胡桃割り その一
〈WIZ〉上の地図によると、イマジナルは守床山の、僕らが仮面を外した辺りに表示されていた。依然として、その周囲の赤いもやが濃い。出現後、大きくは移動していないのだろう。
僕らが地図を見ながら山道を進んでいると、センセイが言った。
「地図に頼りすぎるな。チヨに言われたように、これは最新の情報ではなく、表示は予想にすぎん。大まかな位置をつかんだら、あとは自分の目で探すんだ」
忠告に従う。僕らは携帯電話をしまい、周囲に目を配りながら進んだ。
しばらく進むと、草木のざわめきの他に、異質な音が混じった。クルミを擦り合わせるような音だ。クリークがぴくりと震えた。ミズハが僕とユウの肩をそっと叩く。手を出さないという言葉のとおり、センセイは少し距離をとると、木陰に溶け込むように見えなくなった。
「いるわよ。前方、木の陰」
僕たちは茂みに屈んで身を隠した。のっそりとイマジナルが姿を現す。
大きさは一メートル五十センチほど、黒い光沢のある甲殻を持ったイマジナルだ。脚は四本あり、それらはアスリートの太もものように太い。丸い胴体には縦に筋があるのが見える。二つの部位で構成されているようだが、同じ半円が合わさっただけのようで、前後が判別できない。ギチギチという音は、このイマジナルから発せられているようだ。
「まず、俺が先に出る。そういうイマジンだしな。ミズハは隙を見て攻撃、ヒロは怪しい動きがないかチェックしてくれ」
僕らがうなずくと、ユウがざっと音を立てて茂みを飛び出した。イマジナルがこちらに気づいた。
岸戸はイマジナルに向かいながら、盾を腕に装着。蒸気が尾を引く。
イマジナルはひたすら前進してくる。交互に足を動かしながら真っ直ぐに接近すると、盾に丸い胴体をぶつけてくる。岸戸は多少体勢を崩したが、すぐに持ち直す。
「これなら何度でも受けられそうだぜ。センセイの攻撃に比べたら……うおっ!」
話している途中、イマジナルが足のうち二本を振り上げ、岸戸に向かって叩きつけてきた。岸戸は盾を上に構えて受け止めているが、思わず片膝を折る。
「こいつ、動きは単純ね!」
回りこんだ北城が、イマジナルの胴体を蹴りあげる。間髪いれず、岸戸が立ちあがり際に盾の側面で殴りつける。鈍い音。イマジナルはふらついたが、すぐにこちらへ一歩を踏み出す。
「なんだ、こいつ。すごく固いぞ。全然効いてないみたいだ」
「私も変形を大げさにして蹴りあげたのに、効果がないわ。ユウ、来る!」
岸戸に向かっていたイマジナルは急に向きを変え、北城に向かって足を振りあげる。岸戸が割りこんで防御する余裕はない。
「フェイントとは……小賢しいわね」
だが北城は跳躍力を大げさにし、難なく逃れる。遅れて北城のいた地面を太い足が叩く。
「これならどうだ!」
蒸気が噴き出す。岸戸は両腕に盾を出し、腕をそろえるとハンマーのように胴体に叩き下ろす。重量を最もシンプルに、そして効果的に活かした攻撃だ。超重量の直撃にイマジナルががくっと関節を曲げる。
好機とばかりにミズハが飛びかかり、かかとを胴体に叩きつける。大げさにするのはその吹き飛ばし距離。鬼面の周囲に帯と髪がぶわっと舞った。
イマジナルの胴体がさらに下がり、地面すれすれになる。
皆瀬はその様子を見ながら、何か不穏なものを感じる。
優勢に見えるが、これはダウンではない。イマジナルの脚部から、まだ力を感じる。
「二人とも、離れろ!」
皆瀬が叫ぶ。
次の瞬間、下がった胴体が勢いよく伸びあがる。イマジナルが空高く跳躍する。
胴体にかかとをかけていた北城が跳ね飛ばされ――いや、皆瀬の警告を聞いた北城はイマジナルを踏み台にし、いち早く空中に逃れている。
イマジナルが岸戸の頭上を越えていく。岸戸は仰ぎ見る。イマジナルが落下する先は皆瀬の方向だ。
皆瀬はクリークを抱え、走る。影が迫る。とっさに前方に飛びこむ。逆さまのイマジナルが地面に激突する。地面が抉れ、飛び散った土くれがパラパラと皆瀬にかかった。
イマジナルは何事もないように足を反対に折り曲げると、地面にめりこんだ胴体をぼこっと持ちあげる。
続いて、飛び退いた北城が柔らかく着地した。
岸戸は皆瀬を守りに行くか、この位置から攻めるか決めかねた。イマジナルが誰を狙っているのかわからない。
皆瀬は立ち上がり、近い位置からイマジナルを観察した。
胴体が裏むきになったが、さっきまでと、まるで変わらない。正面もなければ、裏表もない。余計な部位を極限までそぎ落とし、急所や弱点がなくなっている。外骨格は厚く堅い。それに、あの跳躍。外殻が固いだけではなく、関節部にはかなりの柔軟性がある。それらをクッションにして衝撃を吸収分散しているのだ。岸戸と北城の攻撃が効いている様子はない。
「うおおおおおお!」
岸戸が声を上げイマジナルの気を引く。岸戸へ向かうイマジナルを横目に、北城が自身の移動を大げさにし、ものすごい勢いで皆瀬の側に回りこんでくる。北城の呼吸は荒い。
「はあ、はあ……。続けて使うとしんどいわね。ユウが上手く引きつけてくれているけれど、このまま長引くとまずいわ」
岸戸はイマジナルの足を盾で受け止め、もう一方の盾で殴りつける。そのたびに皆瀬たちにも衝突音が聞こえてくる。直撃しているのだが、イマジナルは気にも留めずにぐいぐいと足を盾に押しつけている。
ずっと感じていたことだが、このイマジナルの動きはあまりに単調だ。
皆瀬は考える。
計画性なく、僕たちを順番に攻撃しているみたいだ。感覚器官すらない弊害だろうか。
……いや、待て。本当に順番なのだろうか? 感覚器官がないと考えるのは正しいのか?
確かに、こいつの表面には何もない。何もないから全部位を固い装甲で覆い尽くし、驚異的な弱点のなさを実現しているわけだ。しかし、それは感覚器官が見当たらないだけで、ないことと同じではない。
例えば、僕の頭部をこのイマジナルみたいなドームで覆ってしまったらどうだろう。感覚器官はあるが、完全に覆われている状態を想像するのだ。視界はドームに遮られ、なくなる。真っ暗だ。けれども――。
岸戸は盾で押し返しつつ、何度も何度もイマジナルを殴り続けるが効果は見られない。逆に、殴って疲労した岸戸の方が押され始めていた。
「だめだ! 効いていない!」
皆瀬は北城に耳打ちする。
「ミズハ、確かめたいことがある。僕をユウの方に吹っ飛ばしてくれ」
「いいけど、何をするの」
北城も思わず小声になった。
「まだはっきりとは言えない。クリークを頼む。静かにしていてくれよ」
クリークは皆瀬から離れ、北城のそばに座る。
「わかった。アキヒロがそういうなら、やるわよ。……せーの」
北城は皆瀬の背中を押す。その移動を大げさにする。皆瀬は宙を滑るように吹き飛んだ。
その途中、精一杯の声で叫んだ。
「ユウ、殴るのをやめろ!」
岸戸は腕を止める。同時にイマジナルが岸戸から離れる。皆瀬は転げるようにして着地すると、岸戸と合流する。イマジナルは誰もいない方向に向かって突進していく。
「どうなってるんだ……?」
「しっ」
イマジナルは完全に皆瀬たちを見失っている。木にぶつかると進むのをやめ、迷ったように右往左往している。
北城とクリークがこちらへやってきた。
「何が起きたの?」




