想像の その二
ジョウは動かなくなった獣の方へ歩いていった。
「こいつは、イマジナルだ」
「いまじなる?」
「簡単に言えば、想像上の生物。それらをイマジナルと呼んでいる」
確かに、こんなものは地球上に存在しない。あり得ないものだ。
「正確に言えば、これは人が作りだしたものだ。人の想像がね」
「どういうこと?」
ミズハが理解できない様子で聞いた。
「そのままの意味だ」
「待ってくれ。人が考えて? 想像力ってのか? それによってこいつらが作られるのか?」
「そのとおり。こいつらは人が想像することで生まれる。そして、これが二つ目」
ジョウが二つ目と言った意味が呑みこめないでいると、
「イマジナルから町を守る。それが二つ目の選択肢だ」
と彼は続けた。
冗談かと思ったが、ジョウは真剣なまなざしで僕らを見つめていた。
「いやいや、無理だって。危険すぎる」
「当然危険だ。命を失う可能性もある」
「そんな、無責任だわ」
「見こみなく言っているわけではない。……俺とこの町の住人は違っている。それも決定的にだ。それはなんだと思う?」
全く関係のない話ではないようだと思い、僕は答えた。
「特殊な力が使えることですか?」
「仮面も変だぞ」
「バカ、言葉を選びなさいよ。個性的とかあるでしょ」
ジョウは別に気分を害した風もなく、二度うなずいた。
「想像の力、超能力と言ってもいいが、イマジンは特別なものじゃない」
ジョウは特殊な力をイマジンと呼んだ。
「えっと……つまり?」
「誰もが持っているのだ。では、何が違うのか」
彼は一度言葉を切ると、
「それは、気づくかどうか、だ」
とゆっくりと吐き出した。
「気づく?」
「想像力を持っていると気づければ、イマジンを使える。あり得ないものが存在すると気づければ、イマジナルが見える」
「たった、それだけ?」
「小さなことだと思うだろう。だが、これは決定的な違いだ。君たちは、自ら仮面を外す発想を持ちあわせ、喫茶店では見事な想像力と行動力を示した。そして、たった今、はっきりとイマジナルが見えているのだろう? 君たちも、俺と同じように違っている」
「でも、俺たちが他と違うと言っても、イマジナルとやらが見えるだけだ。何もできないぜ」
「当然だ。君たちは想像のことをまだ知ったばかりなのだから。なに、ここですぐ放りだしてイマジナルを退治してこいというわけじゃない。町を守る選択をするのなら、相応の力がつくまで訓練する期間はある」
「私もあなたみたいに戦えるようになるの?」
ミズハが好機に満ちた目で尋ねると、ジョウはふっと笑ったように見えた。仮面で目しか見えないので定かではないのだが。
「想像は年を取るほど衰える。知識がつき、驚くことがなくなり、なんにでも理由をつけたがる。そんな生活が想像の余地を減らしてしまう。だが君たちは新品の器のようなものだ。そこには何もないが、ただひとつ可能性だけに満ちている。断言しよう。君たちは、俺以上に強くなれる」
ジョウは言葉を切った。ミズハは口に手をやり、何か考えている素振りだ。間を十分に開けて、彼は言葉を繋いだ。
「選択肢は示した。後は想像して決めるんだ。〈エデンの外〉に入り、日常生活に戻るか。この町のためにイマジナルと戦うか」
僕らは互いの顔を見た。誰もが決めかねているようだった。
それもそのはずで、どちらも一長一短で、最適解というものがない、そういった選択肢だった。
〈エデンの外〉に収容されれば、ほどなくして日常が戻るだろう。しかし、代わりに僕らで作った思い出が消えてしまう。
イマジナルと戦うならば、思い出は消えないだろう。ただし、こちらは未知の部分が多い。それに間違いなく危険だ。
動かなくなったイマジナルは、ジョウの言うとおり、いつの間にか消えていた。
「今すぐ決めないとだめかね。一度家に帰って、ゆっくり考えたいんだけども」
「私も。一度、落ち着かないと決められないわ」
ジョウは即答する。
「だめだ。今決めてくれ」
なんとなく許可されると思っていたので、僕らは面食らった。そういえば、始めからずっと急いでいるような雰囲気がジョウにはあった。
「これも君たちのためだ。〈エデンの外〉に入るでもなく、しかも訓練しないでイマジナルにさらされる期間は短い方がいい」
一応は納得したが、どうもそれだけでないようだった。それなら〈エデンの外〉で考えさせるなり、何か他に方法があるはずだ。この男は公平で信頼できる人物だと思うが、何か僕たちに伝えてないことがある。
「それじゃあ、僕たちだけで相談してもいいですか?」
「いいだろう。付近は安全だと思うが、警戒はしておく」
「お願いします」
僕らはジョウから少し離れると、少し声を落として話し合った。
「大変なことになっちゃったな」
「あんたが仮面を外すとか言うからでしょ」
「みんな賛成しただろ」
「僕もミズハもそれに乗ったんだから、平等に責任はあるよ」
ミズハはため息をつきながら言った。
「ごめんなさい。責任転嫁するつもりはなかったの。こうなったら、どちらかを選ばないといけないみたいね」
ユウとミズハは決めきれないでいた。それは僕も同じだったが、選択肢とは別に考えていたことがあった。
「あのさ、一つ提案があるんだけど」
「なんだ、ヒロ」
「聞くわ」
「どっちを選ぶにしろ、みんな同じ方を選ぼう。誰かが持ってない思い出なんて、意味ないよ」
二人はにっこりと笑い、
「当然だろ。おれは二人と同じ方を選ぶつもりだったぜ」
「あら、私もそのつもりよ」
と迷わず答えた。
「なんだ、ユウもミズハもそう思ってたのか」
僕はこんな状況にもかかわらず嬉しくなってしまう。
「どっちかというと、思い出はなくしたくないな……」
半分独り言のようにつぶやいた。
「なら、この町を守る方にしましょ」
「だな。自警団みたいでかっこいいからな」
二人があまりにすんなりと決めたので、僕の独り言なんかが決め手になったのかと思い、僕は慌ててしまった。
「ミズハ、あんなに怯えてたじゃないか。ユウも遊びじゃないんだぞ」
「わかってるって。俺も忘れたくないんだよ、思い出」
「アキヒロはたまに鈍いのよね。それに、あの人みたいに強くなれるか、興味があるもの」
「いいのか?」
「別にヒロに流されたわけじゃない。俺が、自分で決めたんだ」
「そうしたいから言ってるのよ」
これはもう、決まりだ。仮面をみんなで取り合ったという、些細な思い出。だがそれを、こうも二人が大切に思ってくれているとは知らなかった。
僕らはジョウの元へと向かった。
「決まりました」
「で、どうするね?」
「僕たち、イマジナルを倒します」
ジョウは目を細めた。
「そうか。君たちなら、こちらを選ぶと思っていた。ところで、部活動はしているか?」
僕ら三人は部に所属していない。その旨を伝えた。
「それは好都合だ。明日、放課後になったらあの喫茶店、ラークと呼んでいるが、そこに来てくれ。そこで最初の訓練を始めよう」
帰り道、背後にジョウの気配があった。何も言わないが、僕たちが安全に帰れるように見守っているのだろう。家に着くころには彼の気配は消えていた。
僕らの選択によって、僕らの日常は失われた。だが悲観してはいない。むしろ思い出の価値を再確認し、それを守ることができたという充実感さえあった。
当たり前の今日が終わる。そして今までとは全く別物になった、新しい一日が始まろうとしていた。




