手練 その二
僕たちは巡回を終え、ラークでイナリに飲み物をご馳走になっていた。
クリークは僕の膝の上でうとうとしている。
「ジョウさんなしでの巡回はいかがでしたか?」
イナリはいつも通りの笑顔で尋ねた。
「不安もあったけれど、何とかなりそうだわ」
「今日は快勝だったしな」
「ユウは油断していると、また危なっかしいことになるよ」
イナリは二度うなずくと、それはよかった、と言った。
からんころん、とドアベルが鳴った。
クリークがぱちりと目を開けた。僕たちは振り返った。
最初に入ってきたのは、白髪が混じり、銀色にも見える髪を後ろに撫でつけた中年男性だ。年齢の割に引き締まった体をしている。きっちりしたスーツを身にまとい、靴やネクタイまで隙がない。手にはぴっちりとした手袋をはめている。防寒用にしては薄手だ。
この男の表情は柔和だが、それでもなお、生きてきた重みとでもいうのだろうか、一種の迫力を漂わせていた。ただ者ではない。
ドアの閉まらないうちに、続けて二人が入店した。若いが、確実に成人は迎えているとみえる男女だ。
精悍な顔つきの男性は、カジュアルなジャケットとジーンズ、そしてスニーカー姿だが、どこか神経質そうな印象を受けるのは、彼がしかめっ面をしているためだろうか。
女性は薄手の七分丈ニットに、サスペンダーで吊ったぶかぶかのカーゴパンツ、靴はかなりごついブーツを履いている。健康的な日に焼けた肌と頭の高い位置でまとめた髪が、いかにも活動的な印象を与える。ニットの胸のあたりが破れて穴があいているが、これはファッションではなさそうだ。
おそらく巡回班だろうと、僕は当たりをつけた。イナリに紹介してもらおうと彼を見たが、それよりも先に中年男性が話しかけてきた。
「君たちが第六巡回班かね」
「あ、はい。そうです」
突然のことに緊張して、ついつい間の抜けた返事をしてしまった。
「私たちは第一巡回班だ。〈ウィズダム〉が今のシステムになってから、もっとも長く、そして多くの巡回任務をしている。私はセンセイのエチゼン。後ろの二人はクリンとアケビだ。よろしく」
エチゼンは手を差し出した。握手を求めているのだ。僕たちは彼の手をそれぞれ握り、自分たちの名前を伝えた。
クリンは、エチゼンの横に進み出ると口を開いた。
「それで、君たちはセンセイなしで巡回しているんだってね。大丈夫なのかい」
「大丈夫さ。今日だって、俺たちだけでイマジナルを倒したんだぜ」
「遊びじゃないんだ。命の危険だってあるんだぞ」
その口調に、僕たちを心配しているというより、見くびっているようなものを感じた。
「ご忠告どうも。でも、心配いらないわ。センセイだって認めてくれたんですもの」
ミズハがツンと言い返した。
クリンが何かを言おうとした、そのとき、エチゼンは彼の口に触れる。
「もが、もがもが」
白い膜がクリンの鼻と口を覆っていた。
「クリンはこう言いたいのだ。君たちが心配だ、何かあれば力になる、とね。そうだろう?」
白い膜がパチンと外れた。
「ぶはぁ! セ、センセイ! 私は子供ではないのですから、イマジンを使わなくともわかります! ……おっしゃることは、そのとおりですが」
「こいつ、ちょっと素直じゃないんだよね。戦いとなるとそうでもないんだけどさ」
アケビが笑いながら言った。クリンは顔を赤らめた。
「こ、こら。余計なことを言うな」
「そういうわけだ。君たちのセンセイはジョウ一人だが、私たちのことも頼ってくれて構わないからね」
「ありがとうございます」
僕たちは素直に礼を言った。
僕たちのセンセイの話を聞く限りでは、巡回班同士にもっと距離があるのかと思っていた。だが、目の前のエチゼンという男は、全くの紳士で友好的だ。クリンの言葉は心配の裏返しで誤解だとわかったし、アケビは竹を割ったような性格でとっつきやすかった。
「イナリくん、飲み物を」
エチゼンが言った。
第一巡回班もカウンターに座るらしい。僕たちは左に詰めて座り直した。
彼らは、最も長く巡回任務についているというだけあって、豊富な経験を積んでいた。特にエチゼンの知識は潤沢で、色々な体験や知識を披露してくれた。
例えば、こんな話である。
「君たちは、なぜイマジナルに血や内臓がないか、知っているかね。……大丈夫だ。気持ちの悪い話にはならないよ。それは、彼らを想像するときに、必ずしも血や内臓が必要なわけではないからだ。例えばだ、ユニコーンを想像する場合に血が何色だとか、体内にはどんな器官が詰まっているかまでは考えないだろう。想像カスにも、それは当てはまる。ほとんどの想像カスには血や内臓といった情報が含まれていない。漠然とした想像の切れはしだ。だからイマジナルにもそれらが存在しない。
ここで逆に考えてみたまえ。イマジナルに血や内臓が存在するとしたら、もっと言うならば、イマジナルに備わっている全てには何かしらの意味があるのだ。何一つ無駄なものがない。血があれば、それが毒かもしれないと想像し、内蔵があれば、それで火を起こすのだと想像する。そんな想像力が、イマジナルの特性や能力のいち早い特定につながる場合があるかもしれないね」
ただの蘊蓄ではなく、さりげなく役に立ちそうな情報をからめてくるので、僕たちはエチゼンの話に興味津々だった。
もっと聞いていたかったが、時間は止まってくれない。日が暮れてしばらく経つ。あまり遅くなる前に、僕たちはイナリと第一巡回班に別れを告げ、帰宅した。
ドアベルの音を聞きながら、エチゼンは手のひらを見つめた。
あの三人、皆瀬、岸戸、北城と言ったか……。
彼らの手は若く、小さい。だが、力強かった。その感触が今も手に残っているようだと。
「センセイ、どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
「あれ? もしかしてセンセイ、笑ってる?」
顔に出ていたか。
エチゼンは何も言わず、グラスを傾けた。




