転換点を動かしたのは その三
「この町のルールは、変だ」
その言葉の指すところがわからないのか、ユウとミズハの反応は薄い。しかし、僕の胸中では好奇心が首をもたげ始め、それを抑える術がないほどだった。もう、ユウの提案した仮面外しを実行したくて、たまらなくなっていたのだ。
「やろう」
僕は言った。それを聞いたユウは頭を切り替え、小さくガッツポーズした。
「さすがヒロ。ここぞってときには胆が据わってる」
「アキヒロも、ちょっと変なんじゃないの」
ミズハが慌てたように言った。
「変か。そうかもしれない。でも、これはいいアイディアだよ。誰もやってないことで、誰にも言えないこと。僕たちだけの秘密だ。こんなことって他にあるかい? 間違いなく、忘れられない出来事になるよ」
「困ったわ。アキヒロが言うと、そんな気がしてくるのよね」
「ミズハよお、俺達の誰かが告げ口したりすると思うか?」
「バカ、バカ。そんなんじゃないわよ。ちょっとだけ、気乗りしないだけなんだわ」
「なら、ミズハはやめておくか?」
これでミズハは意を決したようだった。
「ここまで来て仲間はずれだなんて、それこそ嫌よ。私も参加する」
結局、三人で仮面の外し合いをすることになった。
日は落ち、街灯のない山の中だ。僕らは携帯電話を照明代わりにして、それぞれ自分の顔を照らした。ぼんやりとした明りのせいで、薄闇に仮面だけが宙に浮いているみたいだった。
特に相談もせず、僕はユウ、ユウはミズハ、ミズハは僕の仮面に手をかけた。上から見たとしたら、それぞれの腕で三角形になっているはずだ。
他人の仮面に触れる機会はなかなかない。着用した状態ではなおさらだった。他人の顔に仮面越しに触れている、この状態だけで何とも言えない背徳感があったのは、僕の中にルールを破ろうとしている自覚があったからだろう。この手で自分以外の仮面を外し、そして自分の仮面も人の手で外されるのだと思うと、さらに鼓動が早くなった。
「よし、準備はいいな。合図はヒロにしてもらおうか」
ユウが言った。
「ユウ、手が震えてるわよ」
「なんだか緊張してよ」
「あたしも。なんでこんなにドキドキするんだろう。汗ばんできちゃった。暑くもないのにさ」
「二人とも準備はいいかい」
「少し待ってくれ。心の準備が」
「何よ、言い出したくせに、だらしないわね。私はいいわよ」
「なんだと。なら、俺もオッケーだ」
「強がらなくてもいいのよ」
ミズハがくすくすと笑ったので、ユウは少しむっとした。
「よせやい、本当に大丈夫だよ。ヒロ、やっちゃってくれ」
「いいかな。合図するぞ」
僕は二人の目を見た。ユウもミズハも覚悟ができている目だ。僕は合図をした。
「せーの!」
僕の仮面が外され、外気が顔にどっとぶつかってきた。同時に、僕はユウの仮面を手に持っていた。ユウの手にはミズハの仮面、ミズハの手には僕の仮面があった。他人の仮面を持っているのも、僕の仮面を他人が持っているのも、なんだか変な感じだった。下着を履き忘れたような落ち着かなさだった。
しかし、仮面の下から出てきた顔を見て、そわそわした気持ちは吹き飛んでしまった。ぼんやりとした明りで少し不気味に見えるとはいえ、いつも通りのユウとミズハだったからだ。顔を見合わせ、その誰もがきょとんとしていたので、誰からでもなく笑いあった。
「緊張した割に、なんてことはなかったな」
僕としては、ルール以外のシステムが垣間見られるかと期待していたのだが、肩透かしだったようだ。
「なんでもなかったけど、これは確かに忘れられないね。いい思い出になったわ」
僕の仮面をしげしげと観察しながらミズハが言った。
「もちろん秘密だぞ」
「うん」
「もちろん」
抱えると負担になる秘密というのもあるが、この秘密は別だった。誰にも話せない体験を、この二人と共有できたことが無性に嬉しかった。
周囲は暗さを増していった。可能性は低いが、誰かに見つかりでもしたら、せっかくの高揚が台なしだ。僕らはそれぞれ仮面を返すと、すぐに装着した。
こうして、僕らは共通の秘密を持った。
携帯電話の明かりを頼りに山を降りた。その帰り道は寂しい様子だったが、三人でいるとまるで気にならなかった。
ユウとミズハと別れ、部屋に帰ると、あの生き物がふぎゃふぎゃ出迎えてくれた。僕は小声でただいまと言う。追い出す必要がないとなると、少しだが可愛らしく見えてくるものだ。
僕は久しぶりにすっきりした気持ちで眠りについた。
皆瀬たちが仮面取りをした平地より少し上、木の幹にもたれかかるようにして立つ男がいた。闇は一層濃度を増していた。男は影となり、容姿はうかがい知れない。
「一気に三人か。おかしなこともある」
男はつぶやくと、平たい場所に降り立った。彼はおもむろにポケットから携帯電話を取り出し、操作した。その明りを受けて、男の腰のあたりに銀色の光がキラキラと反射している。
どこかに繋がったようだ。彼は耳に携帯電話をあてがった。その明りで、男の仮面が闇に浮かび上がった。
それは仮面というより拘束器具のようだった。あちこちに真鍮色の錠前がついており、それがいくつもの金属の板と板を繋ぎ合せて、顔の全面、目の部分以外を覆っている。にび色の無骨なデザイン。露出している眼だけが強い光を放っているようだった。
「私だ。三人発見。ああ、任せてほしい」
背後の茂みがかさりと小さな音をたてた。男は振り返り、茂みを鋭く見つめる。風で葉が擦れる音以外、周囲は静かだった。何も起こらない。男は向き直った。
電話の声が何か言った。突然、先ほどの茂みから獣と思しき影が飛びだし、背を向けたままの男に襲いかかった。
金属の擦れぶつかり合うような奇妙な音がした。銀の光が闇に走る。
獣は男の真上を通り過ぎ、そのまま、すたっと着地する。ずるり。胴体がずれ、獣は地に倒れた。見事に両断された獣は、もう動かない。男の手にはいつの間にか、一振りの刀が握られていた。
「要請はこっちに回してくれていい。すでに完了したからな」
電話の向こうへ、そう伝えると、男は通話を終了した。
再び複雑な金属音。もう男の手に刀は握られていなかった。
「おかしいのは町の方か。なんにせよ、あの三人を放ってはおけない」
男の視線は、皆瀬たちが山を降りて行った方向にじっと注がれていた。




