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手練 その一

 僕らの前に、イマジナルがどうと音を立てて倒れた。

「やったわね」

「二日目ともなると、勝手がわかってくるな」

「そうはいっても、ユウはやられそうだったじゃないか。ミズハがユウを突き飛ばしてくれなかったら、大怪我してたかもしれないよ」

 僕は解決を報告しながら言った。

「イマジンを過信しすぎてたぜ。次からは、無茶しないようにするからさ」

「ずいぶん殊勝ね。普段しない、こういう態度のときが危ないんだから」

 そんなことをいいながらも三人には余裕があった。

 ユウのイマジンの防御性能は大したものだった。質量で負けていない限り、押し負けない。もともと高い強度に加え、破損してもすぐ新しい盾に切り変えられるので、性能に揺らぎがない。安心して防御を任せることができた。

 甲虫のイマジナルのときこそ、ミズハの攻撃性能は目立たなかったが、肉弾戦が通用する相手にはやたらめっぽう強いことが判明した。今の戦いでも、隙をついて拳で突くこと二回、止めに胸の下を蹴っただけだ。それだけで三メートルはある巨体が動かなくなったのだから、恐ろしい威力である。スタミナ切れしやすい欠点はあったが、ミズハの武術と合わさり、攻防一体の強力なイマジンになっていた。

 僕となると、今回はあまり役立てなかった。同じぐらい、クリークも役に立っていない。だが、クリークは今回は怯えずに立ち向かった。二秒後に弾き飛ばされて、ふぎゃふぎゃと僕の元に帰ってきてさえいなければ、大きな進歩と言えただろう。

 クリークには何か能力があると、僕は今でも確信しているが、こんな調子では仲のいいネコ止まりである。ユウとミズハが明確に貢献しているので、少し歯がゆい思いだった。




 住宅街。

 薄闇を白面が走った。

 頭部全体を覆う真っ白な仮面は、皮かラバーのような光沢があった。目の部分だけが丸く空いているが、真っ暗な穴のようだ。顔の輪郭に沿って銀色のビスが等間隔に並ぶ。

 イマガイズに他ならない。彼の手もイマガイズと同じような材質の手袋で覆われている。

 白面は飛びあがる。かなりのスピードだ。それにもかかわらず、大きな影が肉薄する。


 首の長い鳥のようなイマジナル。長く鋭いくちばしが開閉する音がカカツ、カカツと二重に聞こえる。それも当然で、首は二本あった。上半身はすらりとして羽すらない。もしかすると、首ではなく二本の腕の先に鋏がついているのかも知れなかった。下半身はサイズの合わないスウェットのようにだぼっとしていて、先にはオレンジの鱗に覆われた三本指の足がついている。見た目は珍妙だが、その太い指は地面をしっかりと捉え、追跡に十分な加速を生みだしていた。


 異形が空中の白面に向かって飛びかかる。二本の首……としておこう、それらをぐにぐにと振り回し、一本が白面の上方、もう一本が下方から同時に襲いかかった。

 白面のとった行動は嘴を受けるでもなく、逸らすでもなかった。ただ、それらに触れる。すると、二つのくちばしの間に白い膜が張る。膜は縮むようにして二つの頭を引っ張り、そこをさらに白面が触れる。新たな膜が出現し、二つの頭をぐるぐると一つにまとめてしまった。

 白面はそれを脇に抱えると、そのままアスファルトに叩きつける。先ほどの移動速度もだが、明らかにサブで身体強化がされている。嘴の一本が音を立ててへし折れた。

 イマジナルは二本の首の力で白面を放り投げると、嘴をバチンバチンと動かし、白い膜をずたずたにする。辺りに白面の姿はない。感覚器官が先端にあるのだろう、イマジナルは首を動かし周囲を確認している。


 少し離れたところに、目元を覆う派手な仮面をつけた男がいた。黄色と青を基調にしたその仮面は、金とサファイアでできているかのように豪奢ごうしゃだ。仮面からは青く大きな角が横向きに生えており、その輝きは普通ではない。

 男が諸手を正面に据えると、身の丈ほどもありそうな剣が出現する。


「さあ、来い!」

 剣の男を新たな目標と定めたイマジナルは、いよいよ嘴を打ち鳴らして猛進する。片方が折れてはいるものの、嘴の硬さは健在だ。両の首がうねり、凄まじい速度の突きが、それも何度も繰り出される。それは男をずたずたにする……かと思われた。

 澄んだ金属音が連続で響いた。

 男は二重の連撃を両手に持った一つの剣で受け切っていた。

「それで終わりか。ふん!」

 剣が目にもとまらぬ速さで振り抜かれる。それに反応したイマジナルがすっと一歩下がる。嘴が無事であった方の頭がぽとりと落ちた。避けきれていない。


 下がったイマジナルの足元、密かに、そして静かに細長いものがうねっている。それはしゅるしゅるとオレンジ色の足首に絡みつこうとする。

 頭が二つあるためか、それとも頭ではなかったのか、イマジナルは動ける。跳躍。細長い物を振りほどき、宙にいながらも残った頭で周囲を確認した。

 細長い何かはつるだった。つたのように絡みつく蔓。何日もかけて撮影した植物の生長を早回ししたみたいに、蔓は見る見るうちにアスファルトに広がっていく。その中心は電柱。

「あら、見つかっちゃった?」

 電柱の一番上に腰かけるようにして女がいた。


 その女の顔にもイマガイズがある。

 丸い仮面だ。その質感は木の皮のような、あるいは縦に割ったココナッツのように見える。目元が平行四辺形に二つくり抜かれており、そこから本人の目が覗いている。厚みのある仮面で、左目を袈裟にかけるように深さのある傷が走り、その傷の奥には芯のある宝石とでもいえばいいのか、半透明の赤紫色の粒がぎっしりと詰まっている。仮面の縁をなぞるように、椿のようなつやのある葉っぱがいくつも生えており、側面から後頭部にかけてを覆う。頭頂部に最も近い葉の二枚は立ち上がり、少し前に傾いでいる。


 降下し始めたイマジナルに地面からの蔓が伸び、巻きついていく。蔦は地面に向かってイマジナルを引いた。イマジナルが墜落する。そこに集まるように蔦が這いよっていく。

 グケェエエエ!

 イマジナルはとんでもない声を上げると、首を三百六十度振りまわし蔓を断ちきった。素早く立ち上がり、一歩、二歩踏み出すと、脚に絡みついた蔦も千切れてしまう。

 自由になったイマジナルは電柱の女に向かって飛びかかった。女は一番高い部分にいたが、このイマジナルの脚力、首のリーチ、届く。砕けた嘴が女の胸に突き刺さる。


「よくやった」

 いつの間にか、電柱の上には白面もいた。

 女の胸には嘴が刺さっているはずだが、彼女は平然としている。服は裂けている。その隙間から見えた。蔓だ。何重にも巻かれた蔓が彼女の体を守っている。

 いつの間にか、は白面の位置だけではなかった。電柱の真下には白い膜が四角く張られている。

「終わりにしよう」

 白面はそういうと、手袋をぎゅっとはめ直す動作をする。その拳で、イマジナルが白い膜目がけて叩き落とされる。

 ぼいん。

 イマジナルを待っていたのは固い地面への激突ではなく、柔らかいゴムのような膜だった。膜は十分に引き伸ばされたわけでもないのに、イマジナルを衝突の勢いそのままに跳ね返す。上で待っているのは白面だ。すっ飛んでくるイマジナルの顔面目がけ、固めた拳で打ち抜く。残った頭の折れた嘴が完全に砕けた。

 これで終わらない。頭を殴った際に、さらに膜がつけられており、白面の拳と首を繋いでいた。自由に曲がる首の先を打った程度では減速しない。そのまま上に吹き飛んでいくイマジナルを、もはや紐のように伸びた膜で引き寄せる。再び勢いをつけて戻ってくるイマジナル。今度は胴体を白面が叩く。

 どむん!

 重く、鈍い衝撃と共に、白面にもたれかかるようにしてイマジナルは動きを止めた。


 白面と女は蔓を使って、するすると電柱から降りた。その元に男が向かった。

「お疲れ様です、センセイ」

 派手な男は白面をセンセイと呼んだ。センセイはうなずく。

「スムーズな討伐だった」

「あのさ、今日はラークに寄っていかない?」

「久しぶりに顔を出してみようか」

 アケビの提案にクリンが賛成した。

「それもあるけれど、最近新しい子が入ったんでしょう?」

「ああ……」

 クリンは露骨に眉をしかめた。

「センセイなしで巡回してるってやつらか」

「そういうわけか。わかった。ラークへ行こう」

 センセイは二人を連れ、ラークへと向かった。

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