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仮面のある日常 その二

 まずは若者、特に学生らが飛びついた。彼らは、こぞって仮面よる個性を主張しようとした。初めは、既製品にシールを貼り、色を塗る程度だったが、美術部、模型部や工作部が一から手作りの独創的な仮面を制作すると、それらが一気に主流となった。当時、自分で仮面を作れる者は少なかったので、作れそうな文化部に依頼が殺到した。あまりの仮面制作人気に、仮面制作を活動とする仮面部なる部活が新しく設立されるほどだった。

 こうして、手の込んだ仮面を持つことが若者のステータスとなっていった。日に日に新しい仮面が作られ、それらが被られていく様は一足飛びで人類が進化しているようだった。仮面が日常となった今では、自分で仮面を作れる人が増え、以前のような熱気はなくなった。しかし、仮面がステータスであるという風潮は今も根強く残っている。

 大人は、若者たちと事情が異なった。彼らは反対に、個性を薄くする用途を仮面に見出した。個々がどういった人物であるかよりも、その肩書きを重要視したのだ。

 そのため、若者のように奇抜な仮面ではなく、シンプルで機能的な仮面を大人は好んだ。大人の仮面は見た目には大きな差異がなく、ごてごてした装飾がついていない。同じような見た目でも、高級な材質、例えば象牙やべっこうなどを仮面の一部に使うことで、自分の地位をさりげなくアピールするのが流行した。

 また飾有町かざりちょうで活動する企業の大多数は、社員の仮面に自社のロゴを入れることを推薦した。顔では漠然とした印象で評価される。優しそうだとか、怖そうだとか、なんとなく生理的に受け付けない、なんてこともあるかもしれない。だが大抵の場合、これらの情報は業務に関係がないのだ。仮面はそういった無駄な情報を排除しつつ、初対面でもどこの誰であるかを判然とさせた。これにより、お互いが先入観なしに役割を認識できるようになった。

 個性の主張や肩書きの明確化といった仮面の効果が浸透していくと同時に、仮面は信頼のバロメーターになっていった。無意識のうちに人は仮面を見ると信頼し、それを被る側は、仮面の信頼を損なわないように行動するようになった。大げさに言えば、仮面は社会に新しい合理性と規律をもたらしていったのだった。

 午後五時から翌日五時までは仮面を被るというルールだが、その時間外に被ってはいけないというルールはない。少数だが、必要に応じて、あるいは自主的に時間外でも仮面を着用する人まで現れるほどに、仮面は生活に密着したものになっていく。

 仮面は飾有町だけではなく、それを中心とした一帯に稲妻のようにぱっと広がった。それは稲妻のようには消えず、気づくと毛細血管になっていた。仮面は、もはやこの町、地域の血肉の一つであり、なくてはならないものになっていた。


 もちろん、ユウとミズハも凝った仮面をつけている。

 ユウの仮面は金属製だ。顔の上部だけを覆い、目の部分を楕円だえんにくりぬいたシンプルなデザインだ。彼のこだわりは、これを一枚の金属板から作りあげたことだ。大体の形と目をくりぬいた後は、小さな金床かなとこえて金づちだけで成形した、と自慢げに話していたのを今でも覚えている。特別な装飾こそないものの、金づちで叩いて作られた、たくさんの小さな面によって、光の当たり方で表情が変わる。なかなか味のある仕上がりになっている。材質が金属というのも、男らしいユウにはぴったりだと思う。

 ミズハの仮面は顔上部をおおい、二本の三角が飛び出している朱色の面だ。一見すると鬼のようだが、そう言うと彼女は怒る。本人いわく、猫がモチーフらしい。均一に塗られた面は、漆のような独特な光沢を持っていて、裏側を見ると木製だとわかる。この木が何とも言えない落ち着いた香りを放っていて、そこが気にいっているのだそうだ。涙型の尖った方を目じりに向けてくりぬかれた二つの穴は、一般的な仮面の目の部分よりも、かなり大きめに作られており、目元を大胆に露出している。それはミズハの涼やかな目と相性がよかったし、おしゃれな印象を与えた。

 僕はというと、正直なところ自分の仮面が好きではなかった。顔全体を覆う真っ白な仮面で、材質は何かの樹脂のようだ。仮面にしては顔の造形がしっかりと作ってあり、しかも無表情なので、誰かの死に顔から作ったような不気味さがある。どちらかというと、これは大人用の仮面で、学生でこういった仮面をつける者はほとんど見られない。それに機能性を確保するため、最近の仮面は顔の半分、特に顔の上部を覆うデザインがほとんどを占める。見た目もそうだが、顔全体を覆うこの仮面は流行と逆行していた。

 また、この仮面をどこでどうやって手に入れたのか覚えていないのが不気味だった。そのことをユウに尋ねると、僕は小学校からずっとこの仮面だったという。

 僕の方では、覚えていないなりに、僕はこの仮面を誰かからもらったような気がしているのだが、両親から何かの記念におくられたのであれば、誰かなどと曖昧あいまいではなく、はっきりそれと覚えているはずだ。

 これとセットで、机の上にこの仮面がぽつんと裸で置いてある映像が思い浮かぶ。周囲ははっきりしないが、僕の今借りているアパートのようにみえる。なぜ、もらった記憶とこの情景がセットになっているのだろう。それに、贈られたのであれば、包装されていてもよさそうなものだ。大体、この仮面のデザイン自体が贈り物に適していない。雨の日の葬式みたいに陰気で憂鬱ゆううつだ。

 ユウの証言と、僕の曖昧な二つの記憶は、それぞれが微妙に食い違っていて、しっくりこない。それで不都合があるわけではないが、この仮面が僕の心にささくれた引っかかりを作っているのも確かだった。

 そんなわけで僕は自分の仮面が好きではない。

 しかし、気にいらないからといって仮面を変えるわけにはいかなかった。

 この町では仮面を複数使い分けるとか、ころころと新しい仮面に乗り換えるのは歓迎されない。そういう人は、いわば顔を変える人であり、何か裏があると疑われてしまうのだ。さらに頻度が高ければ、ほとんど信頼されなくなる。

 仮面を安易に変えたために信用を失った人をこの目で何人か見てきた。あれを思うと、一度くらいなら、という楽観は消え失せてしまう。そうやって仮面の変更を見送り、時間が経つほどに、この仮面は僕になった。より一層、仮面を変えることが難しくなっていった。

 これが僕と白い仮面の関係で、言わば腐れ縁のようなものだった。

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