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耳の中の車窓

「皆様はどこからおいでなすったのかな?」

そう尋ねられたのはゴトゴトと揺れる長距離バスの中でした。

古い新聞紙の中からとっておきの果物を取り出したような笑顔で、そのお爺さんは続けます。

「ああ。面倒でしたら無視してくれて構わんのです。やぶさかなのは重々承知しておりますから。好きで話しているのですから、返事は無用です」

他の乗客は皆、じっと窓の外を眺めています。

その四角い額縁の向こうには、遠い昔、星達が落ちて出来たという湖が大小何個も並んでいて、この世の物とは思えないような景色を描いていました。

途中まで乗って気づいたのですが、このバスはどちらかと言えば観光を目的としたバスのようでした。

「ワシはこの湖達の向こう側の村に住んでいましてな。ただ、物を売る時は皆さんが乗ってきたバス停まで行くんですよ。あっちからのお客さんの方が多いですからな。バスの中で食べられる物はあっちのほうが売れますのでな」

皺くちゃの古新聞さんはとっておきの記事だと言わんばかりに話を続けます。

「このバスは別名『無言のバス』と呼ばれていましてな。皆、景色に夢中になって誰も喋らんのですわ。ワシからしたら、少々物足りなくていかんのですわ」

今度は私の向かいの席の男の子の背中に話しかけています。

でも、誰も耳をかしません。

皆一様に四角いガラスのキャンパスを見つめています。

私と、お爺さん以外は、もれなくみんな。

一つの湖も見落とすまいと必死に。

そのガラスから目を離したら、置いて行かれるのではないかと不安になっているように。


私はふっと目を閉じました。

聞こえてくるのは旅の間に聞き慣れた、バスの走る音。

タイヤがゴツゴツとした地面を噛みしめる音。

時に優しく、時に激しく私の身体を揺さぶる、振動。

もし目の見えない人が居たら、このバスはいつもと変わらないかもしれません。

……いや、ちょっとだけ違います。

「そもそも、この湖達の水は落ちてきた星の成分によってそれぞれ色が違っていましてな……」

ああ、と合点がいきました。

私はまたふっと目を開けると、お爺さんの顔を覗き込みました。

だいぶ近くまで顔を近づけても、お爺さんは怯むこと無く話を続けていました。

その目はまるで湖達のように青く濁り……いや、澄んでいると言ったほうが良いのかもしれません。

いずれにせよ、もう見えていないようでした。

どうせ誰も聴いていないのです。

私は小さな声でありがとう、と呟きました。

「……ここは本当に美しい。世界の皆に伝えたいほど美しい。貴方の目にも見えていると良いのですがな」

ええ、しっかり見えています。

見えているだけではなく、景色が聞こえました。

それはきっと必死にガラスを覗くよりもきっと私の心に残ります。

「それは、良かった」

そう言って、その古新聞さんはにかりと笑いました。

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