最後の訓練 その三
「ふぎゃー!」
クリークが呼ぶように鳴く。皆瀬は岸戸の様子を気にしながらも振り返る。クリークの足元にはクナイがあった。
「おまえ、拾って来てくれたのか」
「ふぎゃん、ふぎゃぎゃ」
皆瀬はそれを拾う。遠くからでは銀色に見えたクナイだが、近くで見ると一様ではない。ほとんどが銀色だが、そうではない部分もあり、複雑に絡み合って迷彩模様のようになっていた。その色のパターンをどこかで見た。皆瀬は記憶を探った。思い出せ。
岸戸は唖然とした。岸戸の渾身の一撃は、反対の手に持った、ジョウのもう一つのハンマーによって難なく受け止められていた。衝撃による風圧で彼のコートがはためく。腰には何もない。
「イマジンを攻撃にも使う機転は素晴らしい。だが、俺が一つしか武器を出せないのは思いこみだったな」
岸戸はぱっと身を引き、二つの板を外すと、蒸気と共に再び大きな盾を出現させる。
「そして何でも受けられるのも、思いこみだ」
ジョウは両腕を振り上げる。奇妙な金属音と共にハンマーは消え、代わりに現れたのは刀。出現と同時に、諸手で構えた刃は岸戸に振り下ろされる。
岸戸の盾にとって厄介なのは、切れ味よりも衝撃だ。刀の方が殺傷力はありそうだが、この厚く丈夫な金属板は切れない。受け止められる。岸戸はそう思った。
皆瀬はその色の組み合わせがなんであるか、思い当たった。〈エデンの外〉に入るとき、あそこで見た鍵束だ!
武器に限らず変幻自在の金属。ラークのドアの金属が変形し、開かなくなったこと。戦闘中、じゃらじゃら音がしない。手間をかけたクナイの回収。そして今、はためくジョウのコートの陰には、鍵がなかった。――全てが一つに繋がった。
甲高い金属の衝突音がし、上段に構えた岸戸の盾が、刀のの中央をがっちりと受け止めている。
岸戸は次の一撃に備えようとするが、刀が引っこまない。受け止めた刀が押しつけられ、キリキリと音を立てる。岸戸は全力で反発するが、押し返せない。
金属板の押し合いをしている相手からすると、重さを無視できるということは、それを動かすだけの力が岸戸の筋力に追加されているに等しい。岸戸はサブで身体強化されているわけではないが、相手と金属板を挟んでいる限り、押し負けないイマジンなのだ。
だが、今は違った。ジョウの刀によって、岸戸は上方から抑え込まれている。上から、というのが厄介だ。岸戸は重さを無視できるため、重量の不利こそないものの、そのアドバンテージを失っていた。
この条件下では身体能力の強化されているジョウが有利だ。じわじわと岸戸の膝が曲がっていく。
すぐに状況は決さないとみて、北城がジョウの側面に飛び出した。ジョウの両手は塞がっている。拳の間合いに滑りこむ。がら空きの側面に……。
「えっ」
急に彼女の視界が暗くなった。
目の前を手のひらが覆う。頭をつかまれ、押しやるようにして後方に投げ出される。受け身を取った北城は、ジョウの片腕がこちらに向けられているのを見た。
刀に加わる力が半分になっても、岸戸はそれを押し返すことができない。
身体強化を侮っていた。ジョウには、刀から片腕を離すだけの余裕があったのだ。
それだけではなかった。突然、刀がずぶりと金属板に沈みこむ。螺旋形の金属屑が大量に飛び散り、微かな蒸気となって消えた。金属板にできたスリットは刀の幅よりもずいぶんと広い。刀が金属板を切っているというより、金属板が先に壊れ、その隙間に刀が食いこんできているようだった。
ついに岸戸の膝が地面に接する。屑を撒きながら、刀はすでに盾の三分の一ほどを進んできている。
「ユウ! 逃げて!」
盾を外し、同時に背後に飛び退けば致命傷は避けられるかもしれない。北城の叫びを聞き、岸戸はそう思った。だが、押さえつけられているせいか、盾の固定も、盾自体も解除することができない。
「だめだ! どうにもならねえ!」
北城が立ちあがり、全力で走りだす。
ゆっくりと刃が下がり、岸戸の肩に触れる。
「金属の変形!」
皆瀬は叫んだ。北城を追い越し、声は先にジョウに届く。刀の動きが止まる。それを見て北城は減速した。
「十五点だ。簡潔すぎて、さっきよりも正解から遠くなっているぞ。当てずっぽうはなしだ。次で当てて見せろ」
皆瀬は息を整える。
「センセイ、あなたのイマジンは金属の変形です。だが金属自体はイマジンじゃない。鍵束を変形させ、武器にしている。すでにある金属を自由に変形できるんだ」
奇妙な金属音がし、刀が消える。ジョウの腰に鍵束が出現し、じゃらりと鳴った。
「九十点。合格だ。つけ加えるなら、変形は触れた金属に限る。そして、その変形は金属本来の硬さを無視して保持される。俺の武器が強固なのはそのためだ」
岸戸は半分まで裂けた盾を構えたまま硬直し、北城は今にも飛びかかりそうな姿勢のままだ。
「どうした、君たちの勝ちだ。不意打ちはしないぞ」
ジョウのイマガイズが消える。ようやく北城が警戒を解き、遅れて、立ち上がろうとした岸戸が尻もちをつく。
「ま、まじで殺されるかと思った」
「殺す気はなかった。大怪我ぐらいはさせるつもりだったがな」
「手荒すぎるわよ!」
「イマジナルは手加減してくれないぞ。それに君たちを見こんでいるからこそ、ここまでしたのだ。実際に連携、イマジンの使い方ともに君たちは見事だった」
「それにしても、ヒロ。よくわかったな。ずっと攻撃を受けてたけど、あの金属自体がイマジンだと思ってたぜ」
「自在だったものね。あれが普通の金属だとは思わないわよ」
「クリークがクナイを拾ってきてくれた。それがヒントになった。ユウの盾が不自然に壊れて確信を強めたけれど、決め手はクナイだったんだ」
「俺は皆瀬のイマジナルにも気を配っていたが、クナイを持っていかれていたとはな。ともかく見事な推理だ」
「ほら、やっぱりクリークが役に立ったじゃない」
皆瀬は屈みこんだ。
「お礼を言わないとな。ありがとう、クリーク」
クリークは自慢げにふぎゃーと鳴いて、皆瀬の肩に飛び乗る。




