縁の下 その三
地図を見ていた僕は、ふと気になった。
「クリークは観測の迷惑にならないですか?」
「大丈夫。私のは、そういうイマジンだからね。そして、これが私のイマガイズだよ」
カナタの頭部をイマガイズが覆った。
ピンクのウサギ。表面が毛羽だっていて、きぐるみの頭部のようだ。目は粒らで、半開きの口からは前歯がのぞいている。小さい鼻もキュートだ。だが阿修羅のように顔が三方向についていて、耳も三方向に計六本ある。そんな外見なので、彼女がどちらを向いているのか、判断できなくなってしまう。頭頂部には六本の耳に囲まれるようにして、縦に長い銀色の王冠がちょこんと乗っている。
「カナタちゃんもイマガイズなのね」
「そうだよ。見えないものを探知するのが私のイマジンなんだ」
「センセイと違って、ずいぶんあっさり教えてくれるんだな」
ユウが不思議そうに言った。
「私たちは裏方だからね」
「イマジンを知らずには、支援のされようがないからな。もっとも、巡回班同士でイマジンを明かし合うことは稀だ」
とセンセイが補足した。
「私たちもイマジンを教え合った方が協力しやすいんじゃないの?」
「理想はな。我々は組織だが、班ごとの単独任務がほとんどだ。お互いに協力する機会がほとんどない。そして、各センセイごとに強い信頼関係でチームが成り立っている。閉じたシステムが成立しているんだ。そこに踏み込むことを、彼らはよしとしない」
「一枚岩ではないんですね」
センセイは複雑な表情でうなずくと、カナタに説明の続きを促した。
「えっと、簡単に言うとエネルギーが見えるの。もちろん想像の力もね。戦う力はないんだけれど、その分、かなり広範囲のエネルギーを把握できるよ。具体的には飾有町全域をカバーしてる。情報の種類は、なんて言ったらいいのかな……エネルギーの量を密度に変換して、それを耳で聞くイメージ……かな。妊婦さんのお腹の中をエコーで見るのに似ているかも。それをパソコンに入力して、フィルター処理をしたものを画像データとしてモニターに出力してるってわけ」
「そのシステムは俺が作ったんですけどね! まあカナタちゃんのサブが情報の共有だったから、難しくはなかったけど」
「チヨさん、もう! 邪魔しないでよ。あーあ、説明されちゃった。今言われたとおり、サブは、私が得た情報を他の人と共有すること。見えないものがわかったって、知らせないと誰も信じてくれないもんね。私の得た情報を、イマジンで得たものも含めて他人の脳にそのまま送ることができるの。その際に、イマガイズの王冠から一種の電波が出ているらしくて、それをパソコンへの入力に利用している……らしいよ。詳しくはよく知らないんだ」
「便利だなあ。俺たちがイマジナルを探すときは一旦ここに来て、それから出発すればいいんだな」
とユウが言った。
「その必要はないよ。それだと大変だよ」
カナタが笑った。センセイが口を開く。
「巡回班という名前のとおり、君たちには町を巡回してもらう。詳しいことは後で話す」
「あれー? 俺の出番じゃないんですか」
モニターからがっかりした声がした。
「チヨ、もう少し待て。カナタ、説明ありがとう」
「いえいえ。君たち、わからないことがあったら何でも聞いてね」
「ありがとうございます」
僕たちはお礼を言うと、ベッドの方へ向かったセンセイを追いかけた。
ヒカゲはセンセイが来ても見向きもせず、分厚い本を読みふけっている。表紙には『医学進歩と悪魔信仰の相似性』と書いてあった。医学書なのかオカルト本なのか判断かつかない。
「ヒカゲくん、医療班について説明を頼む」
ヒカゲは不機嫌そうに本を閉じると、いきなりイマガイズを出現させた。
ヒカゲのイマガイズは、顔より大きく縦に長い楕円で、特に顎から下に大きくはみ出している。焦げ茶色で木のような質感だ。下三分の一には、歯をむき出した口が存在感たっぷりに彫りこまれている。上の方にぽっかりと穴が二つ開いていて、これが目なのだろう。その周りや仮面中央には大胆な筆遣いで、草のような、炎のような模様がクリーム色で描かれていた。額と顎に巻きつくようにして、盛り上がりが確認できる。それが表現しているのは布のバンドなどではなく、腕のように見える。仮面自身を引っ掻いているか締めつけているようであり、くいしばった口元から苦悶が伝わってくるようだった。
実際、ヒカゲは呻いていた。頭をぶんぶんと振り、机に音がするぐらい何度も仮面を打ちつける。クリークが怯えたので、僕は抱きかかえてやった。
「ちょ、ちょっと、大丈夫なのか」
「心配ない」
センセイが即答した。
ヒカゲの動きがぴたっと止まった。面を斜めに傾げた状態なのが不気味だった。上部の穴から、涙のように何かがいくつも零れ落ちた。薄緑色の錠剤。彼女は机の上に散らばったうちの一つをつまみ上げた。
「医療班といっても、私ひとり。でも心配いらない。これを飲んで寝れば、朝には治る。すぐに手当てが必要なら、私が手術する。だが、なくなったものはどうしようもない。手、足、命。ちゃんと拾っておいで」
ヒカゲはくつくつと低い声で笑うと、イマガイズを解除し読書を再開した。
「これがヒカゲくんのイマジンだ。あの錠剤を飲んで寝ると、相当酷い傷でも治ってしまう。原理は全く不明だがね。彼女は免許こそないが医学知識が豊富で、加えてサブによって超人的な器用さを発揮できる。簡単な手術ならここで可能だ」
「優秀な人物なんでしょうけど、あれは引くわね……」
ミズハが小声で言った。
「陰口はよくない」
本から目を離さず、ヒカゲが言った。
「えっ、これもイマジンなのか?」
「岸戸、イマジンは一つだ。あれはただの地獄耳さ」
ミズハはヒカゲに謝った。
「慣れっこだ」
ヒカゲは表情を変えなかった。




