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通り雨

突然の雨でした。

幸い、近くに大きな木が在ったので、その下で雨宿りしていると、ふと隣から視線を感じました。

「お姉さんもやっぱり雨が嫌い?」

そこには黒い髪で、目が大きなまるで猫みたいな少年が居ました。

どことなく、東の方の血が混じっている感じがします。

濡れた髪先から滴がぽたぽたと落ちて居て、それが少しだけその歳には不釣り合いな色気を出していました。

「ねえ。雨は嫌い?」

……うーん。どうでしょう。

確かにこれ程酷い雨だと困ってしまうかもしれません。

上着は重くなるし、長く伸びてしまった髪の毛先が少しくるくるになってしまうし。

「……やっぱりどこに行っても嫌われものだなあ。僕は」

少年が俯きがちに呟きました。

……ああ。なるほど。

私もだいぶ旅にも慣れてきたのでしょうか。

こういうことも、あるでしょう。


木からぽつぽつと雨粒が落ちてきます。

それは私の鼻の頭を、足元の花の頭を、濡らしました。

花は残念ながら話せません。少なくとも、たぶん、ここの花は。

でもきっと、少年に感謝してるでしょう。

「うーん。それは分かってるんだけどさ……」

少年がしゃがみ込んで、草の上に居たカタツムリを持ち上げました。

「でも、たまには口にして欲しいんだよ。感謝の言葉って奴をさ。あんまり人は言わないじゃん」

人は、結構恥ずかしがり屋ですから。

「……忘れてるだけじゃないかなあ」

……確かにそういう人も、居るかもしれません。

少年はそっとカタツムリを元の場所に戻すと、「ちぇ」と言いながら空を仰ぎました。

そこには味気のない灰色の空。

白と黒の、モノクロの空。

まるで古い映画のようです。

さながら、雨はフィルムノイズでしょうか。

雨音はそのまま、ホワイトノイズでしょうか。

……ああ、でも。

そのノイズ達の後を追って視線を落とせば。

そこには、土埃を落とされて本来の鮮やかさを取り戻した木々や花達が居ました。

ちょっとだけ、雨煙が邪魔ですが。

「やっぱり、僕は邪魔なんじゃないか」

少年が口を尖らせます。

やっぱり、気まぐれな子供みたい。

「……でも、まあ。そういう見方もあるのか」

振り返ったりは、しないんですか?

「気まぐれに進んでいくだけさ、僕は。仕事をこなしながらね」

でも、やっぱり、あなたの仕事は無くてはならないものですよ。

多分、生きてるものたち全てにとって。

「分かってるよ。だから少しは我慢して欲しいんだけどさ……居なくなってから感謝されてもなあ」

やっぱり、うじうじしてます。

……私はしゃがみ込んで、少年の頭を撫でました。

「……ぬれちゃうよ?」

いいんです。

何だか今はこのままタップダンスでも出来ちゃいそうな気分です。

「変なの。変人だね」

そうでしょうか?

でも、なんだかこの雨は……降ってくれて良かったと思います。

色々と、気づけましたから。

私の埃も洗い流されてしまったからでしょうか。

何だか雨が降る前より、世界が鮮やかに見えます。

「やっぱり、変なの。……変だからまた見に来るよ」

口ではそう言いながら、少年はにっこりと笑いました。



雲が千切れ、その向こう側から薄く切ったカステラのような光が何本も降りてきています。

……ちょっとお腹が空いてきました。

もう当然そこには少年の姿はありませんでした。

ちょっといじけんぼで、寂しがりやで。

でもやっぱり優しい少年でした。

だって少年が去った、私が進む方向の空に。

虹がかかっていましたから。


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