第伍歩・大災害+68Days 其の伍
今回は、前々から疑問に思っていた事につきまして、チマチマと書き連ねました。
「ヤマトで入手した<召喚笛>は、海外サーバでも有効なのか?」で、ありまする。
誠に申し訳無しです。
都合により既出のキャラ名を以下のように変更させて戴きたく存じまする。
<桂花麗人>の名をナナEから、エミTに。
<冥界の毒蠍>の名をエミTから、アヤメGに。
<夢魔の黒烏>の名をマリヤNから、クララCに。
ハルカAと併せまして、此れで「ATGC」になりますので。
混乱させて御免なさい(平身低頭)。
故に、キャラ名を訂正させて戴きました。(2016.02.01)
[ <ダンジョン>ノ運用モードハ現在73パーセントデス ]
冒険者の体って何て便利なんやろう! ……って思うたんは、最初だけやったわ。
元の現実とは比べモンにならんくらいに腕力があり、脚力があり、肺活量があり、何よりさておき筋力がある。
せやけど、ね。
ワシは体力上等の守護戦士でもなきゃ、強力無双の武士でもあらへんし、増してや精力絶倫の武闘家でもあらへん。
しがない中年の召喚術師やわさ。
ウネウネと、隧道一杯に広がって前進しとる忠誠無比なワーム達の、何とも精神的に宜しくない後ろ姿を見続けとる内に、最下層の大広間を後にした時の意気揚々とした歩みは、次第に控えめなモンになってしもうた。
今の心象風景を表すにゃらば、箒よりもデカイ筆で墨痕鮮やかに書いた“うんざり”の四文字やわ。
あー、気色悪っ!
芋虫とミミズを掛け合わせて、三メートル大にしたような化け物が何体も何体も、ウネウネ、グネグネ、ニョロニョロと這い進む姿は、美しいの対極やわさ!
気分がダウナー傾向の、所謂一つの右肩急降下して行くに従い、全身がだるく感じるようになってしもうた。
ああ、疲れた。
……子供を抱っこするんが、こんなにしんどいとは!
世のお父さんとお母さん、其れに保育士さん達には、ホンマに平身低頭やねぇ。
元の現実では体験した事のない子育ての苦労の、ホンの一端を体験しただけで草臥れ果てたワシは、第四階層の<ワームの間>で一息つく事にした。
足を投げ出し、後ろ手で上体を支えながら大きく深呼吸をしてると、ちんまいラスボス達が心配そうにワシの顔を覗き込んできよる。
「ああ、大丈夫や。……おっちゃん、ちょっと気張り過ぎたさかいに、ちょっくら休憩させてもろうとるだけやし」
しかし、何やな。
此の子らもちょいちょいと、仕草が人間臭いなぁ?
胡坐を掻くと、眼の前に腰を下ろしたジャッカルっ子も、何故か神妙な顔つきで同じく胡坐を掻きよる。
腕組みをしながら首を捻ると、同じようなポーズをとりよった。
ふむ……。
両手を上へ伸ばし、上体を大きく反らしてみたら、ワンテンポ遅れてコツンとパタンの中間ら辺の音が立つ。
序で聞こえたんは、盛大な鳴き声やなく泣き声やった。
「ああ、よしよし。痛かったか、大丈夫や大丈夫や」
頭を抑えながらワシの胸に飛び込んで来たジャッカルっ子の背を、優しく撫でながら首を巡らせると、他のちんまいラスボス達は好き勝手な事をしとるやん。
若木っ子とサソリっ子は追っかけっこに夢中やし、カラスっ子は頭から生やした翼を羽ばたかせてはピョンピョンと跳ねとった。
[ <ダンジョン>ノ運用モードハ現在74パーセントデス ]
ふーむ、順調やった稼働率の数値が、豪く遅うなったな……。
もしかしたら、モンスターズ全員集合! が過負荷になってるんかね?
しかし、其れにしても。
優しく背中を撫で続けた結果、漸くにして泣き止んでくれたジャッカルっ子の頭の、ふんわりとした長くない毛並みにソッと手を当てる。
「……幻獣の主である事を喧伝するために、もっとモフモフとしたモンスターを手懐けたかってんけどなー。
自分やのうて<影王狼>やったら、もうちょいフサフサで、モフモフしてるんやろうなぁ?」
ワシの呟きが、己への謂われなき非難やと正確に理解したんか、ジャッカルっ子は尻尾の薄い毛を逆立てよった。
さっきまでの泣き顔をプンスカとさせながら、ワシの胸をポカポカと叩いてきよる。
何が楽しいのか相変わらず駆け回っている若木っ子とサソリっ子。
未知なる挑戦へ余念のない、カラスっ子。
……平和やねぇ、って……いやいや、今はそんな暢気な気分に浸っている暇はあらへんって!
よっしゃ、ほんだら出発しよかって思い 全員集合の号令をかけようとした処で、はたと口篭ってしもうた。
理由はと言えば、ちんまいラスボス達に何て呼びかけたらエエんか、悩んでしもうたからや。
モンスターの種類で言うたら、<荼枳尼女御>、<桂花麗人>、<夢魔の黒烏>、<冥界の毒蠍>やねんけど、どー見てもそーは見えへんしなぁ。
ほな、名づけをしたらエエんかな?
<吸血鬼妃>をアマミYさん、<獅子女>をアヤカOちゃんって、しとるみたいに。
いやいや、ちょい待てよ。
そもそもからにして、彼女達と従者契約してへんのに、自分の家族と同等の扱いをしてもエエんやろうか?
せやけど今現在、彼女らの上位者としての資格を、ワシは有しとるやん?
ダンジョンの隠し部屋を見つけ、<迷宮の真核>たら言う名のアイテムを確保したばかりに、アイテムの所有権とダンジョンの支配権を与えられたわな。
って事はつまり……つまり、ワシは彼女らラスボス童女隊の主権監督権を持っているって事で……。
せやったら、契約従者と同様の……アマミYさん達と同じ扱いをしてもエエってことやろう。
ほんならば、ワシの定めた自分ルールに従うて、名づけをしても構わへんって事で……。
何やろう、今一つしっくりとけぇへんな。
例えば、や。
モンスターを使役出来るアイテムとして、<召喚笛>ってのがある。
軍馬を含めた馬などの騎獣から、<鷲獅子>や<魔狂狼>などのモンスターまで、多種多様なアイテムや。
前から疑問やってんけど、ね。
<召喚笛>で呼び出される動物やらモンスターやらって、何処からやって来て、何処へと去って行くんやろうか?
<召喚笛>の所有者の視界に入らぬ所に隠れ潜んでいて、所有者が笛を吹いた途端に“お待たせ!”とばかりに、さり気なく現れるんやろうか?
まさか、な。
其れじゃ出来の悪い、コントやん?
ほな、所有者が笛を吹いたら、偶々条件が合致した動物やらモンスターやらが“呼んだ?”ってな感じでやって来るんやろうか?
……そんな都合のエエ事が、起きるもんかな?
大体にして、グリフォンが其処彼処に居るもんか?
そー考えると。
<召喚笛>って、名前の通りに何処からか対象を召喚出来るアイテムなんと、違うやろか?
ほな、其れは何処からやろうか?
ワシが考えるに、其れは<オーケアノス運河>の噴出し口やなかろうか?
弧状列島ヤマトの地下を滔滔と、縦横に流れている<オーケアノス運河>。
其れは、此の大地に宿る幾多の魂を隅々にまで運ぶ、全ての生命の母なる大河やと、ワシは認識しとる。
しかも其れは、モンスターの魂をも運んどる。
ワシが流されて、ナゴヤ闘技場の地下に打ち上げられたように、<オーケアノス運河>は至る処に地上への出口があるんやろう。
そんで、笛が吹かれたら、最寄の出口から飛び出して来るんやも?
其れがどの辺にあるんかによって、吹いてから到着するまでの時間に差異が生まれるんやなかろうか。
更に、考察するにゃらば。
<召喚笛>で呼び出す対象って、毎回同じ個体なんやろうか?
例えばやけど。
アキバで呼び出した場合と、ミナミで呼び出した場合。
どっちにも同じ個体が、来るもんやろうか?
其れとも、違う個体が来るんやろうか?
ワシの考えでは、同じ個体が来るって考えとる。
<召喚笛>ってのは、特定の動物、特定のモンスターとの個別契約するアイテムやと思うとるからやねんけど。
使役する対象をタクシーに例えるにゃらば、<召喚笛>は無料チケットみたいなもんと違うかな?
タクシーに例えるってのは、我ながらエエ考えやと思うな。
さて、此の場合。
タクシーってのは、会社なんか? 其れとも個人なんか?
会社ってのは、“種”って意味や。
個人ってのは、“個”って意味や。
ワシらがタクシーを呼ぶ場合、会社に連絡するんが殆どやけど、稀に個人的に運転手さんと親しくなって直通の連絡先を教えてもらう事がある。
もし<召喚笛>の対象が“会社=種”やった場合、“電話した=吹いた”ら最寄の“タクシー=使役対象”がやって来る事になる。
此の時にやって来る“使役対象=タクシー”は、不特定やわな。
前回と同じのんが来るかもしれんけど、恐らくは毎回違うのんが来るんと違うかな?
何せ、吹くタイミングが毎回違うからや。
もし<召喚笛>の対象が“個人=個”やった場合、“電話した=吹いた”らどんだけ時間がかかろうとも、常に同じ“タクシー=使役対象”がやって来る事になる。
何でこんな風に考えるかと、言うたらば。
“グリフォンとの戦闘中に<グリフォンの召喚笛>を吹いたら、敵として戦っている眼の前のグリフォンが、使役状態になった!”
そーんな事例なんぞ、さっぱり聞いた事がないからや。
もしかしたら、<召喚笛>使用者を中心とした直径数キロメートルの範囲内に居る使役対象全ての中から、ランダムで選ばれるんかもしれんけど。
其れかて、もしアイテムの有効圏内に戦闘中の敵しか、使役対象が居らへんかったら?
そもそも、ランダムやったら密集地帯に居てへん限りは、眼の前の敵が選ばれる可能性は高くなる。
せやけどワシは、寡聞にしてそんな事例は知らんし。
もしかしたら、体験者は居るんやけど、其の情報を一般公開せずに秘匿事項にしてるんかもしれへんが。
まぁそんな事例はないものとして、仮定の考察を続けると。
つまり、手持ちの情報を基にして思考を組み立てたら、どー考えても<召喚笛>ってアイテムは “種”全体ではのうて、特定の“個”との間で、使役契約をするアイテムでしかないんやと思う。
入手するまでに大変な労苦と費用と時間を必要とし、入手したとて万能やない時間制限と言う、使用に制限のかかったアイテムやけど。
せやけど、移動する際にはコレほど有難いアイテムはあらへん。
なーんせ長距離をテクテクと歩かず、ポーンってひとっ飛びで移動出来るんやからさ。
……欲しかったなぁ、ちきしょーめ!
まぁソレはソレとして。
今、ワシが所持しとる<迷宮の真核>についても、考えてみよう。
コレって、<召喚笛>と如何なる違いがあるんやろうか?
従者契約ではない形で、モンスターを召喚出来るって点では一緒やわ。
召喚したモンスターを騎獣として操れる、って点は違うわなぁ。
って事は。
<迷宮の真核>ってのは“マンションの経営権”みたいなモンと違うやろか?
此の例えが正しいんかどーかは、自信がさっぱりないけれど。
ホンで、ラスボス達は“マンションの管理組合”みたいなモンで。
つまる処、<迷宮の真核>は<召喚笛>ほどの自由度はあらへんけど、<召喚笛>よりも権限はある……んかなぁ?
[ <ダンジョン>ノ運用モードハ現在75パーセントデス ]
う~~~む…………はて、ワシは一体何を考えていたんやろう?
え~~~~~っと……、おお、そうや!
此の子らに名前をつけても、エエんかどーかやったな。
きゅおん?
ぼんやりとした視界に天井ばかり映してたんやが、鼓膜を震わした鳴き声に意識が引き寄せられる。
視線を下げたら、ジャッカルっ子が小首を傾げとった。
其の左右には、若木っ子とサソリっ子とカラスっ子の姿も。
皆が一様に、ワシの様子を窺うような表情で居りよる。
まぁ、エエか。
もし名づけ行為がルール違反やったらば、何がしかの警告があるやろうし。
ほなまぁ、そーゆー事で!
ワシは組んでいた腕を解き、<荼枳尼女御>の脇に差し入れて少し持ち上げ、目線を水平に合わせた。
「ワシは汝に名前を与えよう。
汝に与える名前は、“ハルカA”」
きゅおーん?
「汝は既に、只の<荼枳尼女御>やない。
此れより汝は、“ハルカA”って名前の、<荼枳尼女御>やわ」
きゅおーん!
ぷんぷにしとる顔に神妙な表情を浮かべとったジャッカルっ子、もとい、ハルカAは、シタッと右手を挙げて頷きよった。
さて、次は。
「ワシは汝に名前を与えよう。
汝に与える名前は、“エミT”」
ぷしゅー?
「汝は既に、只の<桂花麗人>やない。
此れより汝は、“エミT”って名前の、<桂花麗人>やわ」
ぷしゅー!
「ワシは汝に名前を与えよう。
汝に与える名前は、“アヤメG”」
きしゃー?
「汝は既に、只の<冥界の毒蠍>やない。
此れより汝は、“アヤメG”って名前の、<冥界の毒蠍>やわ」
きしゃー!
「ワシは汝に名前を与えよう。
汝に与える名前は、“クララC”や」
くあー?
「汝は既に、只の<夢魔の黒烏>やない。
此れより汝は、“クララC”って名前の、<夢魔の黒烏>やわ」
くあー!
さて、名づけは済んだで?
特に儀式めいた事はせんかったけど、其れでもルール違反になるんか?
ああ其れと、一応は彼女らのステータスを確認しとこうか。
もしかしたら名づけによって何らかの変化が……してまへんか、そーでっか、まぁ、そりゃそーやわな。
従者契約した<吸血鬼妃>にアマミYって名前をつけて、ワシの家族にした時も、別にパラメータに変化はなかったしなぁ。
<大災害>後に、態度は悪くなったけどな?
取り敢えず、もー暫く様子を見てみっか。
懐から<彩雲の煙管>を取り出し、天井へと五色の煙を輪っかにして吐き出したら、ハルカAとアヤメGが目を丸くして拍手をし、エミTとクララCは手を伸ばし天へと登るソレを掴もうと飛び跳ねる。
[ <ダンジョン>ノ運用モードハ現在76パーセントデス ]
其のメッセージが78パーセントを告げるまで待ったけど、特に変化はあらへんかった。
よし!
名づけ行為はルール違反やなかった……と、判断してオッケーやろう。
……オッケーやろう?
「ハルカA、エミT、アヤメG、クララC。
ほなまぁ、皆お手々繋いで歩いて行こっか?」
<彩雲の煙管>を懐に仕舞うたワシは、腰を上げると同時に、肉球のように柔らかい掌とキチン質の硬いハサミを握った。
ホンで左右に顔を傾けて大きく頷いてやると、ハルカAはエミTと、アヤメGはクララCと手を繋ぐ。
ワシらは仲良く横並びで、歩き出した。
ダンジョンの最深部から、上へ上へと向かう道すがら。
特に問題も非常事態も起こる事はなく……泥だらけの場所では大変やったけど、まぁ<水の精霊>の濯ぎと、<火蜥蜴>の乾燥の御蔭で何とかなったからエエけど、しかし何で子供って泥んこ遊びが好きなんやろうか?
……ワシもガキの頃は好きやったし、仕方ないやなぁ。
そんなこんなでワシらは、延々とした一本道だけで構成されとる二階層まで、えっちらおっちらと戻って来た。
到着するなり通路の入り口辺りで座り込み、小休止を取る事にする。
腹減ったしな。
魔法鞄から林檎を五個取り出し、おちびさん達に一個ずつ渡してやったらば。
飢えてたんか、余ほど美味しいと思うたんか、ワシが自分のを半分ほど食うた時点で、彼女らの手には皮も芯も残ってへなんだ。
四対八つの視線が、ワシの手元に集中するんを感じる。
「アカンで」
其れで大人しくしてくれるような幼子は、何処の世界にも居らんのは当たり前の事やわな。
口元をベタベタにした果汁を舐め取りながら、にじり寄る四体。
鼻息を一つ噴いたワシは、齧りかけの林檎を口に咥えて、鞍袋に手を突っ込んである物を取り出した。
「コレでも、しがんどきよし」
可愛らしく舌なめずりをした四つの顔の前に、ワシは鹿肉のジャーキーをぶら提げる。
興味津々の様子で、プックリとした鼻を近づけスンスンと臭いを嗅いだ次の瞬間、ワシの手にあった四本の干し肉は消え去った。
大人しくなった四体を見ながら、ワシも食事の続きをする事に。
モグモグとシャクシャクの咀嚼音だけが、高さは大体五メートルで幅は其の倍くらいの地下空間に響き渡る。
いや、遠くから微かに闘諍の音が聞こえるか。
此処からやと定かには判らんけれど、未だモンスター軍団の方が優勢なんやろうねぇ。
“戦力乗数”、って言葉がある。
英語で言うたら“Force Multiplier”。
武器や兵隊の強さ、戦術の巧みさ、地形の優位性、補給の潤沢さ、そんな諸々の戦闘を有利ににするための様々な要素を、丸っとひと括りにして表現した言葉やわ。
判りやすく言うたら、講談なんかの物語でよく見られる、多数を少数でぶっ飛ばす無茶な戦いってのは、此の数値が高騰しとるって事や。
インフレした無双ってのは、現実では殆ど起こらへん。
数に勝る暴力はなし、ってのが厳然たる事実やからね。
多数が少数に負ける理由は、多数が単なる数でしかない状況下だけやわ。
あるいは、多数が多数でなくなった時やね。
川越とか、桶狭間とか、厳島とかみたいな戦い。
せやけど今ん処、此の先で行われとる戦闘は純粋に数と数との戦いや。
<変異蟻>の側に余ほど優秀な指揮官でも現れへん限り、兵隊の質と地の利と補給の全てが勝り、尚且つ数で勝っとるモンスター軍団に敗北の要素は見当たらへんねんもん。
まぁ戦闘に関しては、モンスター軍団に丸投げでエエやろう。
ワシらは、兵どもが夢の跡をチンタラポンタラさせてもらうし。
別に、暢気に過ごしててエエとは思うてる訳やあらへんで?
あまり急いで先に進んだら、戦場に踏み込んでしまうやんか。
ラスボスとは言え、ちっちゃい子を四体も抱えてドンパチの最中を右往左往するんは勘弁やもんね。
多数が少数に負ける理由の一つは、本陣が強襲されて崩壊する事やさかい。
阿呆面下げてワシらが戦いの最中に突っ込んでしもうたら、茶臼山の家康公になってしまうからな。
好奇心は猫をも殺すし、キングはデンジャラスに近寄らず、ってな。
くぴー、すこー、くかー。
おや?
変な音がしたんで視線を落としたら、ハルカAが鼻提灯を作っとった。
其の横では、アヤメGがうつらうつらしとって、クララCがこっくりこっくりとしとる。
……衣食足りて惰眠を得る、ってか?
林檎の芯を持て余しつつ顎を掻いたら、眼の前にふやけた鹿肉ジャーキーが突き出された。
なんじゃらほいって視界を広げれば、何とも渋い顔をしたエミTがワシの手元を見詰めとる。
右手の親指と人差し指と中指で摘んだ林檎の芯を左右に揺らせば、エミTの視線も釣られて左右に動く。
「……交換しよか?」
植物系モンスターの御口には召さなかった干し肉を噛みながら、昼寝を貪るちんまいラスボス達の姿を見守る事、暫時。
…………起きそうにないなー、どないしよう?
また抱えて歩くんか?
きっついなー。
「……困ったもんやねぇ、エミT?」
ぷしゅ?
林檎の芯をあっという間に食べ終えたエミTは、実に満足そうな笑みを浮かべながら小首を傾げる。
うん、明解な回答は期待してへんかったから、別にエエけどね。
若葉が生い茂った頭を撫でたワシは、ヨッコイショと立ち上がり、腰を中心にして念入りなストレッチをする事にした。
おいっちにーさんしー、にーにっさんしー。
プクプクとした御腹を上にして眠りこける三体の童女の前で、柔軟体操をするオッサンの図。
……誰かが見たら、どー思うやろう?
まぁ此処には人間はワシ独りしかおらへんから、エエけどね。
さて、と。
ほなまぁ頑張って、担ぎまひょか!
誰か助けてくれたらエエんやけどなー、って虫のエエ事を思ったら。
ぷしゅー!
両手を広げて立ち上がったエミTが、此方の気合を挫くような気の抜けたひと鳴きを上げよった。
ホンだらば。
ワシらの直近の床に球電現象が発生し、即座にソレが炸裂!
<淨玻璃眼鏡>をしとっても、網膜に真珠母雲に似た残像が纏わりつきよる。
数秒後、クリアになったワシの網膜に大写しされたんは、無駄にデカい図体と蕾を備えたモンスターやった。
【 人喰い草 】
<レベル/50> <ランク/ノーマル>
<出現場所/不特定>
<出現頻度/普通>
<攻撃/近距離からの打撃攻撃>
<行動/常時>
<移動/普通>
<防御/外皮強度・普通>
<魔法耐性/火系統魔法・弱>
(★)体長は平均、三メートル。
脚みたいになった根っこで自立歩行し、獲物を捕食する、毎度御馴染みの植物系モンスター。
赤や緑の毒々しい彩りの八枚の肉厚な花弁の中に、四分割して開くアーモンド形の口があって、しかも内部には鮫みたいに鋭い歯が並んどる。
何本も生やしたザイルみたいな蔓が、何とも嫌な感じでうねってまんな。
……見かけはどー見ても『人類SOS』やのうて、『Little Shop of Horrors』やよなぁ。
……『Feed Me』とか歌い出さんといてや?
コイツならば、鹿肉の干し肉を差し出してやったら、ワシの腕ごと美味しく戴いてくれるわな、絶対に!
うん?
ワシの腰に、何かがコツンと当たった。
視線を移せば、エミTがモジモジとしながら上目遣いで、こっちを見上げとる。
……もしかして?
ぷしゅー♪
思わず、エミTの両脇に手を差し入れて抱き上げ、頬ずりしてしまうやん!
何て良く出来たエエ子なんやろう、若木っ子は!
くすぐったそうに笑うエミTを更に高く持ち上げれば、トリフィドがスルスルと蔓を伸ばし、己の蕾へと跨らせる。
グッジョブや!
……グッジョブやけど、まさか“誰か”やのうて“何か”が助けてくれるとは、ね?
熟睡しとるハルカAを、続けてアヤメG、クララCと、起さぬようにソッと抱き上げトリフィドの上に乗せてやれば、蔓がクルクルと彼女らの体を固定する。
「ほなまぁ、改めて出発っと」
[ <ダンジョン>ノ運用モードハ現在81パーセントデス ]
ワシが歩き出せば、後ろからは名状し難い足音に混じり、ナナEのご機嫌な鳴き声が。
障害となるモノさえ現れなきゃ、此の一本道を渡り切るんに然ほど時間はかからへん。
更に地下隧道を上へと向かう。
しかし何やねー、一口にモンスターって言うても、千差万別やねぇ。
トットコトットコと弛まず進み、<鋼尾翼竜の間>をあっさりと後にする。
やがて見えてくるのは、ダンジョンの防衛機構を託されたモンスターズの群れ。
……最下層を出立した時に比べたら、ちょいと少ないかな?
<魔狂獣>と<洞穴大蛇>は健在やけど、ざっと眺めた範囲では<動く骸骨>が三割、<彷徨う鎧>とワームが二割減って処か。
被害甚大まで一マイルっぽいが、敵軍を完全排除出来たんやったら、モーマンタイとゆーてエエんやろうねぇ。
生き残った奴らをとっくりと観察すれば、スケルトンの頭蓋骨の大きさも、リビングアーマーの鎧のデザインも、……ワームの外皮の色合いかて、ビミョーに違うわなぁ。
“雑草という草はないんですよ。どの草にも名前はあるんです。どの植物にも名前があって、それぞれ自分の好きな場所を選んで生を営んでいるんです”とは、恐れ多くも、いと止ん事なき尊い御方様がお残しになられた御言葉。
御方様の仰られたる通り、確かに此の世には個が其々独立した存在であり、其れが集団となろうとも個が消える事はあらへん。
せやけど人は、“個がなくなる”ってつい思ってしまうもんや。
弧状列島ヤマトに現在する冒険者が一つ所に全員集合したら、ワシみたいな存在は居るか居らんかぐらいのモンやろう。
俯瞰すれば、個の集合体であるはずの多数の中で、個は個と融合して多数と化し、個ではなくなってしまう。
って事は。
言い方を変えりゃ、“雑草”とか“モンスター”とか“大地人”ってな言い方って、其々の個を俯瞰した言い方って事やわな。
所謂、“上から目線”ってね。
コレは先の思索にも直結する話やが、<召喚笛>で召喚される使役獣達、あるいはワシみたいに<召喚術師>が呼び出す契約従者達もまた、其々が個別の個であって、全体の一部ではないはずや。
少なくともワシは、そう思っとる。
つまり今、ワシの眼の前に居る奴らは全て、同じやけど全く違う奴らやねんやろうなぁ。
ワシが態々、家族達に、ホンでちんまいラスボス達に名づけをしたんは、其の他大勢ではなく個として完全に確立させたかったからや。
夢枕獏大先生の大ヒット作品にて語られている通り、名前をつけるってのは実に古典的な“お呪い”や。
名も無き者は存在せぬに等しいが、名を持つ事により実在が確定する。
名は体を表わすが、存在の本質を表わす“お呪い”でもあるんやね。
しかも。
其の“お呪い”は、名をつけられた者だけやなく、其の名を知った者にも、名をつけた者にも大きく作用するんやわ。
其処でふと、思うんやけど。
もしワシが家族達に名前をつけてへんかったら、<大災害>後に彼女らは果たして今みたいな自我を持っていたやろうか?
……どーやろうなー、今更比べるんは難しいし、な。
ソレは今後の検討課題で、……今取り組む問題やないわなぁ。
先ず優先して対処すべき事は、ワシとモンスター達の前にある、不自然な地下隧道やわさ。
此のダンジョンに潜り込んだ際に見つけた、二股の分かれ道やったはずの分岐点に出来ていた、第三の選択の道。
此処までは既知のダンジョンで、此処から先は未知の地下世界や。
はてさて、鬼が出るか蛇が出るかん?
……って、出るんはデカイ蟻んこやけど、ね。
とある映画の続編の宣伝文句に従えば。
此れより先は全く以って、“This time it's war”や!
ほな、まぁ。
四体のニュートちゃんを背負って、エレン・リプリーごっこと洒落こもうか?
パワーローダーはないけれど、此方は“一人だけの軍隊”やあらへんし。
見かけは百鬼夜行的でアレな感じやけれども、立派な軍隊が居るさかい、な!
ワシは、トリフィドに近づきアヤメGを抱き上げるや、近くに居った一体のスケルトンに其の身を預ける。
次にクララCも、また別のスケルトンに預けた。
二体とも、目覚める様子を欠片も見せずに、可愛らしい寝息を立てたまんまや。
寝る子は育つらしいから、早く大きいなってちょーだいな。
最後にワシは、ハルカAを抱き上げた。
……きゅおん?
お、タイミング良く起きてくれたか。
未だ眠そうに円らな瞳を、ショボショボとさせとるハルカAを右手一本で抱きかかえる。
ホンで左手を差し出し、エミTを抱き寄せた。
行く手は、不法に掘られた真っ暗闇の地下隧道の、其の奥深く。
「Panzer vor!」
ぷしゅー!!
……きゅおん?
すこー。
くかー。
身動ぎをするモンスターズの中で最初に前進を始めたのは、トリフィド。
オイオイ、待てやコラ!
……嫌な予感、ってか其れは無理やろう!
其れやのに、トリフィドは気にせず前進し、重々しく巨体を入り口へと捻じ込み……其処で詰まりよった。
ほら、やっぱり……な。
思わず腰砕けになりそうに……おや、ミシミシって何の音や?
天を仰ぎかけた首をカクンと折ったらば、ありゃま、壁面に亀裂が一杯!
CREAK CREAK CREAK CREAK CREAK……、BOOOOM!!
無理に通れば道理で通れる、ってか?
いきなりの轟音に意識が完全覚醒させられたんか、ハルカAの両耳と尻尾がピーンとなりよった。
そりゃまぁ、なぁ。
エミTも吃驚してワシにしがみつきよるが、アヤメGやクララCは……いや、まだ御眠か。
抱いている二体を安心させるように軽く揺すりながら、強引な土木工事の結果を眺めたら、入り口は中々に広うなっとった。
とはゆーても、トリフィドの体面積で通路の三分の二は埋まっとるが。
残る三分の一の隙間に、<魔狂獣>と<洞穴大蛇>が身をスルリと踊り入れた。
さて其れじゃ、一丁カチコミでもかまそか!
スケルトンの残存を引き連れて、ワシは見知らぬ場所へと歩み進める。
すると。
[ <ダンジョン>ノ運用モードハ停滞モードヘト移行シマス ]
おや?
さてさて。
長年に渡り、って言うても一昨年の春からですが。
全245話という途方も無い話数にて、<いちぼ好きです>改め<いちぼなんてもういい。>様の御作、『ある毒使いの死』が最終回を迎えられました。
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様々な教訓と諧謔と波乱万丈と愉悦とを与えて下さいました、労作にして佳品。
私に取りましては仰ぎ見るべき目標の一つにして、大いなる壁であり、実に頼もしき座右の書でありました。
最終回を迎えられました事を、衷心よりお祝いさせて戴きますと共に、先に完結なされました事を悔しく思います。
数え切れぬ程の貴重な示唆と、希覯な道標と、稀有な刺激とを頂戴致しました。
此れからは又、其の類稀なる発想と文章力で以って、新たなる物語を展開して下さいます事を祈念申し上げます。
様々な形で関わらせて戴きました事に、最大限の感謝を表させて戴きます。
私は、御作と出会えて、拝読させて戴き、本当に幸せでした。
本当に有難うございました、御疲れ様でした。
ユウ氏に、そしてユーリアス氏やテイルザーン氏を含めた御作の勇者達にも感謝を!
貴方方に出会えて、レオ丸は本当に果報者でございます(平身低頭)。