転換点を動かしたのは その一
ゲームセンターを出た僕らは、特に目的もなく通りをぶらぶらと歩いていた。
「すっかり元気になったみたいだな」
僕を見てユウが言った。
「そうね。こうして三人で遊んだのも久しぶりの気がするわ」
一日の半分以上が過ぎたが、今日は思考の渦が起きていなかった。それだけでなく、気だるかった体と心は、たっぷり睡眠をとり迎えた休日の朝のようにすっきりしていた。謎の生き物の一件が解決したからだろうか? 気の持ちようだけで、これほど体調が変わるのかと、ちょっと不思議なぐらいだった。
「二人に打ち明けて正解だったよ」
「アキヒロは心配しすぎる部分があるものね。気づいてないだけで、かなり負担だったのよ、きっと」
「それだけ、部屋の生き物が気になってたんだろうな」
「そうかもしれない。昨日までの体調が嘘みたいだ」
「とにかく、元に戻ってよかったぜ」
ユウはそう言うと僕の背中をぱんぱんと叩いた。
ミズハが携帯で時間を確認した。僕とユウもつられて、それぞれの携帯電話を見た。ゲームセンターを出てから、さほど時間は経っていない。
「半端な時間ねえ」
ミズハがつぶやいた。
「これで帰るってのもないな」
「なにかするかい? と言っても、カラオケやボーリングは今からじゃ遅いね」
「それに、お小遣いはまだ残ってるの? さっき、使っちゃったんじゃない?」
「誰のせいだろうな……」
「もう、そんな目で見ないでよ」
ミズハは眉を吊り上げると、ユウを両手で押しやった。
「お金を使わず、今からできることかあ」
時間もお金も使わないとなると、途端に難しい。
「なかなか、ないもんだな」
よい案が出ないまま、少しの間、僕たちは無言で歩いた。
「そうだ!」
唐突にユウが立ち止まって言った。
「せっかくだから、特別なことをしようぜ。記念になるような」
「記念って、何の記念さ」
あまりに突然だったので、僕が尋ねると、
「そりゃあ決まってる。ヒロが元気になった記念だよ」
とユウが言った。
「ええっ」
僕はびっくりするやら、恥ずかしいやら大変だった。
「あら、ユウってば意外とロマンチストなのね」
「うるせーやい」
「でもそれ賛成。アキヒロが元気になった記念。いいじゃない」
「ミズハまで! まいったなあ」
照れくさい気持ちから、こうは言ったが、僕も内心は賛成だった。
今の僕の体調はすこぶるいい。ユウの言うとおり、全く元通りと言ってもいいぐらいだった。しかし、いくらそう感じたとしても、たった数時間のできごとだ。明日もこの調子が続く保証はどこにもなかった。だからこそ、何かをしておきたい気持ちになったのだった。おまじない程度でもいい。この記念作りが、得体の知れない出来事を捨て去り、今この時を当たり前にしてくれる転機になればいいな、と考えたのだった。
「記念というからには、ありふれていてはだめよね。印象に残ることがしたいわ」
ミズハが言った。
「漠然としてるね」
「ほら、したことがない新しいことなら、いい思い出になるんじゃない?」
「そんなの、あるかなあ?」
「それはみんなで考えましょ。小さなことでもいいんだから、きっと見つかるわよ」
ユウは珍しく静かだったが、急にぼそりと言った。
「俺、思いついちゃったかも」
「なに?」
「びっくりするだろうぜ。まあまあ、後のお楽しみってことで」
「内緒だなんて。教えなさいよ」
「ここじゃ、ちょっとな。場所を変えるぞ。うーん、そうだな……この通りを抜けていった先に山があるだろ。そこに行こう」
ユウは食いついたミズハをはぐらかして、さっそくずんずんと歩きだした。
「山ですって? あんなところ何もないわよ」
そう言いながらもミズハが続いた。
「いいから、いいから。ほら、ヒロも行くぞ」
何をするつもりなのだろう。僕には見当もつかなかった。
飾有町は大きな町だ。
著しく栄えているという意味ではなく、単純な面積の話だ。その具体的な数字や、周知の単位で何個分なのかを僕は知らないが、隣町と比べても三、四倍の大きさは有しているようだ。
一般的に大きな町というだけではなく、その構造も少し変わっている。
飾有町はいくつかの町と隣接しているが、それらの隣町はある程度の特色を持って繁栄してきたようにみえる。例えば、飲食店や娯楽施設の多い繁華街であるとか、アパートや借家が多い住宅街であるとかだ。
しかし、飾有町にそういった特色はない。学校を南側に据え、東側は倉庫やビルが立ち並ぶ、あまり活気のない一角がある。中央の住宅施設が多い地域を挟んで、さらに西に行くと一際大きなビルを中心としたオフィス区画。北側には商店街と娯楽施設が隣接し、そのさらに北には畑や果樹園などの農家、小さな神社、そして北端には山がある。……といったふうに、てんでばらばらなのだ。
それらの施設は隣町にもスムーズに続いているため、これでは一つの町として育ったのではなく、周囲の町に大きく影響されながら大きくなったようにさえ見える。これだけ大きな町なのに、交通の基盤となる駅がないことも、この町の不思議な印象に拍車をかけているようだ。
これほど統一性がなくて、どうして一つの町と認められているのかわからない。ただ、その妙な点も居住する立場で考えるなら、生活に必要な施設がまんべんなく集まっていると好意的に解釈できるのだろう。町の東側と北の端を除くが、現代化の進んだ活気のある町。それが飾有町だ。
僕らが今向かっているのは町の北端だった。商店街を抜け、農家の牧歌的な風景を過ぎると、なだらかな山が視界に入ってきた。
この山の名前は守床山という。名前は立派だが小さな山だ。
特徴らしい特徴のない山だが、強いて挙げるならば、山の中腹に木の生えていない部分があるらしく、そこだけぽっこりと穴が開いたようになっていることだろう。これは遠目でも判断できて、パカッと開けた半月型の口のように見える。
町に自然があると言えば聞こえはいいが、守床山は観光地にもならない、単なる山である。
そんな山の中、落葉積もる林を三人は進んでいた。




