青と黄、ときに橙
「かーわいい!」
ミズハはイマジナルに夢中だった。
「ほら! もふもふのつやつやよ!」
ミズハが背中を撫でると、やつはふぎゃーと鳴いた。僕はというと、手をひっかかれたユウの手当てをしていた。
「なんで俺には攻撃的だったんだよお」
「あんな鼻息荒くどすどす近づいて行ったら、誰でも怖いよ」
「初めて見たから、興奮を抑えきれなくてさ」
「ほら見て見て。抱っこできるようになったわよ」
ミズハが腕にイマジナルを抱いてはしゃいでいる。特に抵抗する様子もない。
「なんだか、僕よりミズハに懐いてるなあ。よし、手当て終わったよ」
「サンキュー、ヒロ。おいミズハ、俺にも持たせてくれ!」
ユウが近づくと、イマジナルはミズハの腕の中でふぎゃーと威嚇した。
「だめみたいだね」
ミズハは前足の下に手を入れて持ち上げ、くるくると回っていた。
「ところでこの子、名前はなんていうの」
「名前か。考えてなかったな」
「だめよ。呼ぶときに困るじゃない」
やつはミズハの手から逃れると、音もなく着地した。
「よし! 俺がつけてやるよ。宝来丸!」
「どこの漁船よ」
「うう」
「でも海はいい着眼点かも。こいつ、頭が青っぽくて、体は黄色っぽいだろ。浜辺とか波打ち際を連想させるよ」
「言われてみればそうね。しっぽは橙色だし、日の沈む入り江とか、そんなイメージ」
「入り江か。いいね」
僕は和英辞書を本棚から引き抜き、ぱらぱらとめくった。
「あった。小さな入り江。クリークだってさ」
「響きはいいね」
「呼びやすいし。アキヒロがいいなら決まりね」
「試しに呼んでみよう。おいで、クリーク」
最初は首をかしげていたが、何度か呼ぶとそれに反応してこちらへやってきた。
「本人の受けもなかなか上等のようだし、いいんじゃないかな。おまえはクリークだ」
ふぎゃんと鳴いた。
「イマジナルも見たし、そろそろ帰るか」
「そうね。私たちも安全ではないものね」
「名前もついたし、よかったよ。気をつけて」
「そうだ。明日クリークちゃんの散歩に行きましょ。アキヒロのイマジンなら、アキヒロも私たちも慣れておいた方がいいでしょ」
「俺も仲良くなりたいし、賛成だぜ」
「じゃあ明日。十時ぐらいにこっちに来てもらっていいかな。一人でつれ出して逃げられたら大変だ」
「オッケー。だいぶ慣れてきたから心配ないと思うけどな。なあ、クリーク」
クリークはまだユウが苦手のようだ。ユウが手を差し出すと、前足を上げて牽制した。
「遊んでたら暗くなるわよ。もう行かなきゃ。じゃあね、アキヒロ。また明日」
「じゃーなー」
二人は別れを告げ、出て行った。
「クリークか。いい名前がついたな」
「ふぎゃふぎゃ」
「はは、なんて言ってるかわからないな。本当におまえは僕のイマジンなのか?」
クリークが首を傾げる。当然こちらの言葉もわからないのだろう。
寝る前に想像の仮面を出そうとしたが、日中の疲れもあり、上手く気分が乗らなかった。
散歩の準備を済ませ、といってもハムを与えるだけだ。首輪やリードは持っていないし、普通のペットのように扱っていいものか考えてしまう。
というのも、人の目にどう映るのかわからない。リードと首輪がふわふわ浮いて見えるのか、それともそんなことはありえない非日常だと処理されて、自動的に見えなくなってしまうのか、僕の知識では判断がつかないのだった。それにクリークの機嫌もある。懐いてきてはいるが、いきなり拘束したら、その関係が壊れてしまうかもしれない。
昨日ユウが言っていたように、かなり仲良くなってきてはいる。繋がなくても、いきなり逃げ出すことはないだろう。
待っていると、時間どおりにユウとミズハがやってきた。
「やっほー。来たわよ」
「おっす。ふわあ、まだ眠い」
ユウはミズハに叩き起こされ、強引に連れてこられたようだった。
「じゃあ行こうか。おいでクリーク」
僕は腕に抱くつもりだったが、クリークは腕を足場にして僕の肩にぴょんと飛び乗った。
「あっ、それ可愛い! 次、私ね」
ミズハの予約が入った。
「肩に乗せるつもりは、なかったんだけどな。遊ばせる場所が必要だから公園に行こうか」
僕の住んでいるアパートのそばには公園がある。遊具のない小さな公園だが、草木がきちんと手入れされており、季節ごとに見所がある。この時期なら花壇にはコスモスが植えられる。特別目を引く風景ではないが、公園のベンチから花壇を眺めるのが僕は好きだった。
公園に着くと僕らはしばらくクリークと戯れた。ミズハはすでに懐かれていたし、ユウとも徐々に打ち解けてきているようだった。クリークは公園内を自由に動き回っていたが、僕たちから離れていったり花壇に悪さしたりはしなかった。こうなると可愛いものだ。
一人の男が公園に来た。年は二十代前半だろうか。黒いスーツの三つ揃えに白いシャツ。靴は磨きたてのようだ。タイはしていない。時計の良し悪しはわからないが、それはぴかぴか光っていて、いかにも高級そうだ。細いメガネが知的な印象を与える。一見普通の男だが、首にひも状のものを巻いていた。チョーカーというより、それは首輪に見える。ファッションなのだろうか。
男はベンチに座った。クリークは一般人には見えない。だから僕らも構わず遊んでいたのだが、男はどうもこちらを見ているようだった。もしかすると、一人になりたくて公園に来たのだろうか。それで先客がいて不機嫌になり、少しあからさまだが、じろじろ見て追い払おうという腹かもしれない。
クリークは知らない人を見たせいか、落ち着かない様子だ。
何となく居心地の悪くなった僕たちは、クリークの散歩を切り上げて帰ることにした。
部屋にクリークを置いたあと、午後は三人でカラオケに行った。この数日、様々なことがあった。想像とそれが生み出すものの理屈はわかってきていたが、心の整理まではついていない。僕もユウもミズハも、もやもやした気分を声に乗せ、吹き飛ばしたかったのだ。僕たちはたっぷり三時間、声が枯れるまで歌った。
その夜、僕はイマガイズを出す練習をした。一時間ほどやってみたが、やはり出現する気配がない。イメージはできている。その確信はあるのだが。
「どうしてイマガイズが出ないんだろうな」
何となくクリークに話しかけた。クリークは、そばに落ちていた、僕の真っ白な仮面をくわえて持ってきた。
「ふふ。これじゃないよ。まあ、おまえにはわかんないよな」
クリークから仮面を受け取り、装着した。今日はもう寝よう。




