」
クリークが危険を承知で案内してくれたのだ。向こうには必ず何かがあると皆瀬は確信した。
皆瀬らも風景の窓に飛びこむ。




