空を覆うは葬送の調べ その一
僕ら第六巡回班は住宅街を回っていた。
その西、番条ビルという大きなビルがあるが、その周辺エリアには第三巡回班が要請を受け向かったようだった。
住宅街にはイマジナル、大きな想像力の反応ともになく、日常そのものだった。少なくとも一般人にとってはそうだ。
「町を巡回してみると、イマジナルってあちこちにいるのね」
野良の犬や猫と同じぐらい、〈WIZ〉には表示されない無害なイマジナルが町で生活しているのだった。
「ほら、あの塀の上にもいる」
羽の生えた猫のようなイマジナルが塀の上をゆっくりと歩いていった。
「イマジナルも普通に生活しているんだね」
「ほとんどのイマジナルは見た目こそ特殊だけど、犬や猫とあまり変わらないのよね」
「〈WIZ〉に表示されるやつは、もっとこう、明らかに危険そうだもんな」
人々はあり得ないもの、イマジナルに気づかない。僕の肩に乗っているクリークにも。イマジナルの方でも、あえて人間と接触しようと試みる個体はほとんどいなかった。その様子は、どこか諦めているようにも見えた。
「私、この任務に着けてよかったな」
ミズハは両手を組み、上に向かって伸びをした。
「どうしたんだ、急に」
「前に武術を習っていたときは、どうしてこんなことをしなきゃいけないんだろうって思ってたの。他の子が遊んでる中、毎日毎日稽古してさ。はっきり言って人生を無駄にしたと思ってた。でも、今はそれが役立ってる。これが私に合ってるって気がするのよね。イマジンに感謝しなくちゃ」
「ミズハは最近、生き生きしてていいと思うよ」
「そう? ありがと、アキヒロ。イマジンのおかげで、ユウが悪いことしたらお仕置きできるしね」
「してないって!」
「何を慌ててるのよ。したらって言ったでしょ。さては何か隠してるわね」
「してませんよ」
「丁寧語になるなんて怪しい」
「そう言えばさっき、ユウがミズハの鞄の中を見てたよ」
「ふぎゃん」
肯定するようにクリークが鳴いた。
「そんな、ヒロ! クリークまで!」
ミズハが鞄を確認する。
「ちょっと! 私の『シュワジュワワ』勝手に食べたでしょ!」
「数を覚えてるのかよ!」
「半分も減ってればわかるわよ!」
住宅街にユウの悲鳴がこだました。
『シュワジュワワ』とはグミのことだ。二センチぐらいの輪っかの形をしていて、炭酸飲料とフルーツの味が半々になっている。名前の通り、炭酸のシュワッとした刺激と、フルーツのジュワッとしたジューシーさが特徴だ。コーラレモン、ソーダメロン、ラムネオレンジなどのバリエーションがある。半分づつ味を分けて食べてもいいし、一気に口に入れて同時に味わってもいい。ハードな噛みごたえで、女性だけでなく男性の人気も呼んでいた。
ユウはミズハに強烈なデコピンをもらっていた。
「痛てえ。ヒロ、血が出てないか?」
「出てないよ。赤くはなってるけど」
「ちぇー。加減しないんだもんな」
「勝手に人のものを食べるからでしょ。言えばあげたのに」
「じゃあくれ」
「はいはい」
ミズハはグミを一粒、ユウの手のひらに置いた。
「アキヒロも食べる?」
「おいしいぞ。炭酸の部分がビリッとして癖になるんだよなー」
「もらおうかな。ありがとう」
クリークも欲しがったが、グミはあげていいものか迷ったのでやめておいた。喉に詰まるかもしれないし。少しかわいそうなので、帰ったらハムを上げる約束をした。理解したかは、わからない。
僕たちはグミを噛みながら巡回を続けた。地図上で見ると、住宅街にはうっすら赤くなっている場所がいくつかある。その比較的もやの濃い場所は、人が何人か集まっているのが原因のようだった。野良のイマジナルたちに特別変わった様子もない。
「平和だな。いや、いいことなんだけどさ」
僕の携帯電話が震えた。
「何かしら」
ラークからだ。すぐに応対した。
「はい、こちら第六巡回班」
「カナタです。すぐ出てくれてよかった」
「何かありましたか?」
二人にも関係ありそうだ。スピーカーモードに切り替える。
「君たちの隣のエリアに第三班が向かったのは知っているよね。彼らと連絡が取れないの。イマジナルの反応も消えていないし……」
ユウとミズハがアプリの地図を確認した。
「えっと、交戦してから……えっ! 一時間以上たってるわよ」
「おいおい、妙にイマジナルのマークが大きくないか?」
表示されているイマジナルのマークは、普段見かけるサイズよりかなり大きい。
「他の二人も一緒だね。第六班には、番条ビルエリアの偵察に向かって欲しいの。GPSは生きているし、イマガイズやイマジンの反応も検知されてる。三班はまだ無事だと思うの。でも、この一時間でイマジナル周辺の反応強度が五倍以上になってるんだ。何かが起きてるのは間違いないよ」
「了解しました。ただちに向かいます」
「気をつけてね」
通話終了。アプリに〈第六巡回班 番条ビルエリア 要請〉と表示された。
「救出任務とは、燃えてくるね」
「違うわよ。偵察だからね。でも、無事なら助けなきゃ」
「急ごう」
僕は仮面を装着した。ユウとミズハの顔が一瞬でイマガイズに覆われた。三人と一匹が駆け出した。
ある建物の内部、閉鎖された部屋に潜む二人。第三巡回班である。
足を投げ出し、壁にもたれかかる男。腹部に手を当て、そこからは血がにじんでいた。
彼のイマガイズは機械仕掛けのように見える。顔を四分割するように十字のフレームが走っており、その右上と左下は鼠色の金属板で覆われている。その目と口の部分に縦のスリットが等間隔で並ぶ。残りの部分は真鍮色の歯車やワイン色を帯びた黒い発条がむき出しになっていて、それらの機械部品に組みこまれるようにして、目や歯が顔のあるべき位置に存在していた。耳のある位置からは歯車が半分突き出していて、がらがらとわずかな音を立ててゆっくりと回転している。
男の目は閉じられている。
「センセイ、しっかりしてください。死んだら嫌です」
男はゆっくりと目を開いた。
「うるせえ。響くから黙ってろ。どうしようか考えてたんだ」
「ううう、僕のせいですみません」
「ケータイを充電してないとは呆れたやつだ。俺のは落としてきちまったし、責められた立場じゃないがな」
「……すみません」
「もういい。それにお前がいなかったら、とっくにやられていた」
壁の向こうで、わんわんと何かが唸りを上げていた。
「だが、打つ手がないのは参るぜ」
しょげかえる少女の顔にもイマガイズがある。
逆三角を土台にした仮面だ。山が上部に二つ、真横に突き出るように一つづつあるので、角ばったハート型にもみえる。ぐりぐりとまるい大きな目がある以外、のっぺりとしている。上部は真夏に生い茂った草葉のような鮮やかな緑色だが、仮面の半分より上あたりで、それが崩れるように下部のモザイクに飲みこまれていく。モザイクの色は多種多様で何色だと断定するのは憚られた。遠目で見ると灰色っぽく見えるが、その詳細は実にカラフルだ。
そして少女の手には柄が一メートル以上もある大振りのハンマーが握られている。ハンマーの頭は土管のように中空になっていて、目の細かいタイル張りのような格子模様をしている。
これが少女のイマジンなのだろう。
少女はハンマーを下ろすと、それを抱えこむようにして座りこんだ。男は再び目を閉じた。




