欠ける
※お題「かける」「#深夜の真剣文字書き60分一本勝負」で書きました。
七月の最後の週、俺たちは自転車で公道沿いの砂利道に集まっていた。旧道の心霊スポットへ行くためだ。
総勢、四人で自転車をこぎ始める。ほどなくして背後から声がかかった。同級の八代である。先刻、誘いに行った時には、八代の母親から『息子は具合が悪い』と断られていた。
「ちょっと熱があっただけ。母さんは大げさなんだよ」
八代の家は母子家庭である。母親の交際相手が出入りしており、子供の俺の目から見ても複雑だった。
「じゃあ、一緒に行ける?」
頷く八代を連れて旧道のトンネルへと向かう。何でも子供の幽霊がトンネルに現れるという噂だ。だが、トンネルの傍まで来た俺たちは落胆する。トンネルの手前には土産物屋があり、周囲のガードレールは整備されていた。あろうことかベンチまで設置され、観光バスが停留している。観光客は、手にワイナリーのロゴの入ったビニール袋を提げていた。
俺たちは、先週のニュース番組を思い出す。試飲を売り物にした醸造所の新装が報道されていた。この安っぽいきらびやかさの中で、以前の様相を保っているのは当のトンネルだけである。
それも観光バスがトンネルを走り抜けていくのを見てしまうと馬鹿馬鹿しくて入る気になれない。俺たちは顔を見合わせた。しかし、八代は強硬である。一人でも行くと聞かなかった。
「みんな怖いんだろ?」
俺は間抜けに口を開けていたと思う。八代は大人しい子供だった。いつも後ろのほうへ立ち、俺たちに従っている。いるのかいないのかわからないような級友だった。
「そんなわけないだろ!」
弱虫呼ばわりされては引き下がれない。一往復すれば、八代の気も済むと思い、仕方なく五人でトンネルへ入った。旧道の幅はバスが一台、ようやく通れるほどである。
停留していた他のバスは、トンネルへ入らず、新道の方へ遠ざかって行った。最初は後続車両を警戒していたが、車やバイクの気配はない。
トンネルは、ひんやりと静まり返っていた。
「それっぽくなってきたな!」
恐ろしくなった俺の虚勢がトンネルに響く。
「うん。こうこなくちゃ面白くないよ」
怖気を震い始めた俺たちの中で八代だけは平気な顔だった。八代は俺たちの中で一番、背が低かったし、体育の授業でも活躍するほうではない。仲間内で軽んじられているタイプの男子だった。
「本当は怖いんじゃねえの?」
からかう俺に八代は笑い返す。
「平気だよ!」
俺を追い抜き、見る間に奥へ入って行く。
「マジかよ?」
俺は舌を巻いた。他の三人も同じ気持ちらしく戸惑っている。トンネルのカーブのせいで八代の姿がたちまち見えなくなった。俺たちは慌てて自転車を走らせる。
トンネルでは特に何も起こらず、出口で八代が手を振っていた。
この一件で八代は、内々のちょっとした尊敬を得た。十代前半の男なんてものは単純である。端へ並ぼうとする八代を真中へ押し込み、俺たちは携帯で数枚、記念写真を撮った。
先頭を走っている八代を眺めながら、俺はキツネにつままれたような気持だった。
翌日、俺は八代の訃報を聞いた。八代は、俺が家を訪ねた前日にすでに死んでいたらしい。母親の交際相手にひどく殴られたのが原因だった。
俺は携帯の画面を開く。画面には、俺を含め四人が映っている。真中にいるはずの八代の姿はなかった。