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偶発の同刻 その十四

 商店街の外れ。建物の狭間は薄暗く、しんとしている。

 エイラは足首をつかまれ、身動きが取れない。まずはこれを外さなければいけない。北城は転倒した女性を救出したいが、地面から生えた腕に阻まれている。女性は動転して、もう声も上手く出せないようだった。


 エイラの影が立体感を増し、立ち上がる。巨大な影スプーンをぐるりと一回転させる。先端が地面すれすれを通過し、黒い飛沫を巻き上げる。すると壁が真っ黒にせり上がった。

 直方体の塊はエイラの脚を掠めるように延長していき、エイラの足首をつかむ腕に衝突する。引きはがす。影の壁はまだ伸びる。路地を横断し、もう一端の壁まで到達する。

「さて、挟み撃ちがどうという話だったかしら」

 エドの様子は変わらない。相変わらずうきうきとして余裕がある。拘束がいとも簡単に解かれたのだから、少しぐらい慌てたり、本気になる様子があってもいいはずだ。嫌な感じがする。エイラは直感で振り返る。

 地面から腕が生えていた。

 エイラは瞬時に二通りを考える。一つ。この腕は前と同じもので、何らかの能力によって影の壁に押し潰されずに済んだ。二つ。この腕は前のとは別物で、棺の男が新しく出現させた。どちらにしても、

「嫌になるわね」

 エイラは背後の腕を気にしながらも、影をエドへと向かわせる。巨大スプーンを持った影が音もなく疾走する。


 北城の前に現れた腕。この生々しい物体の詳細は不明だが、相手にするより先に女性を救出しなければいけない。

 北城は壁に向かって大げさに飛びあがる。そのまま壁を蹴り、腕の背後に抜けるつもりだ。腕のリーチからすると、ちょっとやり過ぎなぐらいの大げさな迂回うかいだ。だが、イマジンがわからない以上、用心に越したことはない。

 北城の脚が壁に触れる。脚に力が溜められる。

 がしっ。

 足首に感触があった。くるぶしの当たりを握っている手。見ると、地面にあった腕はそのままだ。腕が新しく壁からも生えている。

「壁からも!」

 北城は体を捻り、腕に拳を叩きこむ。大げさな変形。ぱっと拘束は外れる。

 しかし、壁を蹴るための時間がもうない。北城は壁に沿って落下する。いつの間にか壁の腕は消えている。正面には地面の腕。だが、いくらかの距離がある。着地後、すぐに横を抜けていけば女性の元へと行ける。

 突然、地面が波打った。そう見えたのは、何本もの腕が北城を囲むように、同時に出現したからだ。ミズハはその半円の中央に着地した。

「勘弁してよね……」

 わらわらと腕たちは円を縮めていく。


 エドと影の距離はすぐに詰まる。間合いに入るや否や、スプーンによる袈裟切けさぎり。エドは背後に滑るように後退する。その脚は動いていない。スプーンが空を切り、地面に接する。若干の波紋と飛沫を上げ、スプーンの先は地面に沈む。黒い液体をすくい上げ、エドへと飛ばす。液体は何もない空中に衝突し、そこに存在する平面を知らせる。真っ黒なキューブが斜めにせり上がり、エドを突き上げようと猛スピードで接近する。エドはまた、脚を全く動かさずに横に移動し、黒い塊を回避する。

「ちっ」

 エイラは舌打ちする。時間いっぱいだ。そろそろ背後の腕につかまれる。その対処が必要だ。

 壁の影は水風船を割ったように液体になると、ばしゃりと落下する。薄暗い陰に混ざり、元通りになる。エイラの影もするすると彼女の元へと戻る。同時に彼女の足元に巻きつくように回りこみ、迫っているであろう腕に対しスプーンを振るう。確かな手ごたえの後、スプーンは軽くなる。腕を打ち払ったのだ。だがその直後、スプーンは突然動きを止める。

 エイラが異変を感じ振り返ると、影が振ったスプーンは腕につかまっていた。ぐったりと倒れている腕がある。打ち払ったのはこれだ。つまり――。

 視線を上げる。ざっと見ただけで十本以上の腕が林のように並んでいた。

 エイラはエドを見る。その後ろ、北城の周囲にもたくさんの腕が出現している。そして、彼の脚の間に割った胡桃のようなものが見える。鼻だ。

「なるほどね」

 エイラはため息をつく。


 北城は数える。地面から生える腕は八本。その輪はすでに狭まり、包囲を通り抜けようとすれば確実に捕まる。大げさな跳躍で飛び越えるのもいいが、壁から生えた腕のこともある。まずは怯ませ、時間を作る。

 北城は姿勢を低く。地表を撫でるように脚で薙ぐ。大げさにするのは当たった衝撃。蹴りが端の腕に迫る。

 がぽん。

 腕は潜行する。蹴りに当たる前に次々と地面に潜っていく。脚には何の感触もなく、空振りに終わる。想定とは違ったが、周囲の腕はさっぱりと見えなくなった。

「今なら!」

 北城は跳躍する。地表から、そして壁からも十分に距離がある軌道で女性へと飛んでいく。どぽんと腕が一本、地面から現れる。

「残念。届かないわよ」

 北城が見下ろしながら言った。まっすぐピンと伸びた、そのはるか上を北城は行く。

 がぽぽん!

 腕がさらに伸びたように見えた。腕の下が現れたのだ。土気色の顔、焦点の合わない目。半袖のポロシャツを着た、四十代後半と見える男性。胸には深い刺し傷がある。

「これは……イマジンじゃあ、ない!」

 明らかに人間、それも死んだ人間だ。その事実に北城は動揺する。

 死体は腰までを地面の上に出し、手を伸ばす。それでも、北城までは十分な距離がある。例え、この死体が脚まで出現して、さらに飛び上がったとしても届かない。

 女性まであと少し。軌道は落下を描き始めていた。北城は着地に備える。

 急に足が強い力で捻じるように引っ張られる。北城は半回転し、背中から落下しながら背後を見た。

「冗談だと言ってよ」

 四体の死体が絡み合い積み重なって一本の塔になり、北城の足首をつかんでいた。

 塔はすでに傾き、下部はぐらぐらだ。案の定、空中分解する。それぞれの死体が、何か紐のようなもので地上と繋がっているのを見る。だが、それよりも先頭のポロシャツの死体がつかんだ手を離さない。まともな着地は不可能だ。

 北城は顎を引き、両掌で後頭部を覆う。それ以外は体を硬直させないように努める。ダメージは免れないだろうが、どこか硬直した一点に力がかかれば大怪我だ。第一に頭を守る。第二にはんぺんのように脱力する。

 死体たちは地表を全く波立たせることなく、吸いこまれるように潜っていく。そろそろだ。北城の背中に強烈な衝撃。

「がはっ」

 それが胸へと突き抜ける。呼吸が苦しい。だが、意識はしっかりとしている。

「ああ、吐きそうよ……!」

 死体は潜りながらも、足をつかんだままだった。北城は身を起こす。

 これは本当の死体なのだろうか。とすれば誰なのだろう。なんだか、とても申し訳ないことをしている気分になる。ごめんね。

 北城は拳を振りおろし、手を打ちすえる。堪らず手は拘束を解き、沈んでいく。

 後は女性だ。北城は駆けよる。息が苦しい。思っていた以上に落下のダメージがあった。なるべく見ないようにしながら、腕を蹴りあげる。衝撃でぱっと足首を手放し、腕は地面へと消える。

「さあ、走って!」

 女性はこくこくとうなずきながら、こけつまろびつその場を離れる。新しい腕が出る気配はない。後ろ姿が遠ざかっていく。

 エイラはどうなっている。北城は振り返る。

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