マスク
もう日が傾き始めている。商店街の方から『十七歳の花束』が聞こえてきた。夕陽だけでなく、緩やかなメロディーがこの寂れた区域にほんのりと色を添えてくれているようだった。
僕たちはそれぞれの仮面を取り出すと、顔に装着した。僕は白い仮面、ユウは金属の仮面、ミズハは朱色のネコの仮面だ。
ジョウは手ぶらだったが、僕たちが仮面を着け終わる頃には、どこから出したのか、彼も仮面を被っていた。
鉄板がつぎはぎされ、それを無理やり錠前で繋ぎとめたようなグロテスクなデザインだ。何列にもなった固定用のバンドが髪にかかり、隙間からびよびよと飛びだしていた。元から整っていない髪形がさらにぼさぼさだ。
正直に言って、不気味だった。それに、このようなデザイン重視の仮面をつける大人は少ない。企業のロゴも見当たらなかった。どこの誰だか、全く手掛かりがない。
「最初に見た人は、大抵驚く」
驚きが僕らの目に出ていたらしい。気を取り直して、ユウが質問した。
「次はどこへ行くんだ?」
「喫茶店の方角へ戻る」
「戻るって、最初そっちから行ったらよかったんじゃないか」
「地理的にはそれが合理的だな。だが、その前に君たちが知るべきことがある。道すがら、話をしよう」
ジョウは歩きだした。ユウが僕に耳打ちした。
「異様でおっかないけれど、案外、俺たちのことを考えてくれてるんじゃないのか?」
「そんな雰囲気はあるね。知るべきこと……か。なんだろう」
ミズハが手招きした。
「二人とも、置いていかれるわよ」
僕とユウは駆け足で向かった。ジョウは背中を向けたまま、足を止めなかった。彼は僕たち三人が揃ったとみると、歩きながら話し始める。
「前置きをしておく。この先、起こること、見ることは紛れもない現実だ」
「ここまでも信じられないけれどな。何でも来い、だぜ」
「こうなったら、ちょっとのことでは驚かないわよね」
ジョウに対しての警戒心が最初ほどではなくなったのか、二人は軽い調子で返した。
「……それならいい」
ジョウは顔だけをこちらに向けた。
「この先で何が起きても、自分の目を信じろ。そして、自分で選択するんだ」
ジョウと目があった。彼はユウとミズハのことも順番に見たようだった。
「もう一つ。ここからは俺の言うことに正確に従え。そうしなければ身の安全は、保証できない」
ジョウの口調に厳しさが混じった。僕たち三人の間に再び緊張が蘇った。
「危険……なんですか?」
「浮かれた、お遊び気分ならな。だが、変に身構える必要はない。俺の指示通りにしていれば安全だ」
「なら、次に何があるのか、少しでも教えてもらえないかしら。それで心の準備ができるかもしれないわ」
ジョウは首を横に振った。
「君たちが直接見て、そして判断しなければ意味がない」
商店街に出ると、一気に人通りが多くなった。色彩、模様、材質や装飾。皆それぞれに異なった仮面をつけ、往来を行き交っていた。その流れに乗り、あるいは断ち割るようにして僕たちは進んでいった。
「この町の人々を君たちはどう見る」
はぐれないようについていくので精一杯だったので、突然の抽象的な質問に僕たちは戸惑った。ジョウは付け足した。
「何か違和感を感じないか?」
「仮面は変だぜ。他ではこんな風習はない」
ユウが答えた。
「それも一つだ。だが見た目ではなく、もっと内面だとしよう」
「それなら、見たものしか信じないことですか。あまりに徹底され過ぎている」
「噂がほとんどないし、学校にまつわる怖い話なんかもないものね。学校が新しいせいかと思っていたけれど、言われてみると不自然だわ。一つぐらいあってもいいもの」
ジョウはうなずいた。
「あり得ない物事を信じさせず、存在を知らせない。それが仮面の役割だ」
「それって……」
「そのままの意味だ。飾有の住人は、あり得ないものに気づかない。それが彼ら自身の保護にもなる」
「その、あり得ないものが、この町にいるってのか?」
「君たちが知るべきは、飾有町には、あり得ないものが確かに存在しているということだ。それらから住人を覆い隠しているのが仮面だ」
どのようにしてそれが起こるのか、全く見当がつかないが、飾有町の住人の頑ななまでの現実主義には理由があった。彼らは仮面によって、あり得ないものを信じないようになっていたのだ。
「そして、もうひとつ。あり得ないものとは物質だけではない。記憶もこれに含まれる」
「記憶?」
「不思議な喫茶店、大がかりな地下の施設、そして仮面を外したこと。これらは、本来の生活ではあり得ない記憶だ」
ユウとミズハがはっとした。
「……忘れてしまうんですね」
僕が弱々しく言うと、ジョウはうなずいた。
〈エデンの外〉の役割がわかった気がした。あそこで行われているのは、あり得ないことの削除。あり得ないことを記憶から抹消し、あり得ないことを信じない体にする。それが、飾有町への順応なのだ。
〈エデンの外〉への収容は、三人で仮面を外した思い出の忘却を意味していた。




