第伍歩・大災害+68Days 其の肆
改めまして皆様、Guten Rutsch ins Neue Jahr!
さてさて、ホンマは旧年中に投稿出来ればって奮闘したんですが、三日遅れとなりんした。
いや、申し訳無しです。
改めまして、お待たせ致しました(平身低頭)。
誤字を訂正致しました。(2016.01.03)
後悔先に立たず、ってホンマやねぇ。
ワシの宣戦布告を聞いたからかどうかは知らんが、<変異蟻>共が此方をジッと見詰めてやがる。
あんだけ五月蝿かったギーギー声さえ上げずに、沈黙を保ったまんまで。
何とも居心地の悪い雰囲気に、妙な高揚感はあっちゅー間に意気消沈。
こりは、……下手うったかな?
そう思うた瞬間に、ワシの胸にあんだけ咲き誇っていた情熱からの真っ赤な薔薇の花は、あっとゆー間に枯れ散ってしもうた。
所謂一つの……後悔先に立たず?
ほな、仕切り直しって事で。
…………あれ、何でや? 後ろの壁がカッチカチやん。もっぺん最初からってのは、あきまへんの?
あ、そうでっか……。
進退、此処に窮まれりって、元の現実で経験したよりも<大災害>後の方が多いんと違うか?
其れって、どないやねん!?
困り果てながら改めて見渡す、ダンジョンの最下層ことラスボスの部屋。
最前までは真っ暗闇やったけど、長き眠りから漸う目覚めた今は、煌々とした明りに満たされていた。
天井部分に、どーやら何かの発光体が埋め込まれているようや。
いやー、最前に比べたら段違いの明るさやね。
身を隠す場所さえない此処を、煌々と燦々とってな。
此の明るさの下やったら、何処にも逃げ場がないわなー。
さて、……どーしよう?
ダンジョンが蘇ったら、ダンジョンがダンジョンたる所以の要素、つまりモンスター勝手に出現して、ゼムアント共を駆逐してくれるんと違うたんか?
……もしかして、まだ何かの要素が足りひんのかな?
其れとも、断線してるとか、接触不良とか?
……取り敢えず、何かせんとなぁ……。
ファンタジーのセオリーに従うにゃらば、こんな時は呪文やよな?
アブラカタブラとかチチンプイプイとかみたいな……。
あ! 閃いた!
「ダンジョンを統べる妖魔の大帝達よ、再び世が麻の如く乱れし此の時、混沌の力を以って、今一度、支配者たるワシの命を聞き、黄泉より現れ給え!!」
肝付兼太御大の声に似せる事も出来ひんかったし、妖魔帝国の帝王を封じ込めてた巨大な石像もないけど、言い出してしもうたからには兎に角、言うだけ言うてみよう!
取り敢えず何とかせんと、って一心だけで、小脇に抱えていた占景盤モドキを両手に携え、頭上に掲げて叫んでみた。
「い~の~ち~さ~ず~け~よ~~~ッ!!」
此れでどや!? って思う間もなく、頭の片隅で再びポーンってチャイムが鳴りよった。
[ <ダンジョン>ガ起動モードカラ運用モードヘト移行シマス ]
え? コレでエエのん? ホンマに!?
突如、視界を塗り潰すかのように、赤黒い閃光が走りよった。
続いて青黒い閃光が、限りなく黒に近い黄色と緑色の閃光が、放たれよる。
何処からか?
ワシが頭上に掲げとる占景盤モドキからや。
部屋の約半分ほどを、此方の了解もなしに占有しとる蟻ん子達が威嚇の声を発しながら、少し後退りをしよった。
どーや、恐れ入ったか、参ったか!って、コレでエエんかな?
何が一体どーしたのやら、ワシにも展開がさっぱり読めんで非常に困惑しとる最中やけどな。
しかしまぁ、復活系の何かの呪文をって思うて、テレビゲームの名作でお馴染みのカタカナを適当に並べ立てた復活の呪文を思い出せずに、鳥型に変形するロボットアニメが出典の台詞が口からポロリと出るたぁ、ワシも大概アナログやなぁ。
おや? 頭上がやたらと明るいな?
チラリと視線を、ゼムアントの群れから上方に移したら、天井全体がエライ事になってますやんか。
どっちか言うたら白色蛍光灯みたいに光ってたのに、黒くなり赤くなり黒くなり青くなりって、接触不良なネオンみたいに瞬いとるやん。
ホンで。
全ての色が混ざり合い、一瞬にして視界が白色化した。
まぁ、<淨玻璃眼鏡>かけとるワシには、派手やなー、おお明るいなー、くらいでしかないけれど。
蟻ん子共には、充分な異常事態の発生みたいやった。
複眼が眩んだんか、其れとも雰囲気に恐れをなしたんか?
更にジリジリと後退りをしよったんで、出口付近が豪い芋洗い状態に。
帰省ラッシュの大渋滞も吃驚やね?
取り敢えず一息つける程度やった余裕が二息になったんで、ワシは掲げていた占景盤モドキを小脇に抱え直し、<宿禰審神者の裁定面>を鞍袋に仕舞い込んだ。
お、更にもう一息はつけそうやな。
ほなまぁ、と。
此の後の展開に期待しながら、全ての事象がゲームやった頃の事に思いを馳せる事にした。
此の階層、つまり、ラスボスについてや。
普通のダンジョンやとラスボスは概ね、一体しかおらへんもんや。
……稀に、二体とか三体の場合があるけれど。
せやけど、同じ部屋に出現する事は……あ、例がない訳やないな。
確か……『紫苑の迷宮市』は二種類のラスボスが同時に登場する事があったよなぁ。
都市迷宮を攻略する際に、途中のイベントを如何にクリアするかで二種類のどちらかが迷宮中央に出現するんやけど。
特定の条件をクリアせなんだら、両方が時間差で襲って来るという、何とも嫌らしいダンジョンやったな。
そりは、さておき。
此の、死に戻りしたスカポンタンなダンジョンは、途中の階層に出現するモンスター共と同様、ラスボスもバグっとった。
何がどーゆー変数が作用しとったんか知らんけど、此処には全部で六種類のラスボスが現れてたんやよな。
もしかしたら、もっと居ったんかもしれへんが、少なくともワシが知っとる限りは、六種類だけやった。
<桂花麗人>、<影王狼>、<金鱗蛇女王>、<冥界の毒蠍>、<夢魔の黒烏>、ホンで、<荼枳尼女御>。
……此のダンジョンの立地する場所は、元の現実やったら日本三大稲荷の一つに数えられとるお寺やねんから、最後の<荼枳尼女御>が出てくるんは理解出来る。
ってゆーか、其れしか出てきたらアカンやろう?
まぁ百歩譲って、樹木はエエとしよう。
寺にも神社にも常緑樹は、必需品なんやしね。
狼と蛇と烏も、認めてやるのも、まぁ……吝かではあらへん。
どいつもこいつも一応は、御神獣メンバーズやからね。
せやけど、な。
何ぼ何でも、サソリはないやろう?
此処が八重山諸島や小笠原諸島ならばいざ知らず、本州の、しかもど真ん中に毒蠍はアカンやろう?
まぁ、バグったダンジョンやねんから仕方ないっちゃー、仕方ないんやけどさぁ。
バグるにしても……限度があるんやおまへんか?
おや?
天井のイルミネーションが落ち着きよったな、って暢気に構えていたら。
ワシの足元に天頂から、赤色の光が、青色の光が、黄色の光が、緑色の光が、黒い雷電を纏わせながら、一斉に降り注ぎよった。
大理石の床を打ち砕かんばかりの勢いに、蟻ん子共だけやなくワシも慌てて飛び退る。
ぷしゅー!
きしゃー!
くあー!
きゅおーん!
四色の雷撃が収まった後、其処には四体のモンスターが雄叫び上げていた。
……あれ?
ワシが覚えとる<桂花麗人>は、天井を突き破りそうなくらいに枝葉を伸ばした、巨木と人間の入り交ざったキマイラ系モンスターやった。
ワシが覚えとる<冥界の毒蠍>は、主力戦車でも一撃でやっつけれるんちゃうかってくらいに、ガッチガチの甲殻と禍々しい尾が特徴やったけど。
ワシが覚えとる<夢魔の黒烏>は、夢に出て来たらホンマにうなされそうな感じの、見るからに嫌な印象しか持てない凶鳥って外見の化物やったけど。
ワシが覚えとる<荼枳尼女御>は、ライオンでも簡単に噛み殺せそうなデカさのジャッカルに変幻出来る、妖艶な女怪やったけど。
何で、若木サイズやねん?
何で、黒ずんだ伊勢海老みたいなヤツやねん?
何で、ちょいと小柄なカラスやねん?
何で、体毛の短いマメ柴っぽいねん?
[ <ダンジョン>ノ運用モードハ現在36パーセントデス ]
おいコラ、待たんかい!
運用モードが36%やったら、飛び出すラスボスも36%って、か!?
実に何ともビミョーな数値を提供してくれんなぁ!
って事は、もしや?
慌てて足元のちんまい四匹のステータスを確認したら……、ああ良かった。
四匹が四匹共に、以前と同じラスボス印の強さを保持しとるやん。
オール、パーティランク×3の、70レベル。
今時では、そないに強くはないラスボス達。
まぁ其れも仕方ないわさ、何せ十年は前の強さやねんし。
しかも、見捨てられたダンジョンの主やってんもん。
そら、しゃあないわな?
GIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGI……
ん?
さっきに比べたら、ゼムアント共との距離が近くなってへんか?
まさか、ちょびラスボス達、……舐められとる?
そーいや、モンスターって冒険者の方が圧倒的なレベル差があっても気にせず攻めて来よるよなぁ。
って事はつまり、モンスターの特性ってのは、敵と認識した相手には臆する事がないって事か。
いや。
臆する、って感覚がないんやろうな。
ホンでもって、モンスター自身にはレベルやとかランクを意識する、そんな感覚なんざ端から持ち合わせてないんやろうな。
そりが何を意味するんか?
…………やっべーーーっ、ピンチ降臨やんけ!
MPの回復状況はどないや?
ああ、まぁ半分以上は回復しとるか。
ホンだらいけるか?
此のダンジョンの支配権は、ワシが握ってるってぇ事は、此のダンジョン内のあらゆるモンがワシの支配下にあるって事や。
恐らくはチビボス達も、他のモンスター達も。
処でアレや、……ちょびっ子達よ、君らは一体何をしとんねん?
ワシがゼムアント共にメンチ切って手立てを考えとる間に、四体のチビボス達はワシの身体を占領しくさりやがってた。
<桂花麗人>は、ワシの右足に抱きついとるし。
<冥界の毒蠍>は、ワシのポッコリ御腹にしがみついとるし。
<夢魔の黒烏>は、ワシの左肩の上で羽を休めとるし。
極めつけは、<荼枳尼女御>や。
コイツは、ウチの黒猫みたい、にワシの頭の上に鎮座してやがった。
あんなぁーお前らなー、って怒鳴りつけようかと思ったら。
きゅおーーーーーんっ!
遠吠えにしてはやたらと可愛らしい、ひと鳴きをしよった。
[ <ダンジョン>ノ運用モードハ現在58パーセントデス ]
おお、よーやっと半分を越えよったか。
せやけど、100%を迎える前に、蟻ん子共の波に呑み込まれそうやけどね?
ワシはジリジリと後退りをするが、奴らとの差異は全然埋まらへん。
こっちが下がった分だけ、ゼムアント共は前進しよるんやもん。
今ワシは、意識してアマミYさん達を召喚せぇへんように、無理からに抑え込んでいた。
何故か?
其れはワシが持っとる、占景盤モドキの所為や。
コイツはどーみても、ワシが精霊山の地下で遭遇したモンスターの魂をリサイクルしとったシステムのミニチュアのようやわさ。
ワシがずーっと抱いていた疑問の、ある種の答えなんやろうさ、多分な。
まさか其れを、求め続けていた答えを、物理的に抱え込む事になろうとは夢にも思わへんかったけど。
持ち上げた時に確認したらば、アイテム名は御丁寧にも<迷宮の真核>って出とった。
って事は、や。
下手に家族を呼び出して、もし万が一の事態が発生してしもうたら、彼女らはワシの元を離れて、コイツに吸い込まれ、リサイクルされてしまうかもしれへん。
ワシは其れが怖かった。
全てが元の現実のゲームやったら、そんな事は起きひんやろう。
そらそーや。
ダンジョンに潜る度に、苦労して眷属にしたモンスターを失うやなんて、そんな非効率なプログラムがあったら、<召喚術師>は誰一人としてダンジョンに挑まなくなるもんな。
せやけど、現在はどうやろう?
ワシは、<此の世界>の裏側の一部を目撃し、体験してしもうた。
宇宙は時間の経過と共に、刻一刻と変容し続けるもんや。
“ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、
久しくとどまりたるためしなし。”
序でに言うたら、“世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。”
つまり。
<大災害>前と、後とでは世界が根本的に違うとるし、<大災害>発生直後と二ヵ月後では状況が異なっているはずや。
発生直後は夢物語の一環やったけど、今では地に足ついた現実と成り下がってしもうとる。
ベルリンの壁が壊される前と後、いやどっちかゆーたら、スマホが世に出る前と後、か。
ホンで現状は、スマホの普及率がガラケーを越えたぐらいかな?
世界が変わってく仮定ってのは、当事者には判らへんからね。
せやから。
少なくとも此処では、呼び出せへん。
ワシの理解が状況に追いつき、更に安堵へと変わるまでは、な。
ジッとしとってや、ホンマ。
ワシはもう、二度と自分らと引き離されたくはないしな。
とはゆーても。
オーバー90レベルのワシと70レベルの四匹で、平均50レベルの有象無象を駆逐するんは、ちーっと骨が折れるなぁ。
やってやれん事はないけれど、……やれるかな。
変容したんは“すみか”だけやなくて、“世の中にある人”である冒険者もやろう?
もし変われてなきゃ、フォスター御大の詩の通りに『Massa's in De Cold Ground』になるだけやん♪
したらば、気合とかギアとかをトップに入れまひょか!
って、Z旗を掲げて奮励努力しようと思うた途端。
きゅおーーーーーんっ!
頭上の、あんまりモフモフしてへんワンコが、尚一層大きな声で吼えよった。
すると。
GWAOOOOO!
頭上で何かが、鼓膜を突き破らんばかりの咆哮で答えよった。
不意に巨大な影が、床面の大半を覆う。
「<鋼尾翼竜>!?」
ファンファーレ代わりの鳴き声を轟かせながら登場した巨体は、黒山集りをしとるゼムアントの群れの上に覆い被さるなり、暴れ始めよった。
GWAOOOOO!
GRRRRRRR!
WHOOOOOP!
TRAMP! TRAMP!
猛る<鋼尾翼竜>がデッカイ翼を打ち振るうや否や、幾つもの影が出現し、実体へと顕現しよる。
ホンで。
<単眼巨人>が、<魔狂獣>が、<巨大な地虫>が、<洞穴大蛇>が、<動く骸骨>が、<彷徨う鎧>が、<巨大雛鷲>が、単体で、数体で、徒党を組んで、ゼムアントの軍勢へと強襲をかけよった。
気分はもう、妖怪大戦争?
硬く冷たい大理石の壁にへばりつくようにしながら、ワシは百鬼夜行の大乱戦を傍観するしかなかった。
あの中に入り込んだら、即行で大神殿送りにちまいない。
大樹の陰なら寄ってもエエが、危うきには近寄るべからずや。
ざっと見渡せば、防衛軍と侵略軍との間にレベルの差は殆どあらへん。
数は、侵略軍の方が多いけど、戦闘力では、防衛軍の方が上回っとるようやわな。
時間経過と共に、最下層の攻防は防御側有利になっていきよる。
理由は簡単やった。
ゼムアント共の側は死亡すると、単純に戦力が減りよる。
処がぎっちょん、モンスター達は死んでも死んでも、数が瞬間的にしか減らへんねんもん。
ヒットポイントが尽きて光の泡と化しても雲散霧消せず、ワシが小脇に抱えとる<迷宮の真核>に吸い込まれに来寄る。
其の度に、環水平アーク現象っぽい鮮やかな虹色の輝きが<迷宮の真核>から発せられ、僅かの間を置いて床の其処彼処に光の揺らぎが湧き立ちよんねん。
光の揺らぎが収まれば、其処にはさっき死んだはずのモンスターが、何事もなかったように復活、ホンで即座に戦線へと復帰やわ。
戦力が減り続ける軍勢と、一向に弱体化せぬ軍勢。
どっちに軍配が上がるかは、まぁ自明の理やねぇ?
戦闘の火蓋が切られてから凡そ五分か十分か、突然にして侵略側が総崩れとなりよった。
ああ、攻守のバランスが崩れてしもうたな。
そーなったら、後は一方的な蹂躙やわ。
ワイヴァーンが踏み潰し、サイクロプスが叩き潰し、ダイアビーストが噛み砕き、ワームが押し潰し、ケイブスネークが締め上げ、スケルトンとリビングアーマーが錆びた剣で刺し貫き、チック・ロック鳥が貪り喰らう。
其れほどの時を待つまでもなく、ラスボスの間にゼムアント共の姿は影も形もなくなってしもうた。
生き残った僅かな侵略軍は這う這うの体で、撤退して行きよる。
後は、掃討戦をするだけやね。
きゅおーーーん!
頭上での雄叫びに呼応してか、モンスターの混成軍は上階層へと続く出入り口へと殺到する。
ほしたらば。
其処で詰まってしまいよった。
そりゃ、そーやろ。
其の通路は、<鋼尾翼竜>や<巨大雛鷲>が通れるほどの高さも幅もないんやもん。
考えたら判るやろう?
いや……判らんか。
そもそも、モンスターに考える脳ミソはあるんやろうか?
……あるなぁ。
少なくともウチの家族は、大なり小なり考えとるよなぁ。
家長を家長と思わへん言動するんも、自主性の現れみたいなもんと言うても吝かやないし。
人は人なり、モンスターもモンスターなり、ってか?
きゅおん!
うん、何や?
さっきまで頭の上から聞こえてた鳴き声が足元から上がったんで、視線を落とせば四匹が、ズラリと並んで此方を見上げとった。
ワンコを一匹を前に、後ろには若木とロブスターとカラスという、なんだか判らぬカルテット。
視線が交わった次の瞬間、四体はタイミングを合わせたように、ドヤ顔をしくさりやがる。
ワンコは兎も角、ロブスターやらカラスやらがドヤ顔ってどないやねん?
……とは思わんかった。
何せ四匹が四匹共に、四体へと変幻していたからや。
<荼枳尼女御>は、七五三の衣装を着た女童のようやった。
頭に獣耳を、尻からはフサフサしてない尻尾を生やし、黒地に真紅の髑髏模様を散らした衣装を着た姿の、七五三参りがあればの話やけど。
<桂花麗人>は、薄絹をトーガのように身に巻き着けた、まるで古代ギリシャに造られた幼女の彫像のようやった。
頭髪は若葉が大目の繁みのようだし、両手両足の指は小枝そのもので、全身が萌葱色の彫像があればの話やけど。
<夢魔の黒烏>は、戦乙女を髣髴とさせる勇ましい鎧で仮装した童女のようやった。
兜からはみ出してるのが髪の毛やなく真っ黒な翼で、其れが自己主張も甚だしくバッサバッサと羽ばたいてるんが、どー見てもパチモンやなく生モンやけどな。
<冥界の毒蠍>は、如何にも古代エジプトの壁画でよく見るワンピースドレスを纏った乙女のようやった。
両手がハサミになっとって、ワンピースの裾から飛び出したゴツゴツとした尻尾の先っちょが、禍々しく尖っているけどな。
ワシの記憶しとる四体のモンスター達は、元々は神さんやったり妖精さんやったりするさかいに、昔から描かれとる姿は人間体やったけど。
せやけど描かれている姿は、どれもこれも妙齢なお姿やったはずや。
眼の前に立ち並ぶ、ちんちくりんなガキんちょ姿ではあらへん。
少しだけ下膨れの四、五歳くらいの女の子四人が、腰に手を当ててドヤ顔をしながら不惑を越えたおっさんを見上げている光景ってのは、どーにも決まりが悪いなぁ。
得意気に小鼻をピクピクさせとるんさえ、何とも小憎らしいわ。
徐に腰を下ろしたワシは、<迷宮の真核>を抱えてへん方の手を伸ばして、プニプニしてる<荼枳尼女御>の頬を軽く摘んだった。
きゅおん!
不服そうに、少しだけ目を潤ませながら抗議の声を上げる其の表情が、何となく……誰かに似とんなぁ。
ああ、あの子か……。
自分らの魂の源たる<大斎の卵>は、あの子の魂と混ざり合っとったんやもんなぁ。
もしかしたら多少なりとも影響が、あるいはあの子の魂の片鱗がこびりついとるんやもしれへんね?
柔らかいほっぺから手を離し、頭を優しく撫で擦ってやると、今度は嬉しそうに目を瞑ってゴロゴロと喉を鳴らしよる。
ぷしゅ!
きしゃ!
くあ!
全て違う顔立ちやのに、何処となく雰囲気が似た他の三体が、ワシの方へ頭を差し出して押し合い圧し合いをし出しよった。
中の良い四姉妹のようにじゃれ合う彼女らの頭を順繰りに、ソッと撫で回してあげたら、同じように円らな目を閉じて機嫌良さげな表情を見せる。
おっかしーなぁ。
ついさっきまでのワシって、絶体絶命的なピンチでどないしよーってオタオタしてたはずやねんけどなー。
何で今は、こないに和んでいるんやろう?
もしかして……、コレが噂のアニマルセラピーってヤツか!?
んな阿呆な。
ジャッカルやらサソリやらカラスやらで癒されるやなんて、どんだけワシの心は蝕まれてんねん!
若木はまぁ一応、森林浴効果があるんやもしれんけど、果たして癒し成分を出しているやら疑問やね。
どー考えても殺菌成分の方が、正解やろう。
まぁ、其れはもう、どーでもエエか。
今のワシがすべき事は、地下に引き篭もって癒しを求めるよりは、ワシの思い出の場所に土足で上がり込みやがった害虫共の駆除をせんとな。
……もし仮に、“招かれざる客”が靴を脱いだとしても、ノックもアポもなしやねんから毛頭許す気はないけどな。
ほなまぁ、やりまひょか!
四体の頭をポンポンと軽く叩いてから、ワシは立ち上がった。
すると。
一応はラスボスであるはずの四体は、さも当たり前のようにワシの体を攀じ登りよった。
ジャッカルっ子は右肩に、サソリっ子は左肩に、若木っ子とカラスっ子は胸元へと……って、重たいわ!
冒険者の体力やから何とか支えてられるけど、大人しくしとる気があらへんのやから、鬱陶しい事此の上ない!
「あんなー」
注意をしようとしたら、四対の眼差しがジッとワシを見詰めよる。
……………………おっけー、りょーかい。
「判った判った。せやけど其の前に支度を調えたいから、いっぺん下りてくれるかな?」
四体と等分に目を合わせると、理解してくたんかモゾモゾとワシから離れてくれた。
はぁ~~~やれやれ。
先ずは此の<迷宮の真核>を、どないかせんとな。
剥き出しで持ち歩くんは怖いし、かと言って元の部屋に戻そうにも壁抜けが出来ひんのやし、なぁ。
まぁコレはワシに所有権があるアイテムになったと、そーゆー了解でエエんやろう、うん、そーだろう。
って事は、魔法鞄に仕舞い込んでも問題ないよな?
ほな、そーゆー事で。
ワシはいそいそと、小脇に抱えていた<迷宮の真核>を魔法鞄に仕舞い……、ホンマに大丈夫やろうか?
仕舞った途端に支配権の有効性が消失して、四体を含めたモンスター共がワシに牙を剥く、なーんて事にならへんやろうか?
此処は思案の為所か?
脳内電算機で勝ち目の計算を始めようと思うたら、小さい手がワシの太腿辺りをポンポンと叩きよった。
はいな?
意識を現実に戻してみれば、ジャッカルっ子がニパッとした笑顔で、ちんまい親指を立ててるやん。
全く、いつの間にそんな人間臭い所作を学習したのやら。
同じように笑顔の花を咲かせている三体の小娘達に励まされ、ワシは覚悟を決める事にした。
大きな一息を吐きながら、嵩張るアイテムを収納する。
…………どや、変化は?
油断なく周囲に警戒の意識を放つ。
出入り口付近では、相変わらずモンスター達がドタバタとしとる。
ワシの傍の四体はと言えば、不思議そうな顔をしながら小首を傾げて此方を見上げとった。
……どーやら、杞憂やったようやな。
やれ、どっこいしょ。
ワシは、腰を下ろして両手を広げた。
「はい、お待たせ」
四体のラスボスが、一斉に飛びついて来る。
片手に二体ずつを抱えて立ち上がり、う、ちょっとだけ腰にくるけど、まぁ大丈夫か、ゆっくりと歩き出す。
そーいや此処のラスボスって、少なくとも後二種類居ったよなぁ。
もしや、<大斎の卵>の数が足りひんかったんで復活し損なったんかな?
そう考えれば、モンスター達の中にゲームやった頃には見かけへんかったヤツが居るんも、納得やわ。
<魔狂獣>が<影王狼>の廉価版で、<洞穴大蛇>が<金鱗蛇女王>の縮小版なんやろうね。
ラスボスを抱きかかえたワシが近づくと、昔の一大スペクタクル映画で描かれた紅海のように、モンスターの集団が二手に分かたれよった。
スケルトンやらサイクロプスやらの前を遠慮せずに通り、集団の先頭に辿り着けば其処には、デカ過ぎる図体が揉み合いをしとる。
きゅおーん! ぷしゅー! きしゃー! くあー!
可愛らしいラスボス達の一喝に、ワイヴァーンとロック鳥の雛鳥達は大人しくなった。
なりは小そうても、ボスはやっぱり一番偉いんやねぇ。
スゴスゴと左右へ引き下がる巨体モンスター達に一瞥くれてから、ワシは出入り口を背にして振り返った。
うん、エエ加減慣れたとはゆーても、やっぱモンスターの集団を間近で見るんは心臓に宜しくないやね。
「ホンだらば、他所モン共を徹底的に駆除しに行くで!」
きゅおーん! きゅおーん!きゅおーん!
ぷしゅー! ぷしゅー! ぷしゅー!
きしゃー! きしゃー! きしゃー!
くあー! くあー! くあー!
ワシの檄に被せるように、四体が足をバタバタさせながら叫び出す。
こらこら、大人しくせんかいな、落としてまうやろが!
四苦八苦しつつ抱き直しをしてから顔を上げたらば、其処には整然と並ぶモンスターの軍勢が居った。
きゅおーーーーーんっ!!
ジャッカルっ子が放った甲高いひと吼えに、ソレが動き出しよる。
先陣は、ダイアビーストとケイブスネーク。
続くはスケルトンとリヴィングアーマーの団体さん。
更にワームがワラワラと其の後を追う。
サイクロプスにワイヴァーンにチックロック鳥達は、お留守番や。
地下隧道を通れるヤツだけしか追撃を出来ひんのやから、しゃあないわな。
そうしてワシは、殿を兼ねた征討軍の本陣を務めるべく、ラスボスの間を後にした。
行きは良い良い帰りは怖い、って昔から歌われるけれど。
まさか思い出の地に潜ったらば、保父さんの真似事をさせられる破目に、なるとはねぇ?
世の中油断出来ひんね、ホンマ。
まぁ、そんな締まらぬ感じで。
ダンジョンが生き返ると共に仄かに明るくなった隧道を、モンスター達の影を追いながら、ワシはえっちらおっちらと歩き出したんやね。
[ <ダンジョン>ノ運用モードハ現在71パーセントデス ]
自転車操業的執筆は相変わらずでありんすが、まぁまぁボチボチヨロヨロと今年も頑張るざんす。
皆様の今年の愉悦の一助になれば、幸甚でありんすえ♪