胡桃割り その二
皆瀬は口に人差し指を当てると、携帯を取り出し、何かを入力する。
〈あいつは音だけを頼りにして僕らを見つけている〉
〈WIZ〉の左の欄に皆瀬が打ちこんだ文字が現れる。
〈僕を見失ったことを踏まえると、ドップラー効果から位置を割り出すような、そんな高級な器官じゃないらしい〉
〈だから狙いに、むらがあったんだな。俺の盾も見えていないようだった〉
〈このまま静かにしていれば、対策は練られそうね〉
「いや、待て。何の音だ」
緊急を要したので、皆瀬は小声で伝えた。イマジナルの方から、ギチギチという不快な音が響く。発見したときに出していた音だ。
イマジナルは僕らの方に一歩を踏み出した。
「移動しよう」
岸戸を最後尾に、皆瀬たちは静かに、そして慎重に移動する。ギチギチと音を鳴らしながら、イマジナルはゆっくりと方向を修正し、正確に一団へと向かってくる。
「適当に動いてるんじゃないみたいだぞ」
「なぜ? 大きな音は出していないのに」
「感度を切り替えたのかも。足元に気をつけよう。少しの音も出さないように移動するんだ」
三人と一匹は細心の注意を払い。滑るように移動する。だが、それをまるで見ているかのように、イマジナルはギチギチと音を立てながら追尾する。
この先は藪だ。音を出さずには進めない。しかし、ここで止まっていては対策もないまま再び対峙し、消耗してしまう。
「感度だけじゃないみたいだ。探知方法を切り替えている。あのギチギチした音がソナーのようになっているんだ」
「ソナーって潜水艦の?」
皆瀬はうなずく。
「初め、やつはこちらが出した音を拾って目標にしていた。けれど、今のは違う。自分で出した音の反射を拾っているんだ。これなら静かで動かない物体も探知できる……。音に頼るなら、能動的に探知する方法を持っていないはずがない。うかつだった」
「藪を進むの? どうするの?」
皆瀬は迷う。このまま戦うのも藪を進むのも、どちらもいい選択とは思えない。突然、岸戸が口を開く。
「……感度は上がってるんだな?」
「ああ? 間違いない。あのギチギチした音の反射を確実に拾えないと、こちらの位置がわからないはずなんだ。さっきまでは小声の会話は大丈夫だったようだけど、今ではそれも捉えられているかも」
「どうしたら……」
イマジナルがゆっくりと迫る。
皆瀬は考える。散開するか? だめだ。岸戸と北城には疲労が蓄積してきている。誰が狙われても窮地に陥るし、囮にして隙をつくにしても、普通の方法ではあの装甲を破れない。みすみす一人を犠牲にするようなものだ。だからといって、このまま三人でじっとしていても状況は悪くなる一方だ。
「ヒロが言うなら間違いない。俺に任せてくれ」
ドクロの中の太陽が熱く燃えあがった。
岸戸は一人、イマジナルに向かう。イマジナルはギチギチ音を鳴らし、じっくりと確実に岸戸との距離を縮めていく。岸戸は丸く薄っぺらな板をそれぞれの手に出現させ、イマジナルを迎え撃とうとしている。
「あの薄さじゃ受け止められないわよ。かといって刃物ほど鋭くもない。何を考えているの?」
岸戸は両手を大きく広げ、構える。眼の前までイマジナルが迫る。太い二本の脚が岸戸を挟みこむように振り回される。
その瞬間、岸戸は思い切りよく腕を閉じ、二枚の板を撃ち合わせた。
それは盾でも武器でもなかった。巨大なシンバル。空気が震えるほどの音が出た。
「敏感すぎる器官なら、でかい音は想定されてない。だろ?」
これは視覚でいうならば、暗闇に慣れた目に強烈なライトを当てられたようなものだ。強烈な刺激は感覚器官へのダメージになり、機能を奪う。イマジナルの脚がふらつき、攻撃は岸戸を逸れる。脚に振り回されるようにバランスを崩したイマジナルは、胴からどすんと地に倒れた。起きようともがくが、平衡感覚を失っているのか、その脚は地面を削るばかりでつかまない。
皆瀬と北城は、岸戸に駆け寄る。
「ユウ、シンバルとは考えたね」
「やるじゃない!」
「自分の耳までは考えてなかったけどな。まだキンキンするぜ」
「さてと。動きは止めたけど、この堅さはどうしたものかしら」
イマジナルはまだ立ち上がれず、動きも鈍い。その隙に、皆瀬はこのイマジナルを改めて近くで観察した。
「……じっくり見て気づいたんだが、胴体の殻が前後で繋がってないね」
「柔軟性を持たせるためみたいね。どうも殴っても蹴っても手応えがないのよね」
「隙間は柔らかいかもしれない」
「でも、今はぴったりくっついてるわよ」
「それはミズハがこじ開けるのさ」
「なるほど。となると、隙間を狙うのは……俺だな」
岸戸と北城がうなずき合う。
イマジナルは、徐々に感覚を取り戻しつつあった。足に力がこめられ、胴体が持ち上がる。
皆瀬はクリークと共に距離をとる。
「もう動きだすぞ。今しかない!」
北城イマジナルの胴の下に素早く滑りこむ。シュッと息を吐いた。全身をばねにして、真上に突き上げる蹴りを放つ。大げさにするのは変形。イマジナルはぼくんと浮きあがり、胴をわずかに歪ませた。甲殻上方の隙間が少しだけ広くなる。
「行けえ! ユウ!」
ミズハはイマジナルの下から滑り出る。
岸戸が飛びかかり、隙間の柔らかそうな肉質にシンバルを食いこませる。イマジナルの足がぐにゃりと曲がり、力を分散する。さらに弾力性に富む表皮に阻まれ、少し食いこんだところでシンバルは止まってしまった。
「だめなの?」
「いや、まだだ!」
岸戸はシンバルの固定を解除し、瞬時に厚みのある盾を装着する。板と呼ぶにはギリギリの厚み。その重さが尋常ではないことは一見して伝わった。ドクロのイマガイズから大量の蒸気が噴き上がる。
「おりゃあああああ!」
突き刺さったシンバルへ超重量を叩きつけ、釘のように打ちこむ。ずぶり。表皮を突き破る感覚がした。シンバルがイマジナルの体内にめりこむ。
イマジナルがゴリゴリと鳴く。岸戸を挟み潰そうと、二本の脚を振り上げる。
北城が空に舞った。
「いい加減! 倒れなさいよ!」
髪をなびかせ、上空から急降下するような飛び蹴りを金属塊に浴びせる。その吹き飛びを大げさにする。イマジナルの胴体と激突した衝撃で地面が抉れ飛ぶ。シンバルがさらに深く突き刺さる。
胴体裏側の甲殻まで到達したらしく、これ以上シンバルはめりこまずに、ひしゃげてしまった。イマジナルが、がくがくと痙攣する。岸戸と北城はイマジナルから飛び退く。
イマジナルは、それでもゆっくりと立ち上がる。
岸戸と北城が構える。
しかし、ふらふらとその場でぎこちなく足踏みをすると、足を振り上げるようにしてひっくり返ってしまった。伸ばした足から徐々に力が抜け、やがて動かなくなった。
「はあ、はあ、ようやく倒したな」
「これで動いたら、もう、どうしようもないわね」
ユウから離れたシンバルが蒸気となって消えた。それでもイマジナルに動く気配はない。完全にやっつけたようだ。
僕が代表して〈WIZ〉の報告ボタンを押した。イマジナルのマークは消え、欄に〈第06班 守床山 解決〉と表示された。
「よっしゃあ!」
「なんとかなったね」
「終わったのね」
僕らはハイタッチした。クリークもほっとした様子だ。センセイが木の陰から現れる。
「見事だった。やはりイマジナルはだんだんと強くなってきているな。こいつは前に俺が倒して見せたやつよりも数段強い。正直に言うと、ピンチになったら手を出すつもりでいた。だが、その気づかいは無用だったな。やはり君たちはいいチームだ」
イマガイズ越しでもセンセイが満足し、喜んでいるのがわかった。
「周辺の巡回を続けよう。日に二度、要請を受けることもある。気を緩めるなよ」
僕たちはパトロールを続けた。〈WIZ〉の報告欄には、ぽつぽつと他の班の〈要請・交戦・解決〉が表示された。だが第六巡回班には要請はされず、危険性のあるイマジナルと出会うこともなかった。
「今日の巡回はここまでにしよう。ラークへ戻るぞ」




