偶発の同刻 その十二
緑のコートが後ろへ靡く。千輪は両腕にリングを出現させる。
「ほう、君が来るか。てっきり、車が俺の相手だと思っていた」
「そう、車。あれがヒントだったわ。私、今の車より、昔の車の方が好きなの。今の車って、みんなのっぺりしているじゃない」
「そうか、リネンを先に倒すつもりか。お前は、そのための時間稼ぎ」
カザマが地を蹴った。だが、その速度は人の全力疾走以上のものではない。千輪はやはり、と思った。
「もっと頭を冷やせ」
カザマが肉薄する。千輪の左腕についていたリングが、空気に溶けるように消える。同時に右腕をカザマに向けて突き出す。
ごぢん!
カザマは僅かに横に逸れ、拳をかわそうとしていた。だが、拳は追尾するように軌道をずらしてカザマの顔面に直撃する。
「ば、馬鹿な。なぜ当たる」
ふらつき後退するカザマ。
「偶然だ」
間合いを詰め、脇をすり抜けようとする。その背中を千輪が打つ。しかし、カザマは倒れこんだ瞬間、地を滑るように舞いあがり、回転しながら手刀を繰り出す。常軌を逸した動きだ。
だが、それは千輪の眼前で止まった。それより早く、千輪の拳はカザマの顔面を捉えていたのだ。
空中でぐらりと傾き、カザマは地面に仰向けで倒れる。
「話は最後まで聞かないと。なんで今の車がのっぺりしているかというと合理的だから。空気をまっすぐ後ろに流すデザインなのよ。あなたには攻撃が当たらない。攻撃をくるくる回転しながら回避していた。でも、車のときは違った。真っ直ぐ駆けあがった。あれが教えてくれたの。あなたの動きが、空気の流れだってね。あなたは攻撃を避けてたんじゃない。攻撃の際に起こる空気の流れに乗っているだけなのよ」
空気に溶けるように半透明のリングが浮いている。
「だから、あなたじゃなく風を殴った」
カザマは空を見る。イマジンが読み解かれた。だが、この女はそれをばらしてしまっている。オン、オフ切り替えられないわけではない。不意打ちを避けるために常時使用していただけだ。この女が、どうやっているのか不明だが、風を殴ると言うのならイマジンを解除すればいい。まだ勝機はある。カザマは立ち上がる。
千輪は腕をまっすぐに伸ばし、拳を握る。カザマはゆっくりと歩く。千輪は肘を引き絞る。
わかりやすいモーションだ。イマジンを使うまでもない。かわせる、とカザマは考える。
放たれた拳。カザマはさらに一歩踏み出し、顔面を打ち抜かれる。頭部がぐらぐらと揺れ、カザマは膝を落とし前のめりになる。咄嗟に腕をついて転倒を免れる。
何が起きた? 回避しようとしたのに、あれではまるで自分から当たりに行っている。強力な突きだが、イマガイズがそれを和らげてくれている。脳へのダメージがそれほどとは思えない。
「三発か。さすがイマガイズね。効き目が遅い。あなたのイマジンは強力だわ。でも、それが敗因」
「俺は……俺は、まだ負けていない!」
カザマはざっと音を上げて立ち上がる。一歩踏み出す。いや、カザマは歩こうとは思っていない。ただ立ち上がっただけだ。
「イマジンが強力なゆえに、私のイマジンを完全に処理できると決めつけた。詳細を確かめるのを怠った」
千輪が腕をまっすぐにのばす。肘を引く。
「はっ。まさか、これは」
カザマがさらに一歩、自分の意思とは無関係に踏み出す。千輪の腕のリングが減っているのを見た。
「お前が、やっているのか……」
「少し遅かったわね」
深緑の仮面に直撃。カザマのイマガイズが音を立てて砕け散る。
皆瀬の背後で包帯の残骸が渦を巻きながら消える。新たな包帯が人型となってリネンの前に出現する。接近するクリークに包帯を伸ばす。しゅるしゅると肘と膝に巻きつく。クリークは止まらない。
「わかったぞ。車の機能で動いているわけじゃないんだ。だから、止まらない」
絡みつかれたまま突進し、リネンを射程に捉える。クリークは少し屈み、徐々に腕を加速させる。地を這うようなパンチがリネンに向かう。
包帯の塊が自らを引っ張り上げ、パンチとリネンの間に飛び入る。パンチは包帯を解き、何の抵抗もなく貫通するかと思われた。腕の速度ががくんと落ちる。
「なんだ? どうしたクリーク」
速度は落ちたが、腕は再び動き出す。すると包帯が腕全体に絡みつくように展開する。さらに、その先端が車の中心、クリーク本体へと伸びる。腕から力が抜ける。大きな音を立てて地面に落ちる。クリークの腕が包帯に巻きつかれていた。
「やっぱりだ。あの白いのが動かしている。なら、そいつを止めれば大きな体も止まる」
クリークはもう一方の腕を振り上げる。包帯がさらにクリークに絡んでいく。
攻撃性能のないイマジンだと油断していたが、とんでもなかった。倒しても倒しても、自由にまた再出現させられ、同時に複数個所動かせるイマジン。大きさと人数の有利を完全に打ち消されている。
皆瀬は美術用の切り出し刀を出現させると、クリークの加勢に向かう。前に出て包帯を切断するつもりだ。
車の体がぐらりと傾いた。クリークの脚の自由が奪われたのだ。車人間が横倒しになる。横を抜けようとした皆瀬はそれに阻まれる形となった。同時に、振りあげたクリークの腕が定まらなくなる。車を無理やり変形したためか、肩の可動域が狭い。これではリネンに当たらない。
「くっ、これでは……」
「がんじがらめにしたのに動けたのには驚きました。けれど、仕組みがわかればどうってことありませんね。これで、こいつの動きは確実に死んだ」
掲げていた腕からも力が抜け、大きな音を立てて地面に落下する。ボンネットが自重で大きくへこむ。クリークはもう動けないのか。車体の影からにょろりと包帯が差し向けられた。
「そして、あなたも縛って終わりです。カザマさんの言うとおり、何の問題もありません」
四本の包帯が皆瀬に襲いかかる。皆瀬は後退しながら刃を振る。先頭の包帯に刃が当たるが、空中の布切れだ。手応えがない。少し減速した程度で、またすぐに向かって来る。脚に巻きつかれる。力が抜ける。
リネンが死んだと言った意味がわかった。動かないだけでなく、感覚すらない。この包帯は巻きついたり包みこんだものを殺すのだ。機能、勢い、そして全体を包めば命さえも殺せるイマジン。
包帯が今度は腕に巻きつく。腕の力が抜け、持っていた切り出し刀がぽろりと地面に落ちる。残り二本はさらに楽に巻きついてくるだろう。人型の塊が車体の影から頭を出す。転がり落ちる。すっくと立ち上がり、ぐらぐらと揺れながらゆっくりと近づいてくる。
突然、包帯がぴんと張った。乳白色の軌道に断ち切られる。
千輪トウコがざっと音を立てて着地する。リネンのイマジンに立ちはだかる。
「おまえは、カザマさんが!」
リネンは視線を泳がせる。皆瀬よりさらに奥、カザマが見える。大の字に倒れて動かない。
「う、嘘だ。カザマさんが負けるはずない」
「次はあなたの番よ」
リネンはがくりと崩れ落ちる。
「そんな、カザマさんが……」
リネンはぶつぶつと言っている。波が引くように包帯が塊へと巻き取られていく。全て巻き終えると、今度は固まり自体が白い渦となって消えた。
クリークが車から抜け出す。途端に結合を失い、車体は残骸になり、淡い光と共に消える。白い人型が二人へと駆け寄る。
「終わったか……」
「いえ、まだよ!」
リネンを中心に包帯が渦を巻いて出現する。
「君たちを倒して、コモンさんの元へ連れていく。カザマさんも助ける。なら、ぼくが!」
リネンに包帯が巻きついていく。肌が白く覆われていく。
「いやだ! やりたくない! でも……」
イマガイズ扉の下にも包帯がうねり、巻きつく。扉がぱかあんと開いた。その下は目元に小さな隙間があるだけで、他は包帯でぐるぐる巻きにされている。
「……ヤラナクチャ」
リネンの全身は包帯で覆われた。ふらりと歩きだす。




