仮面のある日常 その一
「――うそだろ」
ユウがゲームの筺体にがくりと崩れ落ちた。画面上の相手体力はまるで減っていない。完敗だった。向かい合わせになった筐体の向こうから、ミズハの声が聞こえてきた。
「ふふん。また私の勝ちね。これで何連勝かしら?」
「に、二十六連勝です……」
一ゲーム百円なので二千六百円。学生にはちょっと痛い。最初は僕とユウが交互に挑戦していたが、どうやっても勝てない。ユウは熱くなって、ここのところは連戦していた。彼だけで千五百円ぐらい使っている計算になる。対してミズハは勝ち続けているので、ここまで百円しか使っていなかった。
「ユウ、ミズハには勝てないって」
「いーや、そんなはずは。俺だってこのゲームはやりこんでるんだ。このラウンドは酷かったが、その前はとれそうだったぞ。あの感じでいければ」
「あら、ならもう一回やる?」
「望むところだ!」
彼らがやっているのは、格闘ゲームと呼ばれるもので、双方が特徴的なキャラクターの中から好きな一人を選択し、それを操作して一対一で戦うというものだった。僕らがやっているのは少し前のタイトルだったので、他の参戦者はおらず、僕らだけでやり放題だった。それはユウのコインが見る見るうちに減っていく原因にもなっていたのだが。
「ぐわー」
一分もしないうちにユウは負けていた。
「なぜだ! キャラ的には俺が有利のはずなのに! スティックが万全で、ボタンも新品ならあるいは……」
「すぐ物のせいにしない!」
席を離れ、こちら側に来たミズハにユウはデコピンされた。
「いて」
「あー久しぶりで楽しかった。またやろうね」
「俺の小遣いが……」
ユウは本気で泣いていた。
これがミズハの悪癖とでも言うのだろうか、加減を知らない。何事にも容赦がなく、やり過ぎてしまうのだ。
ユウの腕前が悪いわけではなかった。どこで練習しているのか知らないが、ミズハが異様に上手いのだ。横から観戦していても力量差は明らかなのだが、ユウは熱しやすく、のめりこむ性格だ。ゲームセンターにユウとミズハが揃うと、引っこみのつかなくなったユウをミズハが一方的に叩きのめす展開が待っていた。
ユウはそれを自覚し、懲りてもいるので、何とか断ろうとするのだが、ミズハの押しは強い。毎回、なんだかんだでゲームセンター行きが決まってしまう。
学校でユウがミズハに捕まったときに渋ったのは、こんな理由があったからだ。
とはいえ、ミズハだけでなく、僕とユウもゲームセンターは好きだ。ミズハと初めて遊びに行った場所だからか、ゲームセンターは僕たちが遊ぶ場の標準のようになっていた。
「もう、わかったわよ。そんな恨めしい顔しないで。今度、なんかおごってあげる」
現金なもので、ユウはぱっと顔を明るくした。
「そっかー。それならいいかな」
ミズハは、やり過ぎるだけで終わるのではなく、後からきちんと気を使ってくれる。恩着せがましさが微塵もなく、当たり前のようにさらりと言いだすので、僕たちも気兼ねなく好意を受け取れるのだった。このさりげない言動をミズハが意識してやっているのかはわからないが、彼女のやり過ぎるという欠点を補って余りある長所だと僕は思う。
「喫茶店みたいなところで、ただしゃべるのもいいよね」
「よーし、店選びは俺に任せとけ」
早速、僕とユウはどんな店でおごってもらうかを相談し始めた。
「こらこら、高い店とかやめてよね」
「そんな店はユウの方が怖気づいて避けるよ」
「その通り。俺が探すのは閑散としているがいい仕事をする、隠れ家的名店ってやつだ」
「ああ、前行った壁の汚い、食欲が出ない店ね」
「そんなふうに思ってたのかよ!」
コーヒーがおいしいのに、とユウがぼそっと言ったが、ミズハには聞こえていないようだった。
ゲームセンターの喧騒に混じって音楽が流れ始めた。
「五時ね」
「もうこんな時間か。〈仮面さん〉が流れたぞ」
この曲を『十七歳の花束』という正しい曲名で呼ぶ人はあまりいない。この曲に合わせて仮面を被るものだから、みんな親しみをこめて〈仮面さん〉と呼んでいた。
僕らは、それぞれの仮面を被るとゲームセンターを出た。
ゲームセンターは賑やかだったので、外の方が〈仮面さん〉がよく聴こえた。この時間は様々な人が通りに溢れていた。そして、そのそれぞれが自分だけの仮面を被っているのだ。何も知らない人が見れば、仮装イベントかパレードだと思うに違いなかった。
十七時になったら仮面を被る。それが飾有町の決まりだ。
町民には十七時から翌日五時までの間、仮面の着用が義務づけられている。例外は、食事、歯磨き、洗顔や入浴など、仮面が妨げとなる場合だ。それすらも原因となった行為を可能な限り迅速に済ませ、速やかに仮面を装着するように推薦されている。
不便なルールのようだが、仮面は町民に受け入れられた。時間内に仮面を外すことを厳禁しながらも、柔軟さがあったのが原因だろう。
仮面の着用には、こう補足されている。――仮面とは、顔面積の半分以上を覆うものとする。それは顔の造形の一部を有することが望ましい。
つまり材質、装飾は自由ということで、バンダナに目のように二つの穴を空ければ、もしくはにっこり口のマークをペンで描けば、そういった簡単なものでも仮面と見なされたのである。面積に関しても厳密さはなく、顔の一部しか隠れないような極端に小さいものでさえなければ認められていたのだから、自由度はかなり高かった。
それにしても、町民の反応は受け入れというより、むしろ積極的だった。若者には自己表現のツールとして、大人には地位や所属を示すアイコンとして、仮面の有用性が認められていくのに時間はかからなかった。




