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偶発の同刻 その十三

「様子がおかしい」

 自分を包帯で巻いて何の意味があるのだろう。

「私が行く。クリークで援護をお願い」

 千輪が駆ける。クリークが蛇行しながらその後を追う。

 千輪とリネンの間合いが詰まる。あっという間にお互いの手が届く距離。先に動いたのは千輪だ。顔に拳を叩きこむ。リネンはそのままそれを受ける。続けて左右の連撃。これも綺麗に顔面に当たる。だが、リネンは少しのけぞる程度で、大きな反応をしない。

 だが、これで三発。カザマのようにイマジンの効果が現れるはずだ。

 リネンは一歩踏み出す。効果が表れている。これで止めと、千輪が顔面に拳を突き立てる。リネンの体勢が傾く。

「うっ、何のつもりよ……」

 リネンは顔面で拳を押し返してくる。体勢を戻すと、千輪の腕をつかむ。顔の部分、そして腕をつかんだ手の部分の包帯がやわやわとたわんでいく。かと思うと、千輪の腕に素早く巻きついた。

 これはまずい、と千輪は脚部にリングを装着する。リング同士が触れ合い、かちゃかちゃと鳴る。リネンを突き飛ばすように胸の下を蹴る。リネンは微動だにしない。手も離さない。二人の距離が縮まる。千輪は攻撃方法を膝蹴りに変更する。もう一度。もう一度。何度蹴ってもリネンは怯まない。腕が包帯に覆われていく。力が抜ける。

 千輪の背後からクリークが飛び出す。クリークは切りだし刀を回収し、いでと一体化させていた。千輪を捕らえる腕を突く。リネンの背中を蹴り、クリークは着地する。

 皆瀬が遠目で見ていても、千輪とクリークの攻撃はかなりの衝撃、威力があった。それにナイフで突かれた腕の包帯は、赤く染まり始めていた。ダメージは確かにある。なのにリネンは怯まない。

 体を包帯で覆ったとしても、強化は望めないはずだ。弱々しい包帯の動きを身体能力に加え、その厚みを防御力に加えたとしても、直撃を平然としていられる理由には程遠い。

「いったい、何を殺しているんだ」

 千輪は勘違いをしていた。あのリネンの一歩は千輪のイマジンのためではなかった。ただ、彼が歩いただけだったのだ。なぜかイマジンの効果が現れない。それもそのはず、リンクされていないと千輪にはサブによってわかった。

 カザマのときは三発で効いた。だが、今は蹴りも合わせて十発以上は与えている。個人差と言うには違いが大きすぎる。どうして効果が現れないのか。その理由があるはずだ。巻きつく包帯は肩まで迫っている。

 クリークが反転し、リネンの背中を切りつける。

「ヤラナ……クチャ……」

 包帯がはらりと解け、リネンの服が覗く。だがその隙間は横から伸びる包帯にすぐに覆われる。切った包帯の先端がクリークに向かう。かわしきれない。脚を巻かれたクリークは転倒し、包帯につかまってしまう。動けなくなる。

「千輪さん! クリーク!」

 このままでは二人が危ない。完全に動けなくなった千輪とクリークを自分だけで助け出す方法はおそらくない。その前に手を打たなければいけない。皆瀬は頭を働かせる。

 ……動けない? このワードが気になる。思考しろ。

 あのイマジンは何かを殺す。皆瀬がここで気になったのは、何を対象にしてそれが起こっているかだった。脚が動かなくなるのは、脚を殺したという一つの事象で起きていると、何となく理解していた。それは間違いではないが、殺す対象をもっと細かく考えることもできる。そうだ、殺されたから動かないと考えるから一つになる。逆順に考えるんだ。動かないのは筋肉を殺すから、感覚がなくなるのは神経を殺すから。このように二つに分けられる。そして、それを選択できるのだとしたら。

 いや、できる。皆瀬は確信する。リネンがやっているのは自分の感覚だけを殺すこと。それに違いない。

「千輪さん! そいつは自分の感覚をなくしてるんだ! だから攻撃が効いてないように見える!」

 千輪がはっとする。

「つまり、ダメージはあるのね?」

 皆瀬が続ける。

「だから、それ以上攻撃しちゃだめだ! このままでは本当に死んでしまう!」

 一見、追い詰められているのは皆瀬たちだ。だが、本当に危ないのはリネンだった。彼はイマジンの効果で耐えているだけで、とっくに戦える状態ではなかった。

 千輪が残った腕を掲げる。千輪とクリークは包帯に覆われていく。

「方法がないのはわかる! けど、止すんだ!」

 腕が振り下ろされる。

 千輪は殴らなかった。掌をリネンの顔の上にぴたりと当てる。どんな攻撃にも反応しなかったリネンが、ただ手の平を顔に宛がわれただけで小さくうめく。

「千輪さん、一体何を……」

「感覚を戻したの。行動からして、脳をいじっているわけではない。遮断されているのは神経。そして、向かって来る拳にも全く反応しない。普通なら何かしらの防御反応をとるはず。つまり、脳からの命令を除いて、無意識の運動さえもしないようにされているのね。私の動きと相手の動きを脊髄反射のようにリンクさせても、どうりで効果がないわけだわ。その情報さえ遮断されていた」

 リネンが絶叫しながら、よろよろと千輪から離れる。今までの攻撃の痛みが一気に戻ったのだ。

「だったら神経を飛ばして、脳と痛みを直接リンクさせてやればいい」

 リネンの叫びが弱まっていく。それと共に千輪たちに巻きついていた包帯が解け、消滅する。リネンのイマガイズが落としたグラスのように儚く砕けた。リネンが倒れる。クリークはそれを受け止め、優しく地面に寝かせる。


 僕は大きく息を吐いた。

 仮面のひびが閉じていく。無表情になる。トウコのイマガイズは消え、リングもカチャカチャと肘側から順番になくなっていった。

 トウコから連絡があったとき、まさかこんな大事になるとは思っていなかった。とにかく、彼女も僕も、そしてクリークも無事だ。そのことに安堵あんどした。

 路上には二人の脱走者が倒れていた。〈エデンの外〉に連絡すればいいのだろうか。

 電話はすぐに繋がった。

「はいはい、こちら〈エデンの外〉」

「チヨさん、脱走者を二人確保しました」

「おおう。お手柄だねえ」

「一人は怪我をして出血しています」

「了解。んじゃあ〈ラーク〉にはこっちから連絡しておくから」

「えっと、初めてのことなので、どうしたらいいのか」

「大丈夫だよ。すぐにイナリさんたちが向かうから」

「わかりました」

 それじゃあ、と言って電話は切れた。

 僕とクリークが協力してカザマとリネンを塀際に寄りかからせていると、

「皆瀬くん。相談があるのだけれど」

 とトウコが言った。

 意識のない人体はとても動かしにくい。なかなか上手く座ってくれなかった。僕はトウコの方を見ずになんだい、と返事をした。

「あなたたちの仲間に入れてほしいの」

 僕は振り返った。

「〈ウィズダム〉に入るのなら、君の過去やイマジンのことを明かさなければいけなくなるよ。穏便にすむかどうか、僕には判断できない」

「違うの。皆瀬くん、岸戸くん、北城さん。あなたたち三人の仲間に入れてほしいのよ」

 僕は口を開いた。

「おーい!」

 何か答える前に、角を曲って声をかける人物がいた。

「ユウ! そっちはもう……あれ、ミズハは?」

 来たのは彼一人だった。

「よかった。無事みたいだな。ミズハは事情があってはぐれてしまったんだが、エイラさんと一緒だ。そっちにはハスバさんたちが向かってくれてる。そいつらは?」

 ユウは壁に寄りかかり気絶している二人を見た。

「イマガイズだ。例の脱走者たちだよ」

「千輪さんの用事って、これ絡みだったのか。なかなか終わらないわけだ。よく二人で解決できたなあ」

「あら、岸戸くん。私だってイマガイズ。なかなかやるのよ」

 ユウはぎょっとしたように僕を見たので、うなずいて見せた。

「やっぱりそうだったのか。でも、なんで――」

「これについては、ミズハが戻ってから四人で話そう」

 〈エデンの外〉の記憶について尋ねたかったのだろう。だが、ユウの言葉を遮るようにして、僕は言った。トウコは軽くうつむき、伏し目がちに地面を見た。

 キキーッ!

 路地の先、黒塗りの大型車が停止した。中から現れたのはイナリだ。

「お疲れ様です。脱走者を回収に参りました」

「丁度いいや、イナリさん。〈エデンの外〉まで行くんだろう? 途中まで乗せていってくれよ」

「もちろん構いませんよ」

 協力してカザマとリネンを運び入れ、僕たち三人とクリークも車に乗りこんだ。中にはヒカゲがいて、こめかみをぐりぐりと揉んでいた。

「車内で読書はするもんじゃないな。そんで、これが怪我人か。まあ、派手にやったもんだ」

「無事でしょうか」

「保証する。お前らは、怪我ないのか?」

「よかった。僕たちは大丈夫です」

 リネンの切り傷は思っていたほど重症ではなかった。イマガイズの防御と包帯で多少なりともカバーしていたためだろう。ヒカゲは簡単な処置をすると緑の錠剤を口に押しこんだ。そして、イナリの肩を二度軽く叩く。

「いいぞ」

「それでは、発車いたします」

 イナリがアクセルを踏み、ハンドルを操った。

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