飾有という町
人は群れる。
それは家族。あるいは友達や同僚。もしくは単なる知り合い。
彼らを丸で囲んでいく。ぐるり、ぐるりと囲む。
それらを俯瞰すると、町はまるで水玉模様のようだ。ゆったりと流れる玉。その間を無数の無関心がすり抜けるように往来している。
生きた町だ。人々の流れは、体の中を血液が流れるのとよく似ていた。
その無関心の一人、スーツ姿に鞄を持った、いかにもサラリーマンといった風体の男。鞄と皮靴はくたびれているが、スーツとシャツはしゃっきりしており、クリーニングからおろしたばかりか、まめにアイロンがけをしているのだろう。もしくは妻がいるのかもしれない。
男は無関心のまま歩き続ける。
無関心は個人で完結するシステムに思えるが、そうではない。他人の干渉があると、人は何かしらの反応を起こす。無視でさえ反応の一つなのだから、干渉された後に無関心でいるのは困難だ。無関心を維持する秘訣は、元から関わらないことだ。自分から関わっても、相手から関わってもいけない。
それゆえ、彼らは相互に無関心であろうとし、それを暗黙の了解としていた。
この男も、その術を心得ているようで、すいすいと人の間を通り抜けていく。足取りに澱みはない。
不意に、町なかにゆったりとした音楽が流れ始める。
すると、それまで軽快だった男の足がぴたりと止まった。男は何かを探すように鞄に手を入れる。鞄の中身を改めはしない。どこに何が入っているのか知っているのだ。手探りで男が鞄から取り出したのは、一つの仮面だった。
目の部分が楕円にくりぬかれた、顔全体を覆うシンプルなデザイン。真っ白ではなく、やや黄色い。元々なのか。ワンポイントで目元に黄緑色の三つ葉マーク。その下に同じ色で何か文字が刻印してある。陽光が反射すると、仮面の表面には細かい傷があるとわかる。使いこまれている。
男はそれを顔まで持ち上げると、当然のように被った。平凡だった無関心の一人は消え去り、代わりに仮面を被った男がそこにいた。
いや、男だけではなかった。グループも、無関心も、皆が一様に足を止め、各々の仮面を取り出し、それを被った。そして仮面をつけた者から歩き始める。
音楽が鳴り終わる頃、通行者達は先刻と全く変わらぬ様子で行き交っていた。実際、仮面を被っている以外、違いを見つけられる者はいないだろう。結局のところ、あの無関心は何の変哲もない一人の男に過ぎなかったのだ。
これが飾有町の日常風景なのだから。街頭の時計は午後五時三分を表示している。